第6話

 前世には女性を守るために「女性専用車両」があったが、今世には男性を守る「男性専用車両」はない。常に、男性の周りには女性がいるからだ。性差で車両を分けることなど無意味であり、ハーレムを持たない僕には電車での通学が認められていない。女性に襲われる可能性があるからだ。


 翌朝、海外で過ごしていたときと変わらず、絵美さんが運転するセダンタイプの車に乗って、高校に向かうことになった。普段であれば雑談の一つでもするんだけど、今は会話より結婚について考えなければならないので黙っている。日本に定住することが決まったからには、早くハーレムを作って結婚しろと言われるだろう。


 日本では、18歳〜23歳までに女性と結婚することが義務付けられている。でも、インターネットで調べた限りでは、18歳の誕生日に結婚するのが一般的のようだった。


 僕が結婚するまでのタイムリミットは3年。


 さすがに出会ってすぐ結婚はしたくないので、女性の何人かをハーレムに加えて、性格を見極めてから結婚するか、別れるか、もしくは愛人扱いとしてハーレムの一員として維持するか、3年の間に判断しなければならないのだろう。


 そのことを考えるだけで気が重くなるけど、さらに、20歳を過ぎると国が勝手に選んだ女性とお見合いしする義務が発生する。これは最悪なパターンだ。国が選ぶということは、国にとって都合の良い女性と結婚させられることと同じだ。容姿や性格など選ぶことはできない。万が一、僕と合わないタイプの女性が紹介された時は、前世と同じ結末を繰り返してしまうだろう。それだけは、避けたい。


 ハーレムに入れてお試し期間を作るのであれば、今から本格的に動きださなければマズイのかもしれない。前世の感覚が残っているせいで、「結婚なんてまだ先」と思いがちで、危機感は薄いけどね……。


◆◆◆


 教員用の駐車場から校舎に入り先頭を歩く絵美さんについていき、編入の説明を受けるためにそのまま校長室に入る。時間が早いため、誰ともすれ違わなかった。部屋に入ると奥には、高級そうな木製の机と本革のチェアーがある。手前には、打ち合わせ用のローテーブルと一人用ソファーが6脚。そのうち右側のソファーに50代と30代と思われる女性が座っていて、挨拶をするために立ち上がった。


「神山ユキトさん。初めまして。校長の中尾です。隣にいるのが、あなたの担任になる一ノ瀬先生です。」


 中尾校長は苦労が多かったのか白髪とシワが目立つが、前髪が揃ったセミロングで可愛らしい顔立ちをしている。一ノ瀬先生もセミロングだが、こちらはセンターで分かれていて前髪はない。


「一ノ瀬です。1年3組の担任をしています。担当は数学で、バドミントン部の顧問をしています。よろしくお願いします」


 手を差し出されたので右手を見ると小指に指輪がはめられている。どこかのハーレムに所属しているようなのでひとまず安心だ。そんな些末的な考えを中断し、握手をしてから絵美さんと僕がソファーに座った。楓さんは僕の後ろに立ち、座らないようだ。


 ソファーに座ってから校長先生の手もチェックすると、左の薬指に指輪があった。校長先生は結婚しているのか。


「神山ユキトさん。本校への入学ありがとうございます。私と一ノ瀬先生は、今日という日を楽しみにしていました。時間も限られていますので、早速、本校について説明します。本校は男女共学では珍しく男性が多く所属し、現在は10名います。その中で神山さんと同じ1年生は3名です」


 10名! 思わず、表情に出るほど驚いてしまった。16年間で男性に出会った回数は両手で数えられる程度だ。しかも、睨まれるだけで会話はなかった。基本的に男性同士は不用意に近づかない。高校生活が無事に送ることができるか心配になってきたぞ……。


「ですので、各階に男性用トイレ・廊下や校舎周辺には監視カメラを配置・専属ボディガードの待機部屋を用意しています。また、職員も既婚者もしくはハーレムに所属している人間を採用しているので、教師が生徒を襲うことはほぼ・・ないでしょう。これも男性が安心して高校生活を送ってもらうための工夫です」


