第20話 『追いついてやる』


 ◇

 青井市に轟き続ける音は、連続して打ち上げられる花火のように思えた。

 草薙裕也は神社の中腹から眺めていたが、頭を掻きむしって玉緒アキラに尋ねる。

「あそこにキリオがいる、それでキリオのバックには‶シャンハイ・パオペイ〟ってマフィアがいて、なんか企んでるってことはわかった――でもヤクザの戯言かも?」

 

 玉緒アキラはため息をつき、言った。

「あくまで情報として捉えること。真偽は自分自身で判断する。徹くんが誘拐された可能性をお忘れなく」

「……それじゃ、ソーキジュツ、カムイについて教えてくれよ。玉緒さんの専門分野だろ」

「そうですね……」

 すると玉緒は微笑み、階段の脇に歩み向かった。風に負けて桜の小枝が落ちていた。それを拾って裕也に告げた。

「昔から言ったこと、やってきたことの延長です。口で言うよりあるのみ。私はこれからの相手をしますね」

 一礼してから玉緒は階段を降りて行く。


 裕也は「ヒントのつもりかよ、ケチ! 不親切すぎるぞ!」と文句を言ったあと背を伸ばす。

 ぎし、ぎしと固まった筋肉のほぐれる音。裕也は自身の体調と、玉緒の言葉を感じ取った。


――組み手じゃなく。しかも俺や参拝者じゃなくね。けっこう寝た。早朝ランもしてねーし、組み手もしてねーから体力は充分。電流みたいな痺れは収まった。ただ、腹減った。カムイとか超能力なんて使うヤツなら俺もポン刀ぐらい装備したいけど――


 裕也は隣にいる鯨波団吉の禿頭を見下ろして、舌打ちする。

 団吉が睨みつけるが、無視して玉緒を追った。


 ◇

 先導するように歩く玉緒の背に、裕也は質問を投げかける。

「昨日、キリオが言ってたんだけど――無刀大里流の無刀って、カムイ使いってやつと素手で戦う意味だって、マジか?」

 

 振り返らず玉緒は「そうですよ」と言う。階段をゆっくり、音も無く降りていく。


 その背を追い、祐也も一段ずつ降りて行く――玉緒は振り返らずに声を発した。

「もちろん武器があるなら越したことはありません。使えるものは何でも使うべきです。何もない、藁にもすがりたいとき、無刀大里流操氣術を使う。一朝一夕、いいえ、生涯をかけてもわからないかもしれません……ですが私は、裕也くんにカムイ使いの対処法ぐらい教えました」

「はあ? そんなモン、教わって――」

 そこで裕也は足を止める。

 己の両手を見て、握る。足をふんばって、石にしっかりと体重を落とす――痛みも疲れも無い。いつもと同じ体だった。


 玉緒は離れたところから声を掛けて来る。

「大里流の体術とは逞しい体を作り上げ、どんな災いの中であれ生き残ること。裕也くんはおよそ常人には耐えられない苦行を、十年以上も続けてきました。健さんは、これからは実戦をくぐらせて技と心を磨くべきと。しかし私は必要ないと思います。実戦など知らないほうが幸せなはず。率先して不幸になりたいなら、このまま着いて来なさい。危機を回避するのは恥ではありません」

 

 その声を聞き裕也は階段を降りて行く。

 相変わらず轟く音がうるさく思えたが、背後からついて来る団吉の足音も同じぐらい耳障りに聞こえる。

 さらにはいつもの階段が、奈落へと向かう下り坂に思えて身を震わせた。


 ◇

 日陽神社の五百階段、その一段目にある鳥居をくぐると、石畳が国道まで繋がっている。駐車場を兼ねた入り口付近の様子は下り終える前にわかる。

 玉緒は鳥居の内側――階段の前で足を止めて立っていた。

 両手を腰に当てて、肩幅より少しだけ広く両足を置く――裕也には見慣れた、組み手のときに取る玉緒の構え。いつもと違うのは彼女の表情が険しいことと、右手に桜の小枝を持っていること。

