第24話 っくしゅ!

「頑張って、ルロイさん」

 シェリーは手を叩いて応援する。ルロイはにやっと笑って手を振った。

「こんなのどうってこと……」

 身を乗り出したとたん、岩床についた苔を踏んづける。ルロイはお尻から水しぶきを上げてひっくり返った。

「うわあっ」

「ルロイさん」

 シェリーは思わずルロイを追って川の中へと踏み入った。川の浅瀬を横切り、ルロイの傍へと駆け寄ろうとする。ルロイがばしゃばしゃと水しぶきを立てながら起きあがった。

「来ちゃダメだ。足元が危ない。石がつるっつるしてて」

「きゃあああ」

 シェリーもまた、ばしゃあんと水しぶきを上げて足を滑らせていた。

「だから言ったのに」

 ルロイが急いで駆け寄ってくる。左手にかごを掴み、右手にシェリーの腰を抱いて、ざぶりと川から上がる。

「大丈夫か、シェリー」

「すみません」

 頭に濡れ葉を一枚のっけて、シェリーはしょんぼりと肩を落とした。

「せっかく新しいお着替えのワンピースを戴いたのに全部濡らしてしまって、そのうえルロイさんまでびしょびしょ……くしゅん!」

「俺はいいよ。適当に絞って乾かすから。それより大丈夫か」

 ルロイの濡れた黒髪が月明かりに照らされて、つややかに光っている。

「はい。大丈夫です。くしゅん」

 肯くも、くしゃみが止まらない。

「本当に大丈夫か。濡れたままでいると風邪引くぞ」

 ルロイは苦笑して、シェリーの額に貼り付いた落ち葉を剥がした。

「うう、ちょっと寒いですけど、大丈夫っくしゅ!」

「さっきの岩のところまで戻ろう。焚き火に当たれば暖まれる」

 ルロイはシェリーの肩を抱いて身を寄せ、歩き出した。途中、脱ぎ捨てた上着を拾い上げ、そのままシェリーの肩にばさりとかぶせる。

 さっきまでルロイがいた岩の向こう側に、あかあかと焚き火が燃えているのが見えた。

 河原の岩を丸い円の形に積み上げてかまど代わりにし、風の通りが良いように太い枝を交互に突っ込んでいる。

「ここに座って」

 ルロイはちょうど良い大きさの石を探してきて、ぽいと火の前に放り投げた。椅子代わりにしろということだろう。臆して後ずさるシェリーの手を取り、座らせる。

「あの……ごめんなさい。わたし、迷惑ばっかりおかけして」

「全然、迷惑なんかじゃないから。ホントに。だからいちいち謝らなくていい」

 ルロイは立ったまま火に当たっていた。くべられた薪がはぜて、火の粉を散らし、ぱちぱちと音を立てている。炎を見ているだけで、ほっと気持ちがゆるむ。夜の森と、揺れる水面と、見つめる二人の顔を暖かみのある色がゆったりと染めあげていた。

「ホントに、その」

「謝っちゃだめだぞ」

「ごめんなさい」

「謝りすぎ」

 ルロイは苦笑いする。

「謝られることなんて何もないから。だいたい水浴びに連れてきたのは俺のほうだし、それに」

 なぜか続きを言いよどんで、ちらっとシェリーを見やってから、勝手に納得したみたいな顔をして余所を向く。

 シェリーはなかなか火のそばに寄ろうとしないルロイをおずおずと見上げた。

「一緒に座って、火に当たりませんか」

 ルロイは濡れたブーツを脱いでいるところだった。逆さまにすると、バケツのように水がこぼれ落ちる。

「いいよ。とにかく、しばらく火に当たって暖まっててくれ。俺は服を干す棒みたいなのを探してくる」

「いいえ暖まってください。お願いします」

 シェリーは立ち去ろうとするルロイの手を背後から取った。ぎゅっと握りしめる。思った通り、ルロイの手も、やはり冷たかった。

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