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第20話 まどろみ

 うとうととする。一日中追われて、逃げ回って。気が張りつめている間は目が冴えていても、つい、油断すると眠気が襲ってくる。

 寝てはいけない。油断してはいけない。そう、思っていたはずなのに。

 テーブルの上で、静かに揺れるランプの明かりを見つめているうちに、ことん、と意識が飛んでいた。

「あれ、寝ちまったのか」

 夢見心地にルロイの声が聞こえる。

「そりゃそうだよな。今日一日、大変だったもんなあ」

 聞こえてくるルロイの声は、まるで子守歌のように訥々として、優しかった。聞こえているのに、身体は反応しない。こっくり、こっくり、船を漕ぐ。心地よいまどろみに吸い込まれる。

「ちゃんとベッドで寝なきゃ風邪ひくぞ。起きろ。って……起きそうもないな。仕方ない」

 よいしょ、と。身体がふわりと宙に浮いたような気がした。

「軽いなあ。クッションみたいだ」

 シェリーは何だかくすぐったく思って、ふにゃふにゃと微笑んだ。ありがとうございます、とかおやすみなさい、とか、意識せずに言ったような気もする。ルロイの笑う声がした。

「ああ、おやすみ」

 ふっ、とランプが消えて。

 シェリーは引きずり込まれるように深い眠りへと落ちた。


 夢を見た。怖い、おそろしい、なまなましいほどに現実と区別の付かない夢。黒い仮面の兵士に追われる夢だった。

 黒い手が追いかけてくる。逃げられない。

 怖い。

 みんな、うそをついている。くりぬいたカボチャみたいな顔をして笑っているくせに、

その下にあるのは、どす黒い素顔ばかりだ。

 もう、誰も信用できない。みんな友達だとばかり思っていたのに──

 頬を、涙がつたい落ちる。

 そのたびに誰かが、こっちへ来い、とでも言うかのように、冷えた手をぎゅっと握ってくれるのを感じた。


 眼を覚ます。

 あれは、全部、夢だったのだろうか。いや、違う。頬の涙のつめたさが、現実を教える。


 しん、と静まりかえった部屋には、灯りひとつなかった。最初、誰もいないのかと思い、いつもの癖で侍女を呼ぼうとして、サイドテーブルにあるはずの、呼び鈴のベルを探す。

 その手が、ベッドの傍らに椅子を持ち込んで座るルロイの膝に触れた。

「眼が覚めた?」

 低い声が、確かめるようにそっとかけられる。

「もう少し、寝ててもいいぞ」

 まさか、うなされていることに気が付いて、ずっと傍で見ていてくれたのだろうか。

「いいえ。大丈夫です」

 シェリーは無理をして起きあがろうとした。

「休んでなくていいのか」

 闇に溶け混じるようなルロイの声は、ゆっくりとおだやかで、優しくて、耳に心地よかった。

「はい」

「何か食いたいものでもある? 果物もらってきたけど」

 シェリーはかぶりを振った。食欲はない。だが。

 目元を指の背中でこする。

「顔を洗いたいのですけれど……その」

 気恥ずかしくて、言葉を呑み込む。その続きを言うのは、さすがにためらわれた。


 ルロイは得たりとばかりに答える。

「近くに泉がある。水浴びできるぞ」

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