 裕也は息を吐き、睨みつける――玉緒の眼前、国道まで埋め尽くす男たちに向かって。


「おいおい。朝イチで殴り込みかい」と言ったのは団吉だった。

 裕也も玉緒も団吉を見ず、取り囲む男たちを静かに見ていた。


 若い男たちだった。ざっと見る限り、五十人は下らない。

 服装はラフで裕也の知った顔もいる。YAMATOのメンバーが混じっていたが、彼らの目、醸し出す雰囲気が常人と違っていた。

 目がうつろだった。白目を向いている者もいた。刀や鉄パイプなどを手にしているが、それを振りかざすことも脅したり声を上げたりもしない。


 裕也は感じ取る。

 狂気じみた、説明無しの理不尽な戦闘のゴングはとっくに鳴っていた。

 無言で仕掛ける方が有利、勝てば良し。

 説明が無いから対処が遅れた、納得のできる理由を乞うなど通らない、ここはそんな世界だと――


 昨日のキリオから受けた襲撃もそう。突然の攻撃に対して被害を被ったのに、裕也たちが責められた。

 敗者であり情けを掛けられ生き残ったから。

 その延長が真剣勝負、命の獲り合いになっている。

 

 昨晩、健三郎に受けたに近く思えたが、あれは予告があったし手加減する旨を聞いていた。

 今回は説明などない。何故彼らがいるのか、目的は何か、一切不明。

 ここで男たちに理由を聞く時点で愚かしい行為。負けを想定しての話し合いならそれもあり得るが、裕也に退く気は無い。


 むしろ奇襲や工作をせずに正面から来ただけ紳士的で、真っ向から迎え撃つのが礼儀に思えた――


――でもやたら空気が重い。組み手のとき、喧嘩のときに感じるものと違う。


 裕也の体が熱く、敏感になる。拳や首、顔など露出した部分が先ほど収まった痺れよりも痛く、皮だけがひりひりする。汗は流れないが、風の流れが感じ取れる。

 裕也は相手の数を数え始めるが、無駄だと止めた。

 

――多勢に無勢。上等だよ。


 その一言が浮かぶと、

「裕也くん――」と玉緒が言う。しかし裕也は視線を移さない。

 相手を誰などど特定せず、全体を視界に収める。死角から襲われる恐れを考慮し、聴覚は玉緒の声と雑音、危険信号を同時に拾い聞き分ける。

「武とは何か、強さとは何か。これから使う操氣術はその一例にすぎません。裕也くんにとって新たな〝かせ〟となるかも――私は大好きな空間を侵害され、刃を向けられて許すなどできない。勝手、わがまま、卑怯。戦う者に賛辞など皆無、納得できなければ引き返しなさい」


 玉緒は息を吐く。ふうぅ――と長い息を吐き終え、口を噤む。

 

 彼女の言葉から裕也は決意を受けとった。しかし――


――つまり何がなんでも、返り討ちにするってか。それ、ただの喧嘩なんだけど。殺し合いとは違うはず――


「俺は――」と裕也は声を出す。唇が重たく思えたが、声ははっきりと通った。

「武術は弱いヤツが強くなるための、すっげー単純な方法だと思ってる。鈴も言ってた〝大里流はその極端なもの〟だって。確かに極端だ。まず同門は健さん、玉緒さんしか知らねーけど、二人ともバケモン……最大の理由はどっちにも一発入れたことが無い。俺は毎日、ぶっ飛ばすことを考えてる……そんな俺からアドバイス。玉緒さんはさっきの境内で、相手が降参した理由をわかってるか?」


 そう言いながら裕也は後ろに下がった。

 団吉の前に立ち、玉緒の背を見る。

 裕也より歳上で小さくて軽量、しかも女性。本来なら裕也が前面に出て守るべきだが、裕也はその背中に視線と声を向けた。


「玉緒さんは相手より先に、と戦って、もう勘弁してくれって思ってたろ? それに気づいた相手は場を改めた……‶ごめんなさい、ありがとう、強いね、そちらこそ、次もやろう、またね〟……玉緒さんらしいけど、俺とか徹なら何も言わねーし、言えないぞ?」


 玉緒の手が少しだけ震え、裕也は「口にすると悔しいから」と言った。

「喧嘩の悔しさは喧嘩でしか消えない。だから何度も何度も毎日毎日、殴り合う。もしこいつらを殺すとあんたの敵はもっと増える……俺は〝草薙さん〟を目指してる。違うやり方で……まずあんたにタイマンで追いつくため、追い抜くため鍛えてるんだけど、こんな雑魚の殺気に煽られて殺し合いするなら、ソッコーで見限って他所に行くわ」


