第3話 森で暮らして
大学教授であるダスティンクルス。
看護士であったジュリアン。
この二人の間に私は産まれた。
幼かった私は重病にかかっては両親に幾度と無く迷惑を掛けてきた。
共働きだった両親は正直、気が気ではなかっただろう。
ベビーシッターを雇っていても重病を患いでもすれば、どうすることもできないのだから。
五歳になり、掛かりつけの医師の勧めで引越しを決めた。
都会の暮らしから空気の綺麗な自然豊かな
土地に。
森の奥、朽ち果てた家屋を格安で手に入れ
父は親類と引越し当日までに住めるようにと改装、補修に汗を流した。
環境は一変するが、近くの農村に親戚が住んでいる事が助けになった。
僅かばかりだが協力を頼んでいたからだ。
都会の人間がいきなりの田舎暮らし、協力なければ
暮らしてゆくのは無理だろうと快く承諾してくれた。
引越しを機に母は仕事を辞め専業主婦になり
私に付きっきりになった。
忙しかった母と毎日いられる、と私は単純に嬉しかった。
父は大学教授を続けていたが、二つの農村を越えて駅から蒸気機関車に乗って職場まで。
丸っきり変わってしまった通勤になれるまで
朝は大分、準備にバタバタしていた。
それから数ヵ月後には農村を越え、機関車で、が当たり前の生活サイクルになり、普段と変わらない朝を迎えられるようになった。
私におはようのキスも出来るほどの余裕も父には出来た。
母は家事中心生活になり、私もできる限り
率先して手伝いをした。
何より母の近くで手伝いをしコミュニケーション取れるのが嬉しかった。
特に楽しかったのは山菜取り。
普段は森の中を一人で歩くのは危険だと禁止されていたけれど、山菜取りだけは母と一緒という事もあり森を探索できた、勿論「シンシア、あまり遠くへは行ったらダメよ」と釘を刺されるけれど。
木々の隙間から陽が入り込み、小川がそれを反射しキラキラととても綺麗だった。
水面に映る自分の顔、母と同じブロンドの髪に編んでくれた三つ編み、紅い目。
その目を見るたびに自分の存在を幼いながらも改めて認識する。
私と母は吸血鬼だ。
人の血を飲み、太陽光で消滅する。
それは本や伝承の中だけ、ずっと昔、数世紀前、人間と吸血鬼、ウェアウルフと三つ巴の争いが起きていた。
ウェアウルフの繁殖力は争いを優勢に進め
人間と吸血鬼は協定を結び、ウェアウルフに
対抗した。
それから時は流れて吸血鬼としての特質は次第に失われていった、いや、退化してといっても良いのかもしれない。
血を飲む必要もなくなって牙は小さくなり
人間を遥かに凌駕した力も失われた。
つまり人間と変わりは無くなった。
最初の頃は差別の対象にされていたがウェア
ウルフ討伐に一役かった功績もあり、差別も
昔に比べればだいぶ解消された。
「なんだろ?」
小川の底に見えた曲線の黒い変わった形の
石に見えた固形物。
先端が異様に鋭く尖っていて、刃物みたいだ。
「いっ…」
不用意にさわってしまい、指を切り、血が浮かぶ。
「んー、痛いよ…」
傷を負った指を舐めようとすると「シンシア
ダメ!」と母は声を張り上げ、制止する。
あまり声を張り上げた事が無かった母に
驚き、自分は何かとんでもない事をしてしまったのかと困惑した。
「シンシア、自分の血も口に含んだらダメよ
特に他人は絶対ダメよ、私のでもパパのでも。
いい? 約束よ」
「う、うん」
いつもの優しい顔の母とは違う、神妙な面持ちで言う。
私の戸惑いながらの返事の後、母はいつもの優しい笑顔に戻った。
「さぁ、帰ろうか。
もう陽が暮れるからね?」
「うん」
かごの中には山盛りの山菜、母と手を繋いで
家路を歩く。
小川で手に入れたあの変な形の石は宝物として箱に入れた。
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