第7話 第一ラウンド終了


 ◇

「シャオ。おらんのか?」

 キリオが叫ぶ。

 視線をゲーム機に向けていたシャオは瞬きをしてから「〝エイドウ〟」と呟く。

 彼女の全身に黒い影が纏わり憑き、姿を消してしまう。


 ◇

「あれれ? いつ終わったの?」

 シャオがキリオの背後から現れ、声を掛ける。キリオは肩をすくめて言った。

「きっちり三秒前や。見てへんのかい」

「マジになってから戦闘時間十秒? 新記録じゃん。キリオ、強すぎ。てか」

 二人の眼下には傷だらけになって横たわる裕也と徹。

 意識の無い彼らに向かって、シャオは舌を出して言った。

「よはすい」

「弱すぎって言いたいんか?」

 キリオの声にシャオは舌を出したまま頷く。

「はんひおたひたあ、もうとおおひろいえおもうたの」

「本気を出したらもっと面白くなるって? ……そうやな、本気を出されたら、わからんかった。でもユーヤくん、本気になれへんみたいや」

「へ?」

「僕にもようわからん。ユーヤくんはまだカムイを使えへん。ガチンコやったら勝たらへんかった。カムイの知識はゼロ、ほぼ一般人。ほならや、瞬殺できたはずや。でも数秒も掛かってもうた。なーんかおかしい……せやからシャオ、ちょい深く記憶を盗んで、僕に見せてほしいねん。わかった事は、おまえにも中井さんにも、きっちり教えるからに」

「ひゃあ、やっへひふへ。ほいへひょー」

 

 シャオの声を聞いて、キリオは後ろへ三歩下がった。

 息を吸い込み、シャオは舌を口に戻す。


「こなた、求めるは奥に仕舞いし過去のしるし。万事ばんじを両の手に。四象ししょうる汝――長いから中略」


 腕を組んで見ていたキリオが「んなアホな」と頭を下げる。

 シャオは続けた。

「後半のみ詠唱――は黒点か白点か。陰陽いんよう区別、太極へのしるべと願い、捕手とりてカムれ――もういいでしょ? さっさと仕事しないと、二度と呼んでやんない」

 

 シャオの両の手が緑色の光を宿す。

 その手が裕也の額に触れた時、キリオが言った。

「おまえ、めちゃ失礼ちゃうか。あとテキトーでも〝禁歌きんか〟を詠唱したらや、他のカムイは使えへんのちゃう? 結界が破れて、ユーヤくんの師匠登場、なんてことになったら、どうすんねん」

「黙って」少し、シャオの声がしわがれていた。


 ◇

 やがて手を離し、シャオは次にキリオの額に右手を伸ばす。ぼんやりと青い光に包まれた右手――

「念のために言っとくけど」シャオの表情、声はほぼ、無表情だった。

「私は正当なカムイ使いじゃないから。あくまで見たものを〝勘〟でやってるだけ。理屈なんて知らないから、どうなるかも知らないよ」

「わかっとるわい。しれっと自慢すんなや」

「カズにいに口止めされてたけど、ぶっちゃけ、本気出したら四つぐらいカムイを同時に扱える。ただ邪道だし、変な事になっても責任は取れない。キリオがどうなっても、私にはカズ兄がいるから」

 キリオは頭を掻きながら「はいはい。了解」と言う。

 

 シャオはジャンプして、キリオの額にタッチし、降りる――キリオの意識はそこで変わった。


 シャオは地面に体育座りをして「〝ツヅラ〟」と呟く。またも宙からゲーム機がふっと現れ、シャオの手に。

 ゲームをプレイするシャオの傍らで、キリオはずっと立っていた。

 

 キリオは己の意識を保ちつつ、視界や感覚が、過去の祐也へ、また取り巻く情景に繋がっていく――。



  ◇

 空にある雲は黒く雪を散らしていた。一月の日陽神社に、寒々とした風とともに初詣客が押し寄せ、三が日は慌ただしく過ぎていった。


 アルバイトで巫女をしていた玉緒アキラが、社で猫のような声を聞いたのは、一月十日の夜、とっくに人気が無くなった時間で、お賽銭の勘定をするべく立ち寄ったときだった。


 二礼二拍手一礼をし、己の倍ほどある大きな賽銭箱を覗きこんだ瞬間、赤ん子の泣き声を聞いた。

 周囲に人はいない、賽銭箱の中には当然いない。雪を舞わせる冷気によって霜焼けした耳が、風と泣きじゃくる赤ん子の声を聞き分け、その体をそちらへ導いた。


「なんてことを……」

 境内の端で彼女が見つけたのは、犬猫のようにダンボール箱に詰められた、生後間もない、人間の赤ん子だった。


 顔を赤くし、白い息と助けを求めるその赤子を抱きかかえ、玉緒は親の姿を探す。が、みつからない。


 初めて抱えた赤ん子は重たかった。夜の暗闇と、雪の放つ白い光に挟まれて、見知らぬ赤ん子をあやす彼女は、ほがらかな微笑を浮かべていた。

 

 それがキリオの見た、草薙裕也の最も古い記憶だった。



 

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