第25話 苦しい嘘

「ちょっとだけだぞ」

 なぜか、ぶすっとしている。それでも隣に座ってくれたことがシェリーには嬉しかった。

 シェリーは隣に座るルロイの横顔を見上げた。ルロイはまっすぐ炎を睨み付けている。

「ルロイさんは? 濡れた服を脱がなくても大丈夫ですか」

「別に。全然寒くないし」

 ルロイはとがった三角の耳をきゅっと後ろ向きに伏せて、強がりを言った。

「バルバロは人間みたいにか弱くねえからな」

 ふん、と苛立たしげな鼻息をつく。

 シェリーはちいさな吐息をついた。火にかざした手が炎を透かして、ぬくもりを吸い込んだように赤く染まって見える。

 ルロイは手近なところにあった流木をブーツに突っ込んで、まるで魚をあぶるみたいにして乾かしている。その手も、火に照らされてとろりと赤い。

 暖かい。ただ薪をくべただけの粗野な焚き火が、こんなに暖かいなんて。

 横からルロイの視線を感じた。目を合わせることが、すこし怖いような気もした。

「シェリーは、人間のくせに、何で一人で森にいたんだ」


 答えたい、と思った。本当のことを打ち明けたい。あらいざらい、全部。


 それでも、すぐには言葉が口を衝いては来ない。

 川の流れる音が、さらさら、さらさら、慰むように聞こえてくる。どこかで魚の跳ねる音がした。

「人間はバルバロとは違うんだろ。人間は群れを作って生きる。決して一人では暮らせないって聞いてる」

 シェリーは眼を伏せた。ルロイの言うとおり、人間は、皆で寄り添って生きている。国を作り、村を作る。

 だが、その群れの中で、人間は。

 さらにいくつものちいさな群れに分かれ、いくつものちいさな諍いを起こす。ちいさな憎しみを大きく寄せ集めて、大きな争いを起こす。


 白い膝を両腕で抱え、力なく顔をうずめる。濡れた髪が足にぺたりとまとわりついた。冷たい。シェリーは、こんな髪、早く乾けばいいのに、と思った。そうすれば、いつまでもぐずぐずと後を引くような心地にならずにすむ。


 醜い権力争いに巻き込まれ、国を追われた人間の王女をかくまうことがどれほど危険か。シェリーにもそれぐらいの事は分かっていた。

 もし、本当のことを言ったら。

 シェリーはルロイを見上げた。視線が合う。あわてて眼を伏せる。

 見ず知らずの人間に対して、こんなにも良くしてくれるバルバロの村のひとたちが、実はその人間が自分勝手なことばかり考えている、なんて知ったら。

 きっと、追い出されるだろう、と思った。ルロイにも嫌われるだろう。さっきみたいに笑いかけてはくれなくなるだろう。それより何より、そんな打算ばかりが先に頭をよぎること自体、自分がひどく嫌な女の子に思えて、悲しかった。


「分かりません」

 シェリーはまた、嘘をついた。見つめる炎がゆらゆらと滲む。目元がじわりと熱くなった。こんな苦しい嘘なら、つかないほうがましだ。


「ま、まあ、でも、大丈夫だ。俺も似たようなもんだから。たぶん家族っぽい奴も、一応、いるにはいるんだけど、ぜんぜん会いにも来ないし、用もない限りはこっちからも行かないしさ」

 ルロイはなぜか急に言葉をつっかえさせ、しどろもどろに言い始めた。

「だから、ほら、要するにつまり俺が言いたいのは、今は、何て言うかその、アレだよ、一緒っていうか、ええっとだな」

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