第19話 主人公様、置いて行かれる③
◇
キリオの意識を絶った、大里流海の右拳――へたりこむように倒れたキリオに対し、彼女は距離を取る。
疑問を胸に抱き、隣接するビルの屋上をいくつも駆けていく。
その疑問とは――
――弱すぎる。でもヒカルは買いかぶりをしないし、海馬のジジイが裏にいるなら、影武者の可能性もある。伏兵を潜ませてるかも。
ビルを三棟、跳び渡り、巨大な看板の裏に流海は身を屈め、息を少なく、浅くして両目を閉じた。
彼女の額には‶コトワリ〟のカムイが宿ったまま。一時間ほど前と同じように、映像が脳に直接送られていく。
衛星写真を見るように、彼女は自身と周囲を俯瞰した。
辺りに人の影も気配すら無い。
続いて流海は、ふたば駅北口公園の様子――先ほど出会った雅リョウ・サンパウロたちを映すように念じる。
そちらはリョウの周りに、見知らぬ三人が集まって雑談していた。
小柄な男、巨漢、そしてコートを羽織った女性。三人の声は拾えなかったが、日本人では無いな、と流海は彼らの唇の動きから、会話の内容をよんだ。
――ヒカルの知り合いで合ってるな。しかも全員、顔見知りか。
――小柄な男は、セイって呼ばれてる。運び屋か。口が軽いな。
――デブは、タクジョウって呼ばれてる。見た目よりかなり若い。日本慣れしてる。げ、まだ高校生? 闇商売っていうか半グレ。
――この二人よりできそうなのは、レンって呼ばれてる女。雰囲気が静かで口も少ない。体格も良い。
――力量の序列はリョウ、レン、タクジョウ、最後にセイだろう。ただ、それぞれ個性が強すぎる。団体行動は無理。面倒くさいヤツらだ。
流海は映像を切り替えるように‶コトワリ〟に念じた。
脳内に映ったのは、倒れこんだキリオの姿だった。鼻から流血しながら大の字になっている。
――口だけ動いてるが、完全にのびてる。助けは無い。やっぱり単独行動か。
――ここで捕えたいけど、あたしは妙な術なんて使えない。縄とかで縛ってもカムイ使いには無駄だし、途中で起きられても面倒くさい。
――どうするかな。百地に連絡か、
流海は‶コトワリ〟のカムイから送られて来る映像を見ながら、今日の予定を同時に立てていく。
その時、油断が生まれた。
送られて来る映像のなか、キリオがむくりと立ち上がって消えた。
流海はそれを捉えていたし、警戒心も働いた。
どこに行った、誰かいたかと瞬時に考えが脳内を走り行く。
そのため、対応が遅れた。
脳内に映る映像、錯綜する思考が彼女の両目を開けるのをほんの少し――たったの一秒未満、遅らせた。
「〝我ガ
その声がしたのは流海の頭上。
彼女は見上げる――看板の上から落下してくるキリオの姿、そして切り裂いていく手刀。
流海は前方に駆けて直撃を回避した。
彼女の全身から汗が噴き出る。額には刃物で切られたような、一閃の傷がついた。
キリオの発する片言の日本語を聞きつつ、すぐさまビルから飛び降りた。
「‶
流海は落下しながら悔いた。
――ヒカルのヤツ、これを解ってたのか! こいつは
空気が、大氣が、白い蒸気を上げていく。
流海は宙を蹴り、地面に着地した。
行きかう人々、周囲の視線を意に介さず、彼女はビルを見上げたが、すぐさま視界が覆われた。
視界一面、白。
匂いはほぼ無く、流海には靄のように思えたが、轟く轟音に事態を察した。
走ってその場から離れる。
白い靄から飛び出た途端、流海の背後から突風が吹き通った。
砂塵を纏った風で靄が少し晴れ、映ったのは――
瓦礫と化した、一棟のビル。
突然の事態で混乱し、重軽傷を負い、声を上げ逃げる人々、苦しむ人々。
ビルの倒壊という惨状を引き起こし、流海を白目で見る、キリオ――
流海は拳を作り、言った。
「自己暗示か何かの術で、自我が切れると自動で‶禁歌〟を詠唱、暴走する。まさに奥の手だね……今のボーヤに言っても無駄かもしれないけど、自制しな。あたしは‶独り〟じゃ無いし、とっくに‶禁歌〟を詠唱済み。どんな力でも、発動させる決定権は自分に在る……これが正しい人間、カムイ使いだよ」