「ほぼ」というところに、この世界の業の深さを感じる。しかし、母さんと一緒に男性用の設備が整っている高校を選んだから、これ以上を望むのは難しいだろう。


「1年3組については担当の一ノ瀬先生から説明してもらいます。よろしくお願いしますね」


 事前に話す内容を整理していたのだろう、一ノ瀬先生は一度頷いてから、よどみなく説明してくれた。


「本来なら、同じクラスに2名以上の男性は入れませんが、今回は急な編入ということもあり同じクラスに男性がいます。1年3組にいる男性は、江藤俊介君。クラスメイト30人中21名が江藤君のハーレムに所属しています。すでに知っていると思いますが、男性が他のハーレムに所属している女性と不用意に交流すると、争いの元となります。江藤君と21名の女性との接触は、必要最低限でお願いします」


 この世界の男性は、親しい女性が他の男性と接触すことに慣れていない。他の男性と会話しただけでも嫉妬する場合が多い。


「分かりました。一ノ瀬先生、他に注意するべきことはありますか?」


「女性に襲われそうになった場合の正当防衛は認められています。護身術を身に付けていると聞いていますので、身の危険を感じたら遠慮なく使ってください。編入試験の結果を見る限り学力は問題なさそうなので、女性関係にさえ気を付けもらえれば他に注意することはありません」


 はやり当面の問題は、クラスメイトとの人間関係のようだ。江藤君・ハーレムに所属してる女性は、基本的に無視する方向で問題ないだろう。向こうもそうするはずだ。問題は、フリーの女性たちへの扱いだが、どのような関係を作っていくか未だに悩んでいた。




 その他、細かい校内設備の説明を聞いたあと絵美さんと楓さんと別れ、1年3組のドアの前まで移動した。一ノ瀬先生は先にクラスに入り、入室の合図を待っている状態だ。この時間は、転校を何度経験しても慣れない。


「――それでは、新しい転入生を紹介します。神山君、入ってください」


 入室の許可が下りたので、ドアをスライドして開けてクラスに入る。教室に入った瞬間にクラスメイトの女性が自分を見る。男性を獲物のように見る視線だ。一ノ瀬先生の隣に移動する姿を、すべての動きを、監視するような視線だ。これだけは、どこの国に行こうが変わらない。腕に何もつけていないので、ハーレムがいないことも気づいたはずだ。


「初めまして。神山ユキトです。趣味は、料理と読書です。ここは図書館の本が充実しているので楽しみにしています。また、海外生活が長かったため、文化の違いで色々とご迷惑をおかけすることがあるかもしれませんが宜しくお願いします」


 本だけがこの世界を忘れさせてくれる唯一の方法だったので、前世に比べて本を読むようになった。趣味と言っても良いだろう。


「チッ」


 挨拶が終わった瞬間に舌打ちが聞こえた。音がする方を見ると、窓際の一番後ろに座り、眉間にしわを寄せて睨みつけている江藤君と見ると目が合ってしまった。髪型は、一ノ瀬先生と同じセンターで分けたセミロングだが、目つきが鋭く、先ほどの態度と相まって印象は悪い。


「俺の縄張りにお前が侵入してきて不快なんだ」と、アピールしているようだ。さらに江藤君を見る限り僕の方が男性としてのランクは上だし、女性が取られないか色々と心配なのだろう。でも、ここで僕が先に目線を外すわけにはいかない。ここで負けたら、負け犬と扱われ、いいように使われて終わってしまうだろう。例えば、アプローチしてくる趣味ではない女性を押し付けるといったように。


 僕も江藤君を睨みつけ、挑発することにした。


「僕の自己紹介は、舌打ちするほど不快だったかな?」


 女性全員が息を飲む音が聞こえた。男同士の縄張り争いが始まったことを、彼女たちも理解したようだ。ほんの数秒だったか、数分だったか……無言の時間がしばらく続いた。


「気のせいだ」


 静かだが、クラス全体に通るような声をだして江藤君は窓の外に顔を向けた。どうやら勝負に勝ったようだ。さすがに孤立している状態で、これ以上、彼ともめるのはバカがすることだろう。これ以上、挑発する必要はない。


