第7話

 僕の感触を十分に堪能した楓さんから解放された後に、気絶した彼女の容態を見てもらうため保健室に移動した。僕は背中が痛い程度だが、さすがに気絶するほどの握力で頭をつかまれた彼女を放置することはできないだろう。


「頭蓋骨が骨折しているわけでもないし、今の所は大丈夫そうね。念のため目覚めたら病院にいかせましょう。それと、これから校長に事件の報告をしてくるわね」


 保健室の先生は数分前に出て行ったので、今は僕と楓さんと名も知らぬクラスメイトの彼女の3人だけだ。寝ている彼女は微動だにしないので、生きているか不安になり、しゃがんでおでこに手を当ててみる。ハーフの僕と同じぐらい肌が白く、顔立ちはしっかりている。不良のように見えるため若干近寄りがたい雰囲気はあるものの、前世であれば絶対に男が放っておかなかっただろう。


 恵まれた容姿なのに、理想の男性に出会えず妄想が肥大化し、理想に近い男性を追い求める。この状態になると、理性が吹き飛んで男を求める本能に突き動かされてしまう。20歳ぐらいのフリーの女性がかかりやすい精神的な病だが、彼女は16歳という若さで発病してしまった。普段は理性がギリギリ抑えられていたようだけど、今日は理性が吹き飛んでしまったのだろう。


 男性を求める本能は、これほどまで強いのか。


「せっかく、綺麗な顔をしているのにもったいない」


 そんなことを考えていたせいか、思わず本音が出てしまった。


「……ユキトさん。彼女を気に入りましたか?」


「恋愛感情としての好き嫌いではなく、同情に近い感情かな。彼女を助けられるのが僕だけなのであれば、助けてあげたいと思う。」


 恐る恐る、といった感じで楓さんが質問してきたので、嘘偽りなく今の気持ちを伝えることにした。


 男性は、社会に管理・監視される代わりに保護を受ける。その最たる例が、男性の管理と保護を目的とした国際男性保護法だ。法が、男性を守ることを良しとしている。その反面、数の多い女性が保護されることは少ない。男性と女性が法廷で争う場合、男性側の主張は通りやすい。


 さらに、この世界に生きる女性にとってハーレムに入ることはステータスであり、社会でのし上がるためには必須条件だ。結婚できればさらに良い。社会通念上、男性を手に入れられない女は出世できない。男性を獲得するプレッシャーは、息苦しくなるほど重い。


 控えめに言ってもこの世界は狂っている。


 前世の記憶があり価値観が残っているからこそ、そのプレッシャーに負けてしまった人は助けたくなる。例えそれが、拉致監禁未遂の彼女だとしても。


「もちろん、本能が暴走した女性全てに同情するわけにはいかないし、ハーレムを作る決心はできていないけどね」


「そうですか……。どうなるにせよ、先ずは犯した罪に対して責任をとってもらいましょう」


 助けたいと思っても、そう簡単にはいかない。まずいことに彼女は男性を襲ってしまった。未遂とはいえ、国際男性保護法では「男性の同意なく、恐怖を与えるような接触はしてはならない」と定められている。これに違反した場合は、2年以下の懲役もしくは30万以下の罰金が科せられる。昨日から付けている首輪のデータが証拠になるし、監視カメラの映像もある。言い逃れは難しいだろう。また、社会的に見ても情状酌量の余地はない。裁判になれば、彼女は必ず負ける。警察沙汰になる前に決着をつけなければならない。


 彼女を赦してあげたい……すでに僕の中に答えはある。あとは身内の説得するだけだ。


「母さんには、すでに報告しているの?」


「はい。事件の概要は、絵美さんがチャットで伝えています。今晩、詳細を報告する予定です」


 彼女の意識が戻るまでが勝負だ。今晩では遅い。


「母さんに伝えたいことがあるから電話をしてくる。楓さんは、ここでまっててくれるかな」


「分かりました。絵美さんはどうします?」


「保健室に来るように伝えてください」


 保健室から屋上に向かいスマートフォンを取り出して、母さんに電話をかける。


「お仕事中に電話してごめんなさい。少しだけ話したいんだけど、大丈夫かな?」


「さっき、絵美さんから連絡のあった事件のことでしょ? 5分程度なら大丈夫よ」


「母さん、ありがとう。実は、さっきの事件は警察沙汰にしてほしくないんだ」


「どういうこと? もう少し、詳しく説明して」


「僕は確かに襲われたけど、実際に危害を加えられたわけではないし、少し怖かっただけなんだ。警察に報告するほどじゃないと思っている。謝罪をしてもらえれば十分じゃないかな? それに、転校初日からクラスメイトが減るのは悲しいよ」


