第12話 森と月
それに、先ほどの兵隊たちもまだ、森のどこかに隠れているかもしれない。
シェリーは、ふいに吹き寄せてきた冷たい風に、ぶるっと震えた。森全体がざわざわと揺れているように思える。
夜になれば、また、どこにも逃げられなくなる。ルロイを頼るほかないことは分かっていた。
でも、いつまでも、そうしているわけにはゆかない。
何とかしなくては。
でも、何を、いったい、どうすればいいの……?
分からない。自分では何もできない。だから、怖い。
視界を覆い尽くすためらいの霧。森の奥深く、迷路の奥深くまで連れ込まれているかのような不安に、シェリーはかろうじて耐えた。
バルバロは怪物。
バルバロは狼。
バルバロは凶暴。
だが、目の前を歩いているルロイは、黒髪、長身、獣の耳や尻尾を持つ、という特徴以外、人間と別段、変わらないように思えた。
この人──ひとではない、バルバロだ──が、怪物と呼ばれるものと同じだとはとうてい思えない。
「おい」
ルロイが振り向く。
シェリーはどきりとして立ち止まった。
「はい」
おずおずと顔を上げる。ルロイの黒いまなざしが睨んでいた。
「足、大丈夫か」
「ルロイさんが、ブーツを貸してくださったから大丈夫です」
もちろん、足の大きさはまるでちがう。引きずるようにしか歩けず、ついて行くのも一苦労だったが、それに対して文句を言う気にはとうていなれない。
ルロイの表情は険しかった。
「いちおう、怪我してるみたいだから、村には連れて行ってやるけど。それはとりあえず、ってだけだからな。人間をバルバロの国に連れ込むのは、たぶん、よくない」
言葉のとげとげしさとは裏腹に、シェリーにブーツを貸したルロイ本人は、裸足に分厚い布を巻き付けただけで歩いている。歩き慣れているから大丈夫、と言ってはいたが、森が裸足で歩ける場所ではないことぐらいシェリーにも分かっていた。
ルロイからは、不器用すぎるぐらい無骨な優しさを感じる。
なのに、その優しさを、素直に受け入れることができない。
ルロイが、バルバロだから。
バルバロは、けだものだから。
ルロイの優しさは分かっているのに、頭のどこかでその優しさが単純で愚かしい、動物めいたものであるかのように感じてしまいそうになる。
バルバロは森と月に抱かれて生きる野生の民だ。彼らは人間より遙かに強靱な肉体を持ち、夜を支配する。人間がバルバロに対して抱く感情は、恐怖であり、畏怖であり、支配できぬものへと向けられる嫌悪そのものだった。
だからこそ、バルバロもまた、人間を憎んでいる。
人間は、森に住む彼らを害獣扱いしていた。子どものバルバロを奴隷として狩り集めては働かせることもあった。
シェリーの国でもそうだった。幼いバルバロが首と足に鎖を付けられ、牛のようにむち打たれて農園で働かされている姿を見たことがある。他の家畜と同じ場所に住まわされ、家畜と同じものを食べさせられているのを見たこともある。
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