第11話 主人公様VS???
◇
キリオが「ツイていない」と言った理由――数多くあるが二つに分けられる。
眼下にある日陽神社に、彼の仲間がいなかったことと、他人からの忠告を真剣に考えていなかったこと。
キリオの仲間――先ほどメールを送信した〝変人〟の姿は神社になかった。
キリオは二つの人影を凝視した。子供のような背丈の女性と、成人男性だった。二人はキリオたちを見上げている。
「あれが玉緒アキラかい。ほなら、あっちは――」
「ももちけんざぶろう」とシャオが言う。「やっぱり戦力半減の今はキツイよ? 〝変人〟もいない……注意したじゃん。もう」とシャオは両手を上げて背伸びする。
「お前の言う事は要領を得ん。無理なら無理やと言わんかい。理由もつけて」
――シャオの言った『一対一になったらどうすんの』は、こういう事態を予想しての発言かい。あの〝変人〟がどうなったか知らんが、やられたにせよ逃げたにせよ、絶対、勝てへん証拠や。僕らの技量に差はあらへん。シャオなんてカムイを真似できるからの戦力や。それ以外はただのガキんちょ。
キリオは息をつき、右手を眼前の空宙に向けて出す。静電気のような痛みと音が鳴り、すぐに引っ込めた。
――これがアイツの言った結界か。シャオと違って陰陽道の禁術っぽい。たぶん京都にあったのと同じ、
「ねえ、カズ
――でも、なんでや? なんで、あいつらこっちを見とんねん。僕が聞いた百地健三郎は昔、中井さんを拘束したほどの使い手のはずや。せやから〝狂人〟が餌を撒いて分断させて、中井さんが雑魚どもをぶつけて、足止めする段取りやった。その百地健三郎が神社におる。ならもう中井さんの脱走、僕とユーヤくんとの喧嘩もバレとるやろ。でも計画までバレることは無い。ほならあいつらとっくに、
思考を逡巡させるキリオの袖から、シャオは手を離し、歌い始める。
「バララ、バラリン、バラバラ、バラリンガー♪ パーフェクトソルジャー、バーラーリーンガー♪」
キリオは舌打ちして、日陽神社に背を向けた。
「初日とはいえ、すっきりせんわぁ。締めはツッコミどころ満載のアニソンかい……まあしゃーない、帰ろ」
キリオがシャオの頭に手を置く。するとシャオは見上げて笑った。
「うん。明日、みんなで攻略しようよ。今日はバラリンガー見せたげる」
「それはシャオ、あらすじ次第や。見るかどうかは僕が決めるよって」
「……キリオ。おかしくない?」とシャオの声、表情が強張る。キリオは首を傾げ、何のことかと返すとシャオは指さして言った。
「そこに二人、いない?」
キリオは目を凝らす――だがキリオたちの眼前は空だけ。
キリオが文句を言おうとしたとき、
シャオは大きく目を開き、叫んだ。
「〝エイドウ〟!! 私とキリオを運んでっっ!!」
その声と同時に、キリオたちの視界は白く、光に覆われ――
◇
地上から見る者は、それは流れる雲の間隙から差し込む太陽光にすぎなかった。ほんの数秒で消えてしまう光。
街の中、幾人かが空を見上げて観察したり、携帯電話で撮影しようとしていた。
もっとも光の速さを捉えることはできず、すぐに視線を下ろした――草薙裕也もそうだった。
双葉高校を飛び出てから十分ほど。ふたば駅の北口公園に到着して息を整えていた。
道中、何人かの知り合いに出会い志士徹の行方と連絡を、裕也なりの方法で尋ねたが拒否された――それがなければ二分弱でたどり着けたと裕也は愚痴る。
愚痴の相手は、若い男だった。タンクトップから見える腕には大きなタトゥーがあり、スキンヘッドで色黒だった。右手に煙草を、左手はポケットに突っ込んだまま裕也に言う。
「朝に見かけるっスよ、爆走するユーヤさん。かなり迷惑っス」
「あ? なんで?」と裕也。
