第18話 名前

「人間の口には合わないかもしれないけど」

 カップを差し出す。

「そんなことありませんわ」

 少女は、両手に持ったカップに向かって、ふう、ふうと息を吹きかけながら、美味しそうに喉を鳴らしてお茶を飲んだ。

「ハーブティですね。とても優雅な香りがします。おいしいです」

 はにかんで、また口をつける。喉が動いた。ごくごくと、涸れた泉が雨を吸い込むようにして飲むその様子を、ルロイはしばらくの間、ぽうっと頭が茹だったような心地で見つめた。

「おかわりいる?」

「いただけますなら、ぜひ」

 少女は微笑む。

「ところでおまえ、本当に名前……思い出せないのか」

 淹れ直したお茶を注ぎながらルロイが尋ねると、少女は顔を伏せた。

 はちみつ色の髪が、その髪の色とは裏腹に暗くなってゆく表情を覆い隠す。

「ま、いいけど」

 答えたくないなら――答えなくても良い、と思った。

「いつか、思い出したら教えてくれればいい」

「ごめんなさい」

「じゃあ、それまで、何て呼べばいいんだ。いつまでもお前とかこいつとか言うわけにもいかないし」

「ルロイさんの呼びたいようにしてくださって構いません」

 少女は気後れした笑みを浮かべる。ルロイは虚を突かれた。

「勝手に変な名前つけられてもいいってことか」

 少女はこくりとうなずく。

「……かまいません」

「何だよ、それ。マジで名前分かんねえってことか」

 少女はうつむいている。

 愚問だ。答えが得られないのは、問いかける前から分かっていた。簡単に言えない理由がたぶんあるのだろう。ルロイは無意識に、首の鎖に手を触れた。手すさびに鎖の端を玩ぶのは、難しい考え事をするときの癖だ。がちゃり、と鎖の音が鳴った。

「じゃあ、さ」


 ルロイは少女を見つめた。躊躇せず、口にする。

「シェリー、ってのはどうかな」

 少女は眼を大きく押し開いた。


 青い瞳が、湖に石を投げ込んだ時のように揺れ動いている。

 その眼に浮かんだ衝撃のさざ波のあまりの大きさに、逆にルロイの側が驚かされた。

「どうした」

「な……」

 少女は叫び出しそうな表情でルロイを見つめていた。

「なぜ、その名前なのですか」

「何でって」

 ルロイは口ごもった。自分でもよく分からなかった。

「いや、何となくだけど」

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