第4話

 ダーウィンの進化論は、ご存知だろうか。生物は「同じ種族でも遺伝的な変異は親から子へ伝わり、その変異が自身や子孫の生存率に関わってくる」というもの。いわゆる自然淘汰(自然選択説)と呼ばれるものだ。


 では、どのような遺伝子を残すべきか?


 この選択は、住んでいる環境によって大きく左右される。昼間は危険だから夜に生きる生物、子供の生存率が低いから多産になった生物。男女比が著しく偏った結果、男性より女性が強くなる生物−−環境による選択圧だ。


 気が遠くなるほどの永い年月をかけて環境に適応した結果、この世界の女性は強さを手に入れたようだ。


◆◆◆


 L字型のソファに座って壁掛けのテレビを見ていると、後ろから仁王立した母さんに声をかけられた。声からすると少し怒っているように感じたので慌てて振り向く。


「腕力では、男の子は女の子に勝てないの。十分に注意しなさい!」


 初等学校に通い始めてから何回も注意されていたが、実感がないため前世と同じ感覚で同級生と交流していたら、ついにキレたらしい。眉間にしわを寄せながら近づいてくると、左手で僕の頭を掴んできた。


「女の子の強さを見せてあげる」


 不敵な笑顔を浮かべた母さんの右手には、未開封の缶コーヒー。「何をするんだろう?」と疑問に思った瞬間、目の前で缶コーヒーが「グシャッ」と一瞬でつぶされ、飛び出した液体が顔に飛び散る。


「ヒェッ……」


 反射的に涙が流れ足をガタガタさせ、そうつぶやいた僕は悪くないだろう。あんな細い腕のどこから、そんな握力が出せるのだろう。しかも明らかに、前世の鍛えた男性より握力が上だぞ。


「ユキちゃん。わかった? 女の子は、みんなこのぐらいのことはできるの。いい機会だから、男性用の護身術を習ってもらおうかしら」


 目の前の脅威によって女性の恐ろしさを実感した僕は慌てて首を縦に振ろうとしたが、頭が動かない。母さん、そろそろ頭から手を離して。頭からミシミシとした音が聞こえるよ……。可愛い息子の危機だよ!


◆◆◆


 あとで分かったのだが、男性と女性では筋肉の質が違うらしい。女性の筋肉は細いが柔軟性があり、短期間に出せる力に優れた筋肉。また、戦いに優れた女性が優遇されていたため、男性より高身長で反射神経も良いらしい。恐らくサルの時代から強いメス(女性)が選ばれ続けた結果なのだろう。やはり、この世界は似ているようで似ていない。


 とはいえ流石に、生理や妊娠といった機能を女性から取り上げることはできなかったらしい。一定期間、力が落ちる日がどうしても出来てしまう。それをカバーするために、女性はハーレムを作り数で補っているのだろう。


 そしてその筋力よりさらに恐ろしいのが、男性を発見する能力。


 正確に表現するのであれば、男性を発見する五感。視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚が優れている。特に二次性徴を迎えた男性が近くにいるとすぐに分かるらしい。誤魔化すことは、ほぼ不可能とのこと。さらに、進化(?)した一部の女性は第六感まで備わっており、感覚的に男性が存在する位置までわかるそうだ。


 男性を守るために筋肉や反射神経が発達し、守るべき男性を見つけるために五感が発達する。これが、進化的軍拡競争なのか? ダーウィンさん、この世界でも遺伝子は、頑張ってお仕事していますよ。


◆◆◆


 母さんの強引な説得の結果、5歳から相手の力を受け流す護身術を習い、7年が経過した12歳になった誕生日の翌日。ついに、母さんと絵美さんから男女について教わることになった。今世における性教育が始まったのだ。