男は煙草をふかし「最初の日、ちょうどYAMATOの〝改革派〟と徹夜で麻雀勝負してて、朝刊のバイクに『うるせー』って文句つけたんっス。で次の瞬間、いきなり道路工事かよって全員で見たら……おかげで俺ら〝原理派〟は笑い者っス。あれからツモも悪くて、カモっスよ」と言って笑った。
「そりゃ、悪うござんしたね」と言って、裕也は口を尖らせた。
男は「ユーヤさんは洒落じゃねー、ガチで鍛えてるってのが俺らの主張っスよ。その靴と制服が証拠っス」と言って裕也の靴を指さす。
裕也が見ると――「げ」と声を上げ、足を上げる。
制服の太ももの部分がザクザクにきれている。
靴は底がめくれ、靴下が破け、足の裏が見えていた。
裾や靴ひもは千切れ落ち――。
「やべ……久しぶりの制服なのに、健さん、喜んだのに……靴、今週で何足目だっけ? 貯金が無くなっちまう」
「また紹介しましょうか、日雇いガテン系のバイト。肉体労働はこれからしんどくなる季節っス。志願者も増えますけどユーヤさん、そっち方面でも有名だから。掛け持ちも余裕っしょ?」
「ああ、頼むわ……で、
「そりゃもちろん、まずっ――て、過去形? ってことはまさか、破ったんスか?」
男は声を上げる。
裕也は精一杯の作り笑顔で言う。
「徹とガチで話したいんだけど、連絡手段無いし、あいつの知り合いにことごとくシカトされてよ……さっき言ったあれな、実は片っ端から殴ってたら、知らない内に南口まで誘導されたんだ。仕方ねーから南口公園と駐車場を探してからこっちに来た。で、かなりインネンつけられて……たぶん、北口公園から出るとヤバい。正美くん口がうまいじゃん? だから」
この通り、と裕也は両手を合わせて頭を下げた。
「とんでもねぇこと、さらっと言うんスから……まあ、俺で良ければ」と男は言う。
裕也が声に反応して顔を上げると男――
「トールさんは嫌いじゃないけど〝改革派〟はムカつく。俺らはそういうヤカラっス。だからって内紛はYAMATOにとってヤバい。防波堤と落としどころの不可侵条約なんで、破ったユーヤさんが悪い ……でもぶっちゃけ、トールさんのやり口もウザいっスね。こういう荒らし、ヤクザみたいだ」
正美は顎先を出し、あちこちを指して説明していく――裕也はその方向へ視線をやっていく。
「噴水のとこ、〝S/R〟の下っ端がいるでしょ。ランニングしてるオッサンは詐欺集団〝
自販機でコーラ飲んでる女、清楚っぽいけど〝
裕也はそれを聞き、見ていた。
◇
「――大体、こんなとこっスかね。ほとんど市外のチームばかり。街中でも北口公園だけかなりカオスってる……わかりました?」
「わかんねーよ。他所の事情とか作戦は正美くんの分野だろ。斬り込みの俺にわかるわけねーよ」と裕也が言い切る。
正美は笑って「その他所モンの中でもとりわけ問題児だらけってことっスよ。いつ報復合戦が起こってもおかしくない、いつもの公園が地雷原に見えるってことっス」と煙草を咥えながら言った。「南口にはトールさんら〝改革派〟がたむろしてたんでしょ? 不可侵を崩すと内紛になるから当然っス。いくらユーヤさんでも文句言えねー状況っスね。てか先にこいつらに火ぃ着いちまう」
裕也が首を傾げる。正美はジッポライターで煙草に火をつけて続ける。
「北口はトールさんでも通れない決まり……でも南口から〝改革派〟だけでローラーかますと北口方面は後回しになる。だからフレンドチームを送り込んだってことっス。つまりあいつらは爆弾抱えたスパイ。トールさんのGOサインで爆発するでしょうね。そうなりゃ警察沙汰だし、俺らの意味がますます薄れる――〝改革派〟にとっちゃ、一石二鳥っしょ?」