 裕也は口を噤んだ。

 玉緒の背が少し前かがみになり――。


 ◇

 玉緒アキラは駆けた。

 俊足で前方に向かい、三歩。

 集団の真ん中、男の足元へ入るや、さらに身を屈める。相手の脛に対し玉緒は頭と右肩をぶつける。

 その男は先ほど裕也の声に対し、少しばかり動きを見せていた――ほんの些細な憤りで、手に持った抜身の刀を強く握り、視線と敵意を玉緒に向けた――その男の姿勢が崩れる。

 玉緒が小柄とは言えぶつかって来たのは人間。しかも己の腰より下――バランスを崩し、後ろに倒れまいとする。だが視界が朝の空、太陽、そして小さな拳を捉え――


 ◇

 喧嘩を焚きつけた裕也は、目を丸くした。

 玉緒の動きは見ることができたし、理解も出来た。

 

 相手が集団の場合、まず敵陣に突っ込み、中央を取る。囲まれたとしても同士討ちを狙えるし、死角に気を配りつつ正面の相手を殴り倒せば十人も五十人いても同じ。上手く立ち回れば一対一を繰り返して壊滅もできる。


 それは喧嘩自慢なら常識にすぎないし、喧嘩を知らない玉緒が行っても不思議では無いこと。

 まず正面の一人へ体当たり。バランスを崩させ、後ろに控える者の行動を防ぐ――裕也はそう思った。だが玉緒はバランスを崩した男と、その隣を巻き込み、転倒させた。


 右肩をぶつけ、同時にデニムの裾を掴んでいた。

 残った左手は隣の男の裾を掴み、そのまま、勢いよく玉緒は立ちあがった。

 つまり足を掴んで持ち上げるのと同じ。水面蹴りよりも効果的で力もいらない。


 いとも簡単に二人を転がした玉緒はすぐ、男の顔面に右拳を振りおろした。

 

 普段、温厚でほがらかな玉緒スマイルで一本宣言をする彼女が躊躇せず拳を振り降ろし、男の顔を潰した。

 間髪入れず、彼女は右拳を血、涎、鼻水などで汚したまま、無言でもう一人の男、股間を踏みつけ、顔に右拳を振り下ろす。悲鳴は無かった。


 裕也が驚いたのはそのあと――集団の二人を討ち取ってから玉緒は立っていた。

 つまらなそうに、もっと掛かってこいと言わんばかりの、仁王立ち。

 その威風堂々とした姿、雰囲気は挑発も兼ね、おかしな集団の動きを制限させる。


 仁王立ち。

 無謀に見えるが攻め手を絞り込み、返し技を出すという玉緒の意思表示。

 裕也なら理解できるが、他人には伝わらない――今日まで裕也は思っていたが、通じた。


 しばらくの静寂がその証拠――裕也は武者震いを覚えて拳を作る。味方であるはずの玉緒に、挑みたくなるが堪えた。


 一人の男が襲い掛かる。彼女の背後から鉄パイプを頭に向かって振り下ろす。


 そこで裕也は呆れて、拳を解く。


――いるもんだな、俺よりアホなヤツって。


 玉緒は振り下ろされた鉄パイプを体を横にして躱す。男の足を踏みつけてから、右手に持っていた桜の小枝を、男の手に当てる。


 男は鉄パイプを手放して、棒立ちになり玉緒はその腹に右拳を一発。

 悶絶する男。体を震わせてなお倒れないが、抗う事もなく玉緒の連撃を浴びた――こめかみ、鳩尾、人中、股間など急所に蹴り続けた。


 彼女を止めようと、さらに別の男が背後から攻める。ナイフを手に、刺そうと突進したが玉緒は彼の手を蹴り飛ばす。

 背面蹴りで上がった男の手、がら空きになった腹。

 玉緒は体を回転させ、右手――桜の小枝を叩きつける。

 乾いた音が鳴った。風船を割るような音とともに小枝が弾け飛び、男は後方に飛ばされる。背後の集団を巻き込み、倒れる。

 ドミノ倒しのようにばらけた集団。さらに玉緒は追い打ちに掛かる。

 複数体の玉緒の幻が現れ、その中に紛れた本体が一人一人を確実に倒していく――

 