彼女の体が音を立てて、さらには肌が浅黒くなっていく。
流海の体内で、氣が巡り行く。正中線に沿う、八つの箇所で円を作り繋がり行く。やがて蛇の形を成し――。
キリオが吠えた。
「ソノ
流海はそれに対し、右拳を放つ。先ほど見せた技、
「喝ッ!!」
二人の間に、バシッン! と爆ぜる音がし、地面に大穴が開く。
それを見た流海は――
――もう見切り始めたか。でもまだ完全では無いね。説教して正気に戻すのが大里流の本業。てか、戻さなきゃ、カムイごと食われる。
そう思い、構える。
左手を太ももの高さに、右腕を顔の高さに置き、体はキリオの正面を向ける。そして一言、告げた。
「無刀大里流操氣術総家、元当主代行、大里流海――推して参る」
逃げ惑う人々の中、流海は直線的に駆けた。
流海の左拳と、キリオの右拳が激突する――その衝撃、音は激しく花火のように鳴り響く。
「ガアァアアッ!!」
キリオが叫ぶと二人の足元、地面が割れた。
同時に周囲三メートル内の建物からガラスがバリバリと割れて降り注ぐ。
キリオは笑った。
流海は歯を食いしばり、苦悶の顔で、右足を彼のこめかみに向けて蹴る――その足をキリオは何とも無しに掴む。
だが同時にキリオの顎が跳ね上がる。当たったのは流海の左足だった。
宙に浮く流海の体――掴まれた右足を引き抜き、キリオの顔面をかすめ、すぐ帰って来る。空手のかけ蹴り似た、足首を利かした踵が彼の頬の当るや、今度は上がった左足の踵落とし――。
キリオはその左を避けた。地面に突き刺さるような激しい流海の左足。
両手で上体の急所を庇う流海。しかしキリオはその腕に乱打を浴びせていく。
一発一発が流海の体内まで響き、彼女は心を乱す。
――このクソガキ! あたしは被害を出さないように必死で加減して、それでも
流海は怒り、苛立ちを足に籠めキリオの懐に半歩詰めた。
そして右足を上げ――すぐ全体重を乗せ、どん、と地面に降ろした。
地面が揺れる。その揺れにキリオは戸惑う。刹那的の間だったが、流海は構えを前傾姿勢に、体内では氣を練り上げていく。
――って、同じ技を何度も出すわけ無い! フェイントだよボケ!
流海の繰り出したのは、体ごと突進しながら右をぶつける技。
だが、キリオはそれを宙を飛んで躱す。
流海は瓦礫の山に突進し、その山を殴りつけ爆音とともに、吹き飛ばした。
空高く舞う、砕かれたコンクリート、土砂に煙。それを見ていた人々の悲鳴が上がる。
流海は傷こそ無いが、舌打ちした。
――あたしの
キリオは空に浮かび、やがてコンクリートの破片と共に落下してきた。
拳と拳がまたぶつかる――互いに防御を兼ねた攻めだった。
瞬く間に拳と拳、足と足、額と額がぶつかり行く。
何度も何度も続く炸裂音が、人々を混乱へ誘った。
◇
同時刻。
東京、帝都大学。
仮眠室で着替えを終えた
廊下にはまだ生徒も教師もいない。彼女は眠け眼をこすり、のんびりと欠伸を混ぜて独り言ちた。
「あはは……あのルミチンがキレそうだねぇ。保険を掛けて正解だったかなぁ……ふあぁっ……あーあ。三時間ぐらい寝る予定だったのに、‶アマツ〟が夢枕に立つなんて、不吉で気分悪いやぁ……せめて目覚ましに冷たーいシャワーを……」
彼女は窓に目を向ける。
太陽が見えているのに、大粒の雨が降り注いでいく。
「……なんて言ってると、氣を
微笑みながら光子は懐から黒いサングラスを取り出し、口調をしっかりとして言った――瞳からは、少しずつ光が失われていく。
「まず‶アマツ〟――ルミチンの監視状態解除。即、対物理障壁及び対
すると彼女の姿がぼんやりと緑に発光した。
「それじゃよろしくね、‶アマツ〟」
光子はサングラスを掛ける。彼女は朧の様に薄れていき、数秒後には完全に姿を消した。
◇
流海とキリオの戦闘音は、日陽神社まで聞こえた。玉緒アキラは裕也と団吉の背後から街の方角を見ていた。
すると、
『おはよう。久しぶりだねぇ、アキチン』と声が響く。
――ヒカルちゃんの声?
