第27話 もう、遅いみたいだ

 ルロイの深い黒の瞳には、さっきまでの色とは違う、強い色が宿っている。

「満月がどうかしましたか」

 地面に手をつき、身体をシェリーに寄り添わせて、ルロイは何度も深呼吸している。息苦しいのだろうか。ふとシェリーは不安になった。

「もしかしてお風邪を召されたのでは? 顔がちょっと赤いような」

 シェリーはルロイの頬に手を当てようとした。その手首を、いささか乱暴な仕草でルロイが掴む。

「熱はない」

「でも、あの」

 シェリーはルロイの手がひどく熱いことに気付いた。

「ルロイさん、やっぱりお熱があるのではありませんか。手が」

「そんなことは気にしなくてもいい」

 ルロイはごくりと喉を上下させた。そこで、ふと我に返ったような顔をして、目を逸らし、口早にひとりごちる。

「いや、待て、だめだろ、いくら何でもこれは。でも、あっ、ヤバイ……」

「ルロイさん。大丈夫ですか」

 シェリーは心配になってルロイの手をぎゅっと握りしめた。自分の頬に押し当てる。

 ルロイの息が異様に荒くなってゆく。眼光が鋭く変わる。狼の目だった。

「いや、本当に大丈夫だ」


 ルロイは、深い息をついた。シェリーが握っていない方の手を、ゆっくりと背中に回し、先ほどまでとは全く違う大胆さで肩に触れる。

 上着越しにでも、熱いと分かる手の熱情。


「シルヴィが言ってたことを思い出したんだ。満月の夜になると」

 言葉を切り、何度も目を瞬かせる。目尻がわずかに赤く染まって見えた。息が上がっている。

「ヤバイ。苦しいな……これはちょっときつい」

「ルロイさん、本当に大丈夫ですか? あの、わたし、タオルを水で冷やしてきます」

 シェリーは立ち上がろうとした。ルロイの眼がひどく荒々しく、激しい光を帯びてゆくのが分かる。

「要らない」

 ルロイは低く遮る。

「座ってて。これは説明しとかないとまずい気がする。バルバロは、満月の夜になると発情するんだ。だから」

「満月だと発熱する? いけませんわ。だったら、なおさら早く村に戻ってお休みにならないと」

「説明しても分からないよな、普通」

 ルロイは眼を苦しげにつむり、息を長々と吐いた。まるで、飲み慣れない酒に酔っているみたいだった。シェリーの手を握りしめたまま放そうともせず、逆に引き寄せる。シェリーはぐいと手を引かれて、ルロイの胸にもたれかかった。

「あっ」

 心臓の音が聞こえそうな気がした。熱気が近づく。

「本当はもっとちゃんと説明したいんだ。ごめん、シェリー。でも」

 ふと、ルロイの声に冷ややかな笑みが混じった。

「もう、遅いみたいだ」


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