「なるほどな。チクりたくても何もしてねーし。こっちは見張りとかボランティア清掃とか、警察といろいろ密約してチャラにされてるから目が離せ無い、か……徹のやつ、かなり考えて――あ! それを口実にできねーか? せめてインネンつけるヤツら、タイマンに持ち込む材料に。集団だと変に疲れるんだ。武装してるだけなのに一度に四、五人でバテちまう」
「囲むと同士討ちが一番こわい。攻撃役と囮役をランダムに見せるのが、トールさんの集団戦の基本っスよ。タイマン好きなユーヤさんは慣れてないから……んー、まあ場数を踏んでコツをつかんで下さい。下手なアドバイスはマジで命取りなんで」
「気持ち良いほどざっくりしてら。で? 戦闘は回避できねーの?」
「相手次第。 『トールさんの横暴にユーヤさんが抗議するため』とか、不可侵を破った順序を逆に言えば、雑魚との戦闘回避はできなくもねーっスよ。ただ幹部は切れ者ばかりだから通じません。あと送り込まれたヤツらも。なんせここにいる他所のチームだけでも、ガチで敵対中のヤカラっスからね。刺した刺された、犯した犯された……そういう連中がギリギリの距離を保ってられるのは、やっぱトールさんの命令と、俺らがにらみ効かしてるから――どうせ九割以上トールさん寄りでしょうが――トールさんが、何を探したいのか、それがわかれば確実な手があるんスけど」
「そこまでしてローラーかます理由がわかれば、何か作戦があるってか?」
「そっちはわかりますよ。どうせトールさんがユーヤさん以外のヤツに、喧嘩で負けたんでしょ? だったらそいつを俺らがさらって連行すれば、綺麗に収まって一番楽じゃねーっスか? それまでユーヤさんはここで過ごせば良い。これが俺のベストプランなんスけど……相手がトールさんに勝ったなら、こっちはスーサイドアタックなんで。あくまで提案として」
裕也は返事をしなかった。
紫煙を吐き出し「当たりっスか。俺の勘も捨てたもんじゃねーっスね」と正美が言う。「YAMATOの黒歴史……きっかけは美鈴さんをフッたヤローを、トールさんがボコって入院させたこと。それが演技で、実はトールさんが美鈴さんに迫る口実だった。ユーヤさんにばれて、マジゲンカ……で、健さんが両成敗して終了。あれから何年っスかね? いまだに陰口があります。『喧嘩に親が入って止められた、ダセェチーム』……ただそれは現場を見て無いヤツだけっス。あのときの二人、止めねーし、気絶しねーし、死なねーし……仲裁に入った警察も俺らも返り討ちしながら街中を荒らして回って……みんな二人を人間じゃねー、バケモンだと思ってます。ビビッてるヤツはもう抜けましたから、現在のメンバーは純粋な憧れで残ってる……ただメンバーのほぼ全員、馬鹿なのが玉に傷」
ふう、と正美が紫煙を吐き出し、祐也は顔をしかめる。
正美は裕也を見て口元を緩ませる。
「ユーヤさんの心境、モロ髪型でわかるんスよ。ツンツンに尖らせてる時は無性にイラついてるとき。今みたくオールバックの時はマジで考えて、
「さっきも同じようなこと言われた……けど徹と喧嘩するわけじゃねーぞ。それこそ鈴に禁止されてる。そもそも喧嘩は見せモンじゃねーし、ギャラリーもいないし」
正美が右手を上げると、公園内にいた人間が集まって来る。
学生から会社員まで――縦十人、五列に並んでいく――。
「ギャラリーてか、召集した兵隊っス。ユーヤさんはただ、命令して好き勝手に暴れてくれりゃあ良い。まえみたく、バケモン同士、派手な殺し合いが見たいだけの馬鹿っスから」
そう言って正美が煙草を踏み消し手を下ろすと、全員が頭を下げた。
頬を掻きながら裕也は言った。
「……まあ、その、なんつーか……俺、人間だし、けっこう弱いし、軍隊じゃねーし……いろいろ誤解してるし、今回は徹と話したいだけで、殴り込みじゃないし……まあ、ダセェ俺のわがままをサポートしてくれるのは、ありがたいけど、なんかズレてるような……てか、俺もおまえらも正美くんに踊らされてるような……」