 その後、一ノ瀬先生は何事もなかったかのように、廊下側の一番前が僕の席だと教えてくれた。意外とスルー力が高い。着席したらすぐに授業が始まったけど、授業の内容は問題なくついていけた。




 昼休みになったのでトイレに行こうと歩き出すと、2つ後ろの席に座っていた、色白で金髪のギャルっぽい女性が、クラスメイトが後をつけてきた。廊下には監視カメラが設置されているし、後をつけるぐらいなら心配ないだろう。そう判断し、彼女を無視してトイレの中に入り用を足してから出ようとすると、入り口から少し中に入った場所に彼女が立っていた。


「ここは男子トイレだから、出てくれないかな?」


 声が震えなかった自分を褒めてあげたい。さっきから冷や汗が止まらず、彼女が無言で近づくたびに、一歩二歩と後ずさる。体が思うように動かなければ、護身術など意味がない。


「江藤って奴は、幼馴染がベタ惚れしていることをいいことに、態度がでかいから気にくわないんだよね。顔もスタイルも普通のクセに。その点、君は顔はいいし小柄で可愛らしい! 性格も良さそうだ。なんでそんなことわかるのかって? 直感だよ。第六感っていうのかな? 昔から男のことなら直感が働くんだよね。で、その直感が囁くの。この男を逃してはいけませんと。この学校に男が10人いたから一通り見てきたけど、こんなに強く感じるのは初めてなんだよ! 運命だね! それに、ハーレムを作ってないでしょ? 私のために初めてをとっておいてくれたんだね! ありがとう! この気持ち分かるかな。例えるなら、今まで灰色だった世界に色がついたような感覚。そう! 今までの人生がなんだったんだ! ってぐらい輝いて見える。それは、とても素敵なことだよね」


 彼女は一歩、前に出る。その感覚は分かるが、物事には順序がある。


「君が一人になるのずーっと待っていたんだよ。もう何度、襲いかかろうかと思ったか。でも、もういいよね……」


 この人、理性が吹き飛んで本能が暴走している……。男性が欲しくてたまらず本能だけで動いている状態なのか? だらしなく口が開いているし、呼吸が荒い。


「神山君って無防備だよね。普通、女性が後をつけてきたら逃げるよね」


 彼女はさらに一歩、前に出る。


「あっ! もしかして誘ってくれたのかな?」


 ついに、壁際まで追い詰めらた。


「そうだったら嬉しいな!」


 満面の笑顔で最後の一歩を詰め、彼女の手が僕の頬を捉えた。子供の頃、母さんに脅された時以来の恐怖を感じる。


 終わった。転校初日に終わってしまった。


 それでも、それでも諦めずに、逃げ出そうともがくが、彼女の腕は微動だにしない。


「こうやって、ジタバタする姿も可愛いね」


 ダメだこいつ! 早くなんとかしないと!


 そう強く思った瞬間、なぜか頬から手が離れた。すぐに横に移動して彼女から距離をとり、様子をうかがうと、楓さんが片手で頭を掴み色白金髪ギャルの体を持ち上げていた。掴まれた頭が痛いようで、足をバタバタさせながら外そうとし、しばらくすると気絶したようで動かなくなった。


 楓さんは、確かに普通の女性より腕が太いと思っていたけど想像を上回る怪力だ。


「遅くなってしまい申し訳ございません。間に合ってよかった。この不届き者は、後で教師に報告しておきます」


 楓さんは、そうつぶやきながら捕まえた彼女を床に置く。


「楓さんありがとうございます。本当に助かりました」


 小走りで楓さんに向かっていくと、楓さんが両手を広げた。これは飛び込めってことだよね? 助けてもらった手前、これは断れないと思い胸の中に飛び込んだ瞬間、素早く腕が背中に回り抱きしめられ、そのままエビ反りになる。


「楓さん力加減! 間違っています! 僕は神山ユキ……背中がぁ!」


「フンフン」と、女性が出してはいけない鼻息をしながら、僕の感触を堪能している。僕の心からの悲鳴は、届いていないようだ。どうか背骨が折れる前に離してください。



 ……でも、久々に触った胸の感触は気持ち良く、とても心が安らいだ。

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