玉緒アキラの声より速い心の念に、光子は返事を返してくる。
『ごめんねぇ。ホントは元気に、じゃーんって、登場したかったけど……寝不足と寝起きと緊急事態のスリーカードなの。念も元気がでないや……今ね、青井市内でルミチンが本気で戦ってる。ボクが今から仲裁に行くね。アキチンたちは極力、神社から動かないで。冗談抜きで死んじゃうから。詳しい事情はあとで、ね』
――流海さんが戦っている? 相手は、昨日の子?
玉緒は昨日の午後、神社の境内から見上げた二人の少年少女を思い浮かべる。光子からの声はもう無い。
――流海さん、ヒカルちゃんが向かっていますから、それまでどうか。
額に汗が浮き出て、息を整えた。
◇
裕也は街からの聞こえる音を気にしながらも、団吉に問う――キリオについて。
団吉は携帯電話を取り出して操作しながら言った。
「国際指名手配ってのは、わかるな? 国外に逃亡した犯罪者を追っかけ、他国に注意勧告を兼ねてるモンだ」
「馬鹿にすんな」と裕也。「キリオはそれかよ」
団吉は首を横に振った。そして手にした携帯電話を裕也に見せる。
その液晶画面を裕也は睨みつけた。映っていたのは、ブロンドヘアーの白人。ずいぶん若いものの、祐也は言った。
「こいつ! キリオ! まさか腐れヤクザと同じ人種かよ?」
団吉は携帯電話を仕舞い、まずは、と語り出す。
「勘違いするなよ、日本の極道とマフィアは別だぜ。極道はあくまで地元で発生したもの……おめぇみたいなチームの延長にある。国や世論、もろもろ反発した組織だ。そのため裁かれる……わかるか?」
裕也の返事を待たず、団吉は「わからんよな」と言って続けた。
「警察からすると、暴走族とかおめぇらは‶半グレ〟で、その上が極道。ついでに右とか左を含めて暴力系組織としてる。その動きを縛るための法律が日本には古くからある。何故なら国にとって汚点でしかねぇ。だがマフィアは違う……二十世紀に、ようやく取り締まり強化を始めたばかり。その結果は……隣を見てりゃ、わかるだろ」
周囲を見てから裕也は「どういうことだ?」と玉緒に尋ねた。
玉緒は苦笑して言う。
「隣国のことです。たとえば首相が交代した途端、先代が事故にあったり不審な死を遂げる……その事件事故、犯人は不明のまま闇に消える。日本ではまかり通らない事が他国では稀に起こり、うやむやにされる場合もあるということです」
「それがマフィアと極道の違いでもある」と団吉。「日本の極道は常に警察と抗争中だが、マフィアは逆に手を組んでやがる。組員を政界に送り出すなんてこともやるし、その逆もある……だがな裕也、もしおめぇが喧嘩最強を名乗ってマフィアの門を叩いても無駄だぜ。
「あっそ。んで? キリオはどうなんだ? 良いトコの、秀才の坊ちゃんですってか」
口を尖らせる裕也に、しばらくの間を置いて団吉は言った。
「マフィアと極道。決定的な違いは‶殺し〟を他所にやらせること。さっき見せたサイトの写真は
「へっ、ぶっちゃけると、だらし――」
裕也は、だらしなくなった、と言いかけて口を噤んだ。
――殺し屋リスト。狙われる方じゃなく、依頼を受けるためのリスト。そんなのがあるってのは犯罪者確定だろ。キリオとかどうして捕まらねーんだ?
