第33話 水と月影

「……って、そんなあっさり! ぁ、あっ……ゃあっ……ほ、ほんとに、それ以上下ろさないでくださ……ぁ、あっ、落っこちちゃう……!」

「だからしっかりしがみついてろって言っただろ」


 落ちないように、何とかしがみつきはするものの。

 ルロイは笑って、わざと身体を揺らそうとしてくる。

「ゆ、揺らさないで……やんっ……ぁっ……ぁうんっ……下ろしちゃだめ……いじわる! やあんっ……入っ……もう……む、むりです……待って」

「この状態で、待てのできる狼がいるとでも」

「やっ……ぁあっ……あっ……どうしましょ……ま、ま、待て、待って……って」

 シェリーは、一瞬、口ごもった。

「……あ……」

「どうした?」

 シェリーは無言で頬を真っ赤に染めた。

「分かった、じゃあ始める」

「ちっ、違いま……ぁっ、あんっ! 待って、おねがい、揺らさないで……落ちちゃいます……ぁっ、あっ……!」

「手を離すなよ。落ちるぞ」

「ぁっ、ぁんっ……ばかっ……!」


「耳元で罵られるのって、たまんねえな。俺、ちょっと癖になりそう」

「ぁんっ……!」

 肌と、肌を、完全に密着させて。

 赤ん坊のように抱かれている。

 それこそ手を離せば泉に背中から落ちてしまう。そう思うと、すがりつくほかはなかった。

「やっ……あ、あんっ……ルロイ、さんの……ばか……あっ……! そんな心配してくれるぐらいなら下ろして……こんな恰好は、いやです……ぁ、あっ、あんっ……見えちゃう……はずかしいです……ううん……あっ……!」

「誰も見てねえって」

 首筋を舐められ、耳朶を噛まれて。

 愛をささやかれるたびに、腰が、知らず知らずのうちに甘く悶え、ゆらめく。

 喘ぎ声がもれる。

 吐息が、かすれる。

「でも、シェリーがこんなに積極的に抱きついてくれるなら、ずっとこのままでいようかなあ……?」

「だめですってば……ぁっ……ぁっ、止めて……わたし、もう、なっちゃう、うぅん……!」

「だから、しばらくは止まらないって言ってんだろ」

 ルロイは、すがりつくシェリーにほおずりした。

 いじわるなキスをして。それから、ゆらゆら腰を揺らし、耳元にさえずる甘い喘ぎ声を楽しんでいる。

「ゃ、あっ、ああ……落っこちちゃう……やだ……」

「大丈夫、落とさないって。ていうかそんなもったいないことできるわけないだろ。ただでさえ可愛くってたまらねえのに、その上、そんな声で泣かれてたら、もっと……もっと、きゅんきゅん言わせたいって思うのが心情ってもんだろ」


「ぁぁんっ、ばかっ……やぁっ、あっ……もう、お月様……お願いっ……こんなルロイさん、はやく何とかしてくださ……ぁっ、あっ、あんっ……!」


 水面に映った月影が、寝乱れたベッドシーツのようにくしゃくしゃに跳ね、飛沫を散らして激しく波打つ。

「そんなに?」

「ちっ……ちが……そうじゃなくって」

 シェリーは真っ赤な顔をルロイの胸にうずめ、悶えた。

「ぁんっ、あふっ、あっ、あ、あ、ううんっ……お月様の、ばかあっ……はやく、このルロイさんを、元のルロイさんに戻して……ぁんっ、あっ、……!」

「無理だね。たぶん、俺、一生、シェリーに発情しっぱなしだと思う」

「ゃあん……っ!」


 ルロイは、シェリーを抱きしめたまま、しばらく動かなかった。

「俺はずっと、このままがいいな。シェリーとつがいになって、ずっと一緒に生きていたい」

 優しく笑いかけてくる。

 シェリーは顔を赤らめた。もじもじと身じろぎして、ルロイの視線から逃れようと試みる。

「わ……わたしも……」

「も?」

 シェリーは、耐えきれず、真っ赤になった顔をルロイの胸にうずめた。

「はい……」


 恥ずかしくて。

 嬉しくて。

 顔も、上げられなかった。

 優しいルロイの声が、いざなう。何度も、キスされる。ぎゅっ、と、暖かい腕で全身を抱きしめられる。


 ルロイは、にやりと笑った。

「よし、じゃ、続きしようか」

「えっ……ええーーっ!?」

 結局、どんなにお願いしても、その日は朝までぜんっぜん、眠らせてもらえなかったとか何とか――


 その日から、シェリーの日課は決まった。

 どうかルロイさんが、いつまでも――やさしいルロイさんでいてくれますように。

 お月様にお願い。




(第1話 おしまい)


※※※※

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では、続きまして第2話をどうぞ!

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