喪失のあと

「記憶喪失には、主に二つの理由があるの。ひとつは、何らかの理由によって、記憶へとつながる糸が、断ち切られてしまっているもの。もうひとつは、記憶そのものが、なくなってしまっているもの


手繰る糸が残っていれば、修復は比較的容易いのだという。しかしながら。


完全に抜け落ちてしまった記憶のほころびは、その大きさに合わせて、新たに掛け接いでいくしか、手立てが無い。



「または、新しく編み上げていく、とか」


あむが、こよりの言葉に続いた。


「いずれにしても」


くくるが、二人に割って入る。


「彼がどのパターンなのか、確かめる必要があるわ」


そう言って、おおよそ少女の容姿にはそぐわない、古びた糸巻きをゆっくりと、そして高く掲げた。


彼女が瞳を閉じて何か少しつぶやくと、糸巻きは手の中でくるくると回り始めた。


それは、徐々に速度を増して、まるで小さな竜巻を起こしているかのようにも見えた。



だが、やがて糸巻きはただ、カラカラと空回るような音を立てるだけで、止まってしまった。




見守っていた二人の顔色が、不安に曇っていく。






「・・・ちょっと、手間がかかりそうね」


くくるも、ふぅ、とひとつため息をついた。





彼女の糸巻きに引き寄せられて絡めとられた糸は、わずかに二つだけだった。



「まぁ、無いよりはマシね」


こよりが苦笑した。



「あむにも、たくさん頑張ってもらわないといけないかもしれないわ。」


まだ心配そうに二人の顔を覗き込んでいる少女に、こよりが微笑みかけながら言った。


※2016.8.10付けブログ記事より再録

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