すると「シッ!」と正美が鼻を鳴らす。
――やっぱりかよ。正美くん、てめーも『いつかタイマンでぶっ殺すリスト』に載せた。徹、健さん、玉緒さん、正美くん。あと実在したらキリオ……そう言や、正美くんと喧嘩してねーな。いっつも俺のサポート役で味方だけど、やりすぎだ。なんでこうなるんだよ、クソ。
裕也は頭を掻きむしって言う。
「クソが! 何だこの状況!! なんで俺が持ち上げられてんだ!!! もうマジでわかんねーっ!!! まず徹を探す!!!! あのヤロウはかなりヤバい!!!! 理由は――勝手に考えろっ!!!!!」
そこで全員が頭を上げる。
裕也は彼らに背を向けて言った。
「ついでに他所のチームども! 暴れたいならいつでも勝手にやれ! ただし自己責任! 俺は自分の事で手一杯! ケジメなんて人によって違うから、知ったこっちゃねーっ!! 俺からは以上っ!!!! 正美くん、補足!!!!」
「……ほ、補足すんぞ、コラァ!! これはYAMATOだけの問題じゃねー!!」と正美が叫ぶ。「ユーヤさんは、てめーら全員の心配してんだ! てめーら今までツレェこと我慢してたろ! ガッコ、会社、警察に政治! そんでYAMATOの不可侵とか蔑みとかに巻き込まれてよ!! ぶっ壊してーのを必死で抑え込んできた!! 歯ぁ食いしばって生きてきたろ!! このユーヤさんも同じだ!! 気持ちを汲んでくれて喧嘩許可してんだ!! 人情やモラルを知ってるヤツぁ、返事ぐらいしやがれ!! できなきゃ死ね!!」
「オッス!!」
YAMATOのメンバーのみが返事した。
が、他は失笑が起きる。
正美が裕也の後ろに着いて、また叫ぶ。
「た、ただし! 今回の喧嘩相手はYAMTAOの不可侵条約だけだ!! 拳を人間様に向けたヤツぁ、ユーヤさんが出るまでもねー!! この俺がぶっ殺す!! その後で俺も死ぬ!! 頭と心に叩きこんで、理解したらついて来いや!!」
雄叫びのような歓声が上がり、正美は裕也の右側に並ぶ。
裕也は正美を睨みながら言う。
「正美くん、政治家になれるぞ。他人を操る才能あるから……」
街を歩いて行くと、足音がどんどん増えていく。さらには勧誘の声もあった――マジゲンカが始まる、市内最強の二人のタイマンが見れる、と。
裕也と正美は同時に汗を拭った。
「そんな大層なモン、なれるわけねーっスよ。今回はユーヤさんを利用しただけっス。しかも俺、公園の掃除が面倒くさいから招集かけたんスよ。で、異変に気づいて、あとは……ユーヤさんの威厳をキープするためにテキトーに煽っただけ……まさかユーヤさんや〝改革派〟まで乗って来るとは……」
「さっき学校で言われた。『チームを解散させろ』って。でも、無理じゃねーかな?」
「無理っスね。トールさんとユーヤさん、どっちが抜けても、勝手に着いて来るかと……きっと勝手に新しいチームが出来るはず」
正美は煙草を一本、祐也に差し出すが裕也は首を横に振る。
「モットーとか理屈より、根っこはただの喧嘩好きっスからね……こうやって屁理屈並べて、ときどきガス抜き行脚してるんスけど……恥ずかしくて、 泣けてくる。ユーヤさん〝トップになりたくねー〟が口癖だったでしょ。あれ、最近になってわかりました」
はあ――と、正美がため息をつく。
裕也は靴を脱ぎ捨てて、小さく言った。
「次、俺がガス抜きの組み手大会を開くよ。ただ今回は、見逃してくれ」
正美は、マジで頼みます、と返事した。
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