「電光石火って言葉は、玉緒嬢にぴったりだぜ」そう呟いたのは団吉だった。

 

 裕也は笑いを堪えて言う。

「バーカ。攻撃はもちろん、もっとスゲーことしてやがる。ま、職業ヤクザに言っても無駄だけど」

「あん? 玉緒嬢は喧嘩してるだけだろ、ぶっちきぎりの強さで」

 

 その団吉の問いに、裕也は言った――


 ◇

 裕也による、玉緒アキラの戦術は的を得ていた。もし彼女が聞いていれば、その通りだと――

 

 玉緒はあまり考えず、効率と必殺を心掛け、戦闘に挑んだ。

 最初、集団は陣形らしきものは取っていなかった。ただ横に広がり津波のようにこちらに向かって来るかのよう――彼らの横暴を阻止するために、最初の二人で陣形を崩し、誘導を仕掛けた。


 人は集団でいるとき一人でも乱れると動揺する。

 それを狙った玉緒の初手は失敗。

〝敵意〟持つ場合や〝戦意〟がある場合、バラバラになるか密集してしまう。これは訓練次第で無限に変わる。

 彼らが取ったのは、無反応。陣形どころか仲間意識すらない証拠。

 

 そんな人間が集まったなら、もう予測は不可能。カムイか幻術、催眠術に掛けられたと高を括るしかない。


 そんな中、玉緒の取った二手目、これが最も重要で心を込めたもの。

 

 相手が出るまで待つ、敵陣の中で棒立ちすることがそれ。


 攻撃を誘い裕也も団吉も含めて巻き添えを避けるべく人身御供となる。もちろん反撃を考慮してのもの。

 だが敵意を引きつけるカリスマ性、受け止めるタフネスが無いと不可能な行為。


 今、玉緒が素通りするだけで男の視線、足は玉緒を追いかける。

 追いつかれる前に別の男の前を――その繰り返しを続けつつ、時折、攻撃を躱し、金的を蹴り上げ、移動する。

 結果、当初横並びだった陣形を丸く密集させることに成功した。

 男たちは声こそ無いが、不意打ちを恐れ、背と背を合わせて四方を見張り合っている。

 必然的に攻撃力――得物を持った男や体格の大きな男が前に出る。得物を持たない、小柄な男は中に入っている。


 玉緒の狙いは成功、さらには才覚まで如実に表れた。


 玉緒は密集した男たちの周囲を、緩急をつけて駆ける。時には風の様に速く、時にはぴたりと足を止め、幻を作る――男が攻め気を見せると、一発だけ食らわせてすぐ去る。悶絶する男もいれば、返って憤慨する男もいる。

 彼女は確認も気にもしない。

 密集隊形を維持して人数を削るのみ。


 未だ一撃も被弾しない玉緒。

 彼女の想いはたった一つ。


――被害者は私だけでじゅうぶん。むしろ痛めつけてみなさい。


 

 裕也は語り終えると、けっ、と吐き捨てるように言った。

「普通、師匠の出番は最後だぞ。俺のアドバイスで喧嘩してんじゃねーよ。しかも俺を守りつつトップギアどころか、昨日より進化して……玉緒さんのこんな動き、技、心、初めて見た。マジで、つくづく――」


 ようやく男たちは玉緒の周囲を取り囲んだ。


 裕也に見えない所で悲鳴が上がった。苦悶の声だった。

「ぐぇ――」吐瀉物をまき散らす音。

 ここで裕也の全身から汗が噴き出て、戦意を駆り立てれらた。

 体温が上昇したように、芯から熱くなり本能のまま体を動かせた。


 裕也は汗を拭うことなく乱入した――男を背後から殴りつけ地面に沈める。

 次々と殴っていき、裕也は口元を緩ませて確信する。


――玉緒アキラ、女最強として認定! 今まで受けたこと利子付けて、タイマンでぶっ飛ばす!