タオルで額を拭い団吉は言った。
「もちろん大半の殺し屋は目を着けられてる。だが‶シャンハイ・パオペイ〟は異質すぎて、俺にも口にできん……言えるのはキリオ・ガーゴイルってのは偽名。そもそもあいつらに名前なんていらねぇ。もうツラだけで充分。大頭領より‶シャンハイ・パオペイ〟のメンバーは認識されてるって話もある……超がつく大物だ。殺した数なんざもう……警察からすりゃ、一般人を手に掛けない、むしろバランスが取れて助かる。ときどき現行犯で捕まるが、組織を潰すまでにはいかねぇ。その理由は大里流の分野。俺に語れることじゃねぇや」
「じゃあ、キリオの経歴は? やっぱり不明なのか」
裕也の質問に団吉は素早く答えた。
「昔、ロシアの南部、辺境にある小さな村から広域連続殺人が起こった。その犯人は身分不明で戸籍登録されて無い、確保当時、五歳程度の捨てられた五人組のガキども。生まれてからあちこち浮浪しながら殺して回った……殺されたヤツの中にはロシアンマフィアや、プライベート中の‶シャンハイ・パオペイ〟の一員もいた……山中のほったて小屋を地元の警察が囲み、発砲、拘束したんだと。もちろん説得したが言葉が通じず、銃弾を浴びせた。その時に警官二人が噛み殺された。逮捕したあと、会話も食事を受け付けず、餓死寸前になった。手当をしようとした、警察官の手を噛みちぎって食った……どうやら生まれてから、人を食いモンとして見ていたらしい。殺した理由もただ食うためだった。そいつらは、やがて自殺した。鏡を見た自分の顔を引き裂き、食って……唯一の生き残りがさっきの写真の白人だ。あいつだけ鏡を見て、平気だった。目玉をえぐって食っただけだったらしいぜ」
「いっ――!」
驚愕する裕也だったが、団吉は「よくある事」と言った。
「極限の飢餓状態になれば大人も子供も関係ねぇ。家族でも盗み、殺し、食らいあう。これは人間、いや、生き物の本懐。精神や道徳はそのついで……だが五歳で、大の大人、しかも武装した連中までぶっ殺したのは前例が無い。警察も医者も処遇に困った。そこで‶シャンハイ・パオペイ〟が引き取り、殺し屋に仕上げた……何故か視力が戻ってな。それが俺の知る、キリオって男だ」
そこで声が途絶えた。裕也は集中して考える。遠くから聞こえる、轟音すら耳に届かず――
――もし嘘でも、半端なアウトローじゃ広まるわけが無い。キリオもだけど、その‶シャンハイ・パオペイ〟ってやつら、かなりヤバい。更生させるために引き取るならわかるが、殺し屋にするなんて。てかそんな奴らを野放しにしてる理由は何だ?
――ん? ちょっと待て。政界って政治家だよな。ならマフィア出身だと知れたら追放されるはずだろ?
――めちゃくちゃリスキーのはず。まずカタギにならないままで政治家になるって時点でイカレてる。でっかい理由、たとえば‶身内だけ残して、他は全殺し〟とかを押し通すにしても、無理があるぞ?