「ユキちゃん。もう12歳になったし、もう数年したら結婚しなければならない歳になりました。ハーレムについて色々と教えます」


「結婚しないとダメなの? 僕は、母さんと絵美さんがいてくれれば、他の人はいらないよ」


 一瞬、笑顔になったが真面目な顔に戻り、母さんは話を続ける。


「それは素晴らしい未来だけど、ダメなの。国際男性保護法で、男性のハーレム作りと結婚、子作りは義務とさているの」


「男性はハーレムメンバーの数だけ腕に細い腕輪をし、女性は右の小指に指輪をする。結婚したら、それが左の薬指になるの。トラブル防止のため、これは世界共通よ」


 絵美さんも追い打ちをかけるように、必要性を説く。


「これは、ユキちゃんを守るために必要な法律なんだよ。周りに信頼できる女性がいないと、いつ、誰に襲われるか分からないからね」


「そうね。あなたを守るための法律よ」


 この12年間で、身を守ってくれる女性が必要なのも理解できるようになった。でも、前世で結婚に失敗した僕には、感情的はこの法律を否定したい。


「女性はね。男性を守るのと同時に襲ってしまうの」


「襲う?」


「そう。ハーレムに所属していない女性は、男性を性的に襲ってしまうの。いくら知恵や理性といったものがあっても、本能には逆らえないの。男性を求める本能の前には、理性という鎧は脆いものよ。女性は生まれながらにしてハンターとしての素養を持っているの」


「男性を襲うことは重罪だから、二度とでてこれなくなるけどね」


「母さんや絵美さんも、僕を襲うの?」


 そこまではっきり言われると思わなかったので、何も考えず思ったことを聞いてしまった。


「ユキちゃんは、たまに変なことを言うね! 私たちは家族だから大丈夫だよ。線引きが難しいんだけど、”男女がお互いを信頼している”関係が築けていると本能も収まるんだよね。不思議なことに」


「この男女というところが重要だから。子供がいても娘だったら当てはまらない。人工授精して子供を産んでも娘だと、結局、男を追いかけちゃうんだよね」


 これは近親相姦と、一人の女性が多くの男性を囲い込まないといった種としてのタブーが本能が働いているのかな? 遺伝子さん、もう少しなんとかならなかったんですか! お仕事が中途半端ですよ!


「だからこそ、ハーレムを作るときは女性の充足感が大事なの。ユキちゃんがハーレムを作るときは、女性が心身ともに満ち足りているかちゃんとケアするの! これができない男性は三流よ」


 何が悲しくて実の母親にハーレムの運用テクニックを教えてもらているんだ……。予想以上に恥ずかしいぞこれ。


「私はアメリカ人男性のハーレムに入ったことがあるけど、結局合わなかったなぁ。管理が雑すぎる。やっぱり同じ日本人人のハーレムの方がしっくりくる」


 絵美さんもハーレムに入っていたことがるんだ、なんだかショックを受けてしまった。母さんはそのことに気づかず話を進めている。


「そして最も注意しなければいけないのが、他の男性よ。ランクによって上限があるといっても、上限まで女性を囲っている人は少ないわ。枠を残しているの。何故だかわかる?」


「ううん」


「それはね、魅力的な女性が見つかったらすぐにハーレムに加えるためよ。そして、魅力的な女性がフリーだってことは、ほとんどないわ。だから男性同士で女性を奪い合うの」


「精力の強さをアピールをする場合もあれば、料理の腕をアピールする場合もあるし、ハーレムメンバーを使って対象の女性がハーレムから抜け出すように仕掛ける場合もあるわ」


「ハーレムからは簡単に抜け出すことができるの?」


「その人次第だけど、次に所属するハーレムが決まっていれば簡単に抜け出すわね。次が決まってなくても男性に愛想をつかして抜け出す場合もあるし、男性にそれを拒否する権利はないわ」


 ある意味対等な関係なのか……な?


「女性の趣味が異なる、上限までハーレムメンバーを揃えている、といった場合じゃないと男性と仲良くするのは危険よ」


 もともと期待していなかったけど、この世界で男友達を作るのは諦めた方が良さそうだ。他にも精通といった一般的な内容から、精力剤や妊娠促進剤といったお薬の話、避妊の方法まで聞いたけど、右から左に流れて言った。


 どうしても、もう一度、結婚して子供を作る決心がつかない。大切な想いが色あせて朽ちてゆくのは、もう耐えられない。


 そして、母さん仕事の都合で数年ごとに引っ越すことを理由に、16歳になってもハーレムを作らず、最後の転勤と言われて日本に住むことになった。

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