「……言いたいことは分かったわ。でも、危害がなかったのは楓さんのおかげよ? 謝罪だけってのは少し甘いんじゃないかしら?」


 確かに、母さんのいう通り謝罪だけでは甘いだろう。


「罰としてボランティア活動をさせられないかな?」


「うーん。警察沙汰にしない代わりに、ボランティア活動をするアイデアは悪くはないけど……再犯の可能性は残っているでしょ? 報告を聞いた限りだと、また、本能が暴走するかもしれないし、誰かが監視する必要があるんじゃない?」


 論点が罰から再犯に変わった。母さんの中ではボランティア活動でも大丈夫だと思ってくれたようだ。再犯の部分さえクリアすれば、警察沙汰は回避できる可能性が高い。ここで、事前に考えていたセリフを声に出す。


「母さん。女性として意見が聞きたいんだけど、本能を暴走させないためにはどうすればいいの?」


「ユキちゃん。あなた何を考えているの?」


「母さん答えて」


「仕方がないわね。男性の側にいる・役に立っているといった充足感よ。女性にとってこれが本当に重要なの」


「充足感さえあれば、ハーレムに入る必要はないってことだよね?」


「……ええ。そうよ」


「彼女に、ボランティアとして僕の警護を任せようと思います。期間は6ヶ月ぐらいかな? もちろん、絵美さんや楓さんにも監視してもらうけど。僕が言うのも恥ずかしいけど、理想の男性の役に立ち常に近くにいることができる。これって、充足感につながるでしょ?」


「……今回のケースでは、充足感につながる可能性は高いわ。でも、ユキちゃん。発言の意味を正しく理解しているの? 仮にボランティアだとしても、ボディガードとして常に近くにいてもらうって意味が。周りがどう思うか」


「わかっているよ。彼女はハーレムに入れてもらえることを期待するし、周りも似たようなことを想像すると思う」


「それでいいの? ハーレムは作りたくない、学校に行きたくないから勉強は通信で済ませていたのに」


 母さんと絵美さんにはずっと、わがままを聞いてもらっていた。そしてこれからも迷惑をかけることになる。でも、本能に負けた彼女の気持ちを想像した時、この世界の理不尽に少しでも立ち向かいたいとも思ったんだ。


「母さん。ちゃんと分かっているよ。6ヶ月間で彼女の性格を見極めるよ。それで問題がないなと思ったらハーレムを作るし、ダメなら突き放す。ボランティアの期間が終わるまで、このことは伝えるつもりはないけど」


「……突き放すって、あなたにできるわけないじゃない。でも、そこまで覚悟があるなら、いいわ。帰りにユキちゃんの首につけているものと似たようなデバイスを買って帰るわ。絵美さんと楓さんの直接的な監視と、デバイスによる二重チェックをすれば大丈夫でしょう」


「ありがとう! 絵美さんと楓さんにも伝えてくるね」


「私からも伝えておくわ……ちなみに、ユキちゃん。私に黙って大人向けのゲームで遊んだことないわよね?」


「大人向けのゲーム?」


「知らないならいいわ。気にしないでね。夜、家で会いましょう」


 ……大人……アダルト……18禁ゲーム! このシチュエーションは、人(女性)の欲望と願望が凝縮された18禁ゲームに近いの?! そう気付いた瞬間、なぜか身震いを覚えた。



