第46話 水ぶくれ

「ほら、ここ。赤くなっていますわ」

 シェリーは、身をかがめ、ルロイの前で膝をついた。火傷のせいで赤く熱を持った部分に顔を近づけ、まじまじと見入る。

「大変。やっぱり赤くなってますわ。冷やさないと」

 冷やしたタオルを手早く折りたたみ、大腿部を押さえる。

「ひゃう」

 ルロイは珍妙な声を上げて背筋を反り返らせた。シェリーは傷を調べながら続ける。

「ああ、でもよかった。これぐらいなら冷やすだけでよさそうです」

「う、うん、分かった。もう大丈夫……」

「だめです。ちゃんと冷やさないと。ちょっと、もう、さっきから何ですか、この手は。邪魔です」

 何とかして火傷の跡を押さえ込もうと努力するルロイの手を、むげにひょいと振り払う。

「ひょぇっ」

 ルロイはあわててテーブルにあったトレイを手に取り、下腹部に当てた。

「ですからそれだと火傷の様子がよく見えません」

 再び手を押しのける。ルロイは即座にもう一方の手でトレイを押さえる。再び払いのける。押さえる。

 無言の攻防が続いた。


 ついにシェリーは根負けしてルロイを見上げた。

「そんなに痛みますか?」

「いや、そうじゃなくて」

 ルロイは濡れねずみのような、情けない鼻声を上げる。

「顔が、その、近すぎて。息が、その、」

「なるほど、ふうふうすればもっと冷やせますね。ふうふう、ふうふう」

 シェリーは、少しでもルロイの火傷を冷やそうとして、濡れたタオル越しに、ふうふうと息を吹きかける。

「ふおおお!?」

 尻尾がぴーんと直立する。ルロイは全身ぶるぶると震い上がった。

「どうかなさいまして」

 シェリーはきょとんと小首を傾げ、しゃがんだままルロイを見上げる。

「頼むから、その位置からその角度でこっちを見ないで。トレイぶん投げそうになるから」

 ルロイはしょんぼりと首を振った。


「限界突破する前に、せめて、ズボンだけでも穿きたいんだけど」

「今は、火傷を冷やしているので無理です」

「逆に違うところが火傷しそう」

「えっ、それは大変です。どこですか」

 驚いてルロイを見上げ、新たな火傷の位置を探そうと、ルロイの手からトレイを取り去る。

「ふえっ!?」

 ルロイが頭のてっぺんから裏返ったような声を上げた。


「ああ、なんてこと」

 シェリーは衝撃のあまり、ふらふらと立ちくらみしそうになるのを何とかこらえた。

「どうしましょう。すごい水ぶくれ。こんなに腫れ上がってしまうなんて」

 ルロイのは、ますます悪化の一途を辿っている。あわてたシェリーは濡らしたタオルをした部分に掛けた。そうっと両手で包み込む。

「はうう!?」

 ルロイは眼を白黒させた。身体がぴっくんぴっくんしている。

「本当にごめんなさい。ちゃんと冷やさなきゃ」

 シェリーは、もう一回、今度はやさしく、注意深く、ゆっくりと力を込めながら患部をさすった。

 すりすり。ひんやり。

「あひょえ!」

 ひんやり。すりすり。

「ふひゃあ!?」

 当然ながら、はますます悪化した。

「……どうしましょう。水ぶくれが直りません」

 シェリーは意気消沈してうなだれた。声も肩もがっかりと落とす。

「困りました」

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