――ただ引退してから暗殺ってのは、対立してる組織からの報復か脅しに思える。殺しなんてできねぇからそれを専門にしてる奴にやらせた、とか。
――あ、そうか。所属しててもそれを明かさなきゃ良いだけか。組織の活動自体が、政治に繋がってるシステム、それが現在のマフィアってことか。
――その気になれば、法律を好き勝手にいじる。でも当然もつれる。その時に‶半グレ〟に依頼して暗殺するってことか。
――そりゃ頭がいるな。日本とは違いすぎる。しかもそんなことをずっと、国の内部でやってるなら、派閥やら何やらでぐちゃぐちゃ、泥沼だな。
――問題は、そんなでっけー規模でやってて警察もガン無視するヤツらが俺らの喧嘩相手。で、大里流の関係者ってことだ。
――そんなヤツらに徹は
そこまで裕也が考えると、団吉はそれぞれが着ている服について言った。
「玉緒嬢の紅白袴は純正だからセーフだろう。俺の着てるジャージ、裕也のサウナスーツは‶シャンハイ・パオペイ〟の手がついてる」
裕也は口を開けたまま、思考が停止する。
団吉は続けた。
「俺のは輸入品の安物だから仕方ねぇが……で、おめぇの服は確か、有名ボクサーのモンじゃないかよ?」
「あ、ああ……昔の世界チャンピオン、オニール・ライムがデザインしたヤツ。安かったし好きだったし、ネットで買った」
「そいつは奇遇っていうか、運命かもしれねぇ。オニール・ライムの経歴は、覚えてるか?」
その団吉の問いに裕也は、すこし得意げになって返す――やっと自分の分野の話ができると思って――。
「元ウエルター級の世界チャンピオン。すげー不良で、十歳で少年院送りになった。で、服役中、ボクシングを習い続けた。二十代後半でやっと出所、そんでデビューしてから、五十戦二十五勝二十二敗三引き分け。チャンピオンになってすぐ、防衛戦もせずに引退した……年もかなりいってたし、めちゃ打たれ弱かったけど、二十五勝は全部3R以内でのK・O勝ちばかり。気が荒くて相手がダウンしても殴ったり、ストップかけたレフリーごと殴ってダウンさせたり。負けの半分近くは反則からの判定負け。当時のインファイターの中ではダントツで容赦無かったぞ。あだ名が‶キラー・オー〟とか‶ミスター・ガーゴイル〟って――」と裕也は言いながら、はっとなった。
――キラー・オー。ガーゴイル。まさか。
玉緒が口を挟む。
「昔、私も裕也くんと試合を茶の間で見ました。はっきり言って面白くありませんでしたね。試合中は終始、素行が悪い。戦績も褒められたものでは無いかと。また試合とは別に、対戦相手を痛めつける人だった……闇討ちはもちろん、時には家宅に暴漢が押し入り、親族を殺められた対戦相手もいた。無論自身でするはずも無く、依頼をしていたと聞きます。相手が盤外で苦しむ中、彼は徹底的に環境を整え、副業を斡旋してもらい、心身ともに万全で試合に臨む人だった……しかし、よくある事だと健さんが……」
祐也は「玉緒さんの気持ちはわかるけど」と言った。「アメリカンボクシング界は某ドンが占めてる。その時点で見ようによってはブラックだし、変な噂なんて山ほどあるさ。選手同士のリング外でのいざこざ、八百長、暴行レベルなら他でもあるだろ……俺は、その暴漢が偶然じゃなく、計画的だったら……それがキリオだったなら、とんでもねーって考えてんだけど……俺がまだ小学生だったころ、キリオはもうマフィア専用の殺し屋だった。しかもバックが……」
その先を裕也は言えなかった。
補足するように団吉が言った。
「デビューが遅く、人気薄だったオニール。何が何でもタイトルを取りたいがため、表向きはひたむきに練習、派手なK・O試合をこなした……ファイトマネーのほぼ全てを裏社会につぎ込んだが、一般人に映ったのは努力してる姿のみ。タイトル奪取の日、世界が湧いた。何故なら年齢はもう四十後半のジジイだったから。正に偉業だぜ。奇跡のタイトルを取って華やかに引退宣言……で、インタビュワーがいくつか尋ねた」
「勝因は? 引退したあとはどうしますか」と団吉。「俺には守護天使がいた。引退後は役者になってみたい。結婚もしたい――これが前チャンピオン、オニール・ライムの最後のインタビュー。今は改名して役者、サニー・マイルズとして活躍してるぜ」
しばらく三人は轟音が鳴るのを聞いていた。
冷や汗を拭い裕也は口を開いた。
「俺はニュースなんて見ねーけどよ……最近、結婚したって噂は知ってる。日本の女優と……それも‶シャンハイ・パオペイ〟の仕業なら……笑えねーし、めでたくもねーな」
団吉は頷き、言った。
「キリオ・ガーゴイル……洒落にしてはセンスがねぇ。だがアピールなら上々だ。元世界チャンピオンの裏で立ち回ってたんだ、物は試しと方々から依頼が来るぜ」
団吉は立ち上がって街――階段から西を向く。そこから立ち上る煙を指さして、言った。
「あそこにいるのかもな、文字通り、暗躍してたやつが……どうする? 裕也?」
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