◆◆◆



 母さんに、あらぬ疑いをかけられたが気を取り直し、保健室に戻ると楓さんと絵美さんが迎えてくれた。


「ただいま。何か変わったことはあった?」


「彼女は目覚めていないし、特に変化はない。それより姉さんからメッセージが来たんだけど。本当に許しちゃうの? 私としては、軽すぎる気がするんだけど」


 絵美さんがやや怒りながら、僕に詰め寄ってきた。母さんは仕事が早いなぁ。


「うん。もう決めたことだから。絵美さんが納得いかないのであれば、ボランティアの期間中、彼女を厳しく指導してあげて」


「……本気なんだ。こうなったら、ユキちゃんから離れたくなるように徹底的にしごくしかない!」


「雇われている私は意見できる立場ではありません。保護者の景子さんと被害者のユキトさんが決めたことであれば従います。ですが、私も納得したわけではないので、絵美さんと一緒に厳しく指導したいと思います」


 絵美さん、楓さん、僕のことを心配してくれてありがとう……彼女は指導に耐えられるかな。


「私がやったことは覚えていますし。償うつもりでいます。申し訳ございませんでした」


 いつの間にか目を覚ましていたらしく、彼女が起き上がって頭を下げていた。肩甲骨付近まで伸びた髪が顔にかかっているため表情は窺い知れないが、深く反省しているように感じた。


「やっと目が覚めたね。意識はしっかりしている? 気分悪くない? 大丈夫なら校長室に行くよ」


「はい。大丈夫です」


絵美さんの質問に小声だが、目を見てしっかりと返事をした。健気な彼女見ると、少しでも早く心配事を解消してあげたくなる。


「悪いようにはしないから安心して」


「はい!」


憑き物が落ちたかのような、眩しい笑顔だった。その笑顔を見た絵美さんは、眉をひそめたがそれは一瞬のことで、すぐにいつも通りの表情に戻った。


「話していないで早く行くよ」


 それから急いで校長室に向かい、ドアをノックして入ると、奥の席に校長先生が座り、左右に一瀬先生と保健室の先生が立っていた。


「失礼します。本日の事件の処置についてお願いがあります」


「鈴木彩瀬さんが神山ユキトさんを襲った事件ですよね? 分かりました。聞かせてください」


 僕が先頭になって入り、挨拶をする。彼女の名前は、鈴木彩瀬さんというのか。先に聞いておけばよかった。


「ありがとうございます。先ほど母と話した結果、警察には連絡せず、6ヶ月間ボランティアで僕をボディガードすることで罪を償ってもらうと考えています。期間中は、再犯防止のために監視用のウェアブルデバイスをつけてもらう予定です」


 そう言い切ると、要求を聞き出そうとした校長を始め、一瀬先生・保健室の先生・鈴木さんが目を見開き、驚いた表情をしている。


「我が校としては非常に助かりますが、良いのですか? 念のためもう一度確認しますが、保護者である景子さんは、このことをご存知ですよね?」


 僕が言ったことが信じられないのはわかるけど、校長先生は少し疑い深いんじゃないかな。


「はい。知っています。絵美さんそうですよね?」


「ええ。姉である景子も私も、そしてボディガードである木村も同意しています。ボランティアの期間は、私と木村が監視と教育を担当する予定です。今回の事件は学校側の落ち度ですし、異論はないですよね?」


 今度は僕が驚く番だった。絵美さん言葉に棘がありませんか?


「ええ。もちろん学校側の落ち度です。朝に安心してくださいと言ってるそばから事件が起きてしまいましたし……。それに警察沙汰にならないのは、我々としてもありがたいことです。さらに保護者と男性からの要求であれば、断るわけにはいきません」


「なら結構です。では、この事件の話はコレでお終い。良いですよね?」


「はい。学校側は、異論ありません」


 校長先生の確認を取ってから、絵美さんが鈴木さんに顔を向けた。


「そういうことだから。明日から、私と専属ボディガードの木村楓の下について、色々と覚えてもらう予定です。授業は出ても構わないけど、もし部活に入っているのなら休んでね」


「はい。私に罪を償うチャンスをいただきありがとうございます。ただ……本当によろしいのでしょうか?」


 みんな疑い深い。いや、それだけ僕の判断が変なのだろう。


「これは僕からしたお願いなんだ。6ヶ月間、僕のことを守ってね」


「はい!」


 この返事で、期間限定のボディガードが誕生した。

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