 その思いに師弟関係など無いし、彼女の想いなどすべてを差し置き、直感が裕也にそう思わせ、声を出させる。


「絶対に追いついてやる!! てめーら雑魚キャラどもに告ぐ!! ラスボスと俺のレベル上げを手伝え!!」


 ◇

 鯨波団吉は二人を見て呼吸を忘れた。ポケットの煙草を取り出そうとしたが、止めた。

 視界に映る、玉緒アキラと草薙裕也の乱闘――それを見て、思いが声になる。

「羨ましいぜ。若くって元気があって、無茶苦茶でよ……」

 

 玉緒が背後から襲われると、裕也がその暴漢を蹴り飛ばす。裕也の隙を埋めるように玉緒は動き、裕也は殴っていく。

 まるで打ち合わせしたような、息が合っているし、表情がどんどん明るくなる。


 裕也は被弾しても「死ね!」と言って殴り返す。

 玉緒は舞うように軽やかに足を運び、時折一発だけ当てる――やがて「一本!」と言った。


 ははっ、と団吉の笑い声が漏れた。


――殺し合いから喧嘩にかわって、ついには組み手になっちまったい。しかもぴかぴかに光ってやがる。まるで母子おやこ――


「つくづく馬鹿だね、まったく」

 その声に驚き、団吉は右を見る――百地健三郎が立っていた。

 団吉が声を出す前に健三郎は言った。

「朝っぱらから、境内でひそひそ、降りて来るまでこそこそ、降りたらこれ……もう七時回ってる。朝食の時間だってのに……うっぷんを晴らす方法なんて他にあるってのに……」

 ため息をつき、それでも健三郎は愚痴を止めようとしなかった。

 

 そんな彼に、団吉は今日の訪問の旨をを伝えた――その間、健三郎は乱闘を見ていた。


「――俺が言いたかったのはこれだけです。だが」と団吉は視線を移す。


 当初、五十いた男たちは半数以下になっていた。

 玉緒も裕也も返り血などで服が汚れたものの、ほぼ無傷。

 裕也が木刀で殴られると、玉緒がその反撃をする――団吉はその光景に感嘆した。


「俺には娘のみ。家業をやらせるつもりなんて微塵もねぇんです。親子喧嘩はよくするが共闘なんざできっこねぇ。だから苛立ちとか吹き飛んで、羨ましくなっちまった」


「わからなくもないよ……たださぁ……」と健三郎ががっくりと肩を下げて言う。「神社ウチや近所にとっては迷惑でしかない……連中に式神を渡したのが俺だから、自業自得かもだけどさ……殴り込みは想定してたけど、乱破らっぱをよこすなんて……俺の師匠は最悪だよ、まったく」

「邪道とはいえ陰陽師が裏を掛かれるとは、よほどの――な? 大丈夫ですかい?」


 健三郎は頷き、親指を立てて背後を指す。

 降りて来た階段へ団吉が振り返ると、有象無象の男たちが所々に倒れていた。全員、失神していたが団吉の目は彼らの服に行く。


――黒い道着は、大里流の有段者のものじゃねぇか。でも描かれた、翼を持つ蛇は久島ひさしまの入れ墨。あいつは無刀の有段者のはず。まさか内紛か?

――いやタイミングが良すぎんぜ。今、玉緒嬢たちが戦ってるやつらは武術ってツラしてねぇ。この神社のカムイを狙うなら奇襲なんてする必要ねぇ。一気に攻め落とすだけで済む。

――理解できねぇ。そもそも連中、どんなはらでこんな地方に? まさか前提から俺の勘違いか? 仕入れた事は連中に都合の良いガセ?


 その思いを読み取ったかのように健三郎は頷いて、ため息をつきながら言った。

「街ではが派手にやってるみたいだけど、俺は地味な暗殺者を相手に……確かに雑魚で違いない。ただし俺の師匠に操られて、実力以上のものを出しても雑魚っていう低レベル……裕也くんも玉緒もそんな事わかってるはず。今は互いの力量を比べ合って、学習してるんだ……はあ……熱中するのは良いけど、こっちは気の滅入る事だらけ」


「大里海馬……かなりの策士ですな」団吉が汗を拭い、言った。「ここだけでなく、色んなヤツにぺらぺら喋っちまった。手助けしちまったかもしれねぇです」

 

 健三郎は返事をしなかった。


 ◇

 やがて裕也が両膝を付き両手を挙げて吠える。

「完全勝利!! 絶好調!! 今日はキリオ討伐してやんぜ!!」


 玉緒は無言で一礼するのみ。


 相手集団は、全員地面に倒れ込んでいた。


 健三郎が呆れたように言う。

「はいはい、おめでとう。警察も忘れないように……」

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