第6話 タッグマッチ

 

 ◇

 裕也と徹の太ももに透明な、何かが貫通し地面にまで突き刺さる――二人は痛みより先に驚きの声を上げた。

 その声は、見物していた生徒、教師たちにも聞こえたが、確認することはできなかった。

 裕也と徹、そしてキリオの三名の姿が忽然と消えてしまったから。

 すぐ生徒も教師も、目に映らなくなった三名が移動したと思い、中庭を探す。

 しかし、どこにもいない。


 「殺す殺すって、バッカみたい」


 中庭に面した一階の窓、保健室の前で体育座りをしていたシャオが呟く。彼女は右手に携帯ゲーム機を持ち、右指だけで操作していた。

 ゲーム内ではシャオの操作するキャラクターが戦い、相手を圧倒していた。彼女の左手は窓に向けられている。

 シャオのつぶらな瞳には、裕也たちの姿が映っていた。

 『You Win!』とゲーム機が、シャオの勝利を伝えた。


 ◇

 キリオは制服に付いた土やガラス片を払いながら、裕也と徹に声を掛ける。

「いやー。ユーヤくんはともかく、トールさんがここまでやるとは、誤算や。それ、空手ですか?」

 徹は返事の代わりに、雄叫びをあげた。

 突き刺さった透明な物体を両手で掴み、その冷たさを感じつつ力を籠め抜き取る。痛みを紛らわすための叫びだった。

 裕也も同じく、抜き取り、その透明な物体を地面に投げ捨てる。するとガラン、と金属のような音が聞こえた。

 裕也たちは息を荒げ、それでも立ってキリオを睨みつけた。

 キリオは首をかしげて尋ねる。

「おかしいな……〝ヒロン〟で骨ごと貫くつもりやったのに。運がええなあ」

 すると裕也が地面に唾を吐き捨てて言う。


「分身の次は超能力かよ。俺は普通の喧嘩がやりてーんだ。この卑怯モンが」

 キリオは後頭部を掻きながら、笑った。

「卑怯なんはそっちやろ。二人掛かりで……それに〝カムイ〟を大里流相手に使って何が悪いねんな」

「ああ? 何だって?」

 拳を握りながら裕也が言うや、再び透明な物体が空から降り注ぐ――春の陽に照らされ、輝くそれは雨のように裕也と徹に降り注いだ。


 ◇

 今度は落石のように、がん、がん、と硬く重たく、頭に直撃して二人は地面に膝を付き、視界も意識も朧になる。

 かろうじてキリオの声が裕也の耳に届いた。


「神様の意志と書いて神意カムイや。僕の〝ヒロン〟は……そうやな、って言えば、わかる?」


 裕也は頭を振り、顔を上げる――すると三度、見えない物体が額にぶつかり、衝撃で裕也は後ろに倒れた。

「ゆ、裕也――がっ!」

 徹の声、そして、どさりと地面に倒れる音。

 裕也の耳はそれを聞き、キリオの声も拾う。


「超能力ってのは失礼ちゃう? 神様やもん、そんな言い方はアカンよ」


 裕也のぼやけた視界に、キリオが入り込む。キリオは立ったまま、裕也を見下ろしていた。

「ユーヤくんは無刀むとう大里流おおざとりゅう操氣術そうきじゅつの意味を知らんの?」

 裕也は返事ができなかった。毎日の組み手で、裕也が受ける、とどめ――玉緒アキラの最後の一撃をキリオもしていた。


 残身ざんしん。地面に倒れた相手や行動不能の相手に対し『これ以上足掻くな』とわからせる姿勢、態度、視線、気迫。

 柔道や剣道などでも使われるそれを、キリオも使っていた。

 祐也は行動一切を封じられ、キリオの言葉を聞くのみ。


「僕は門外漢やし、受け売りやけど。『無刀むとう』って、二通りの意味があるんやって。刀とか武器が無い状態で戦うって意味と、もう一つ」

 キリオは右人差し指を立てて、カタカナの〝カ〟の文字を宙に書く。

 ぼやけた視界の中で裕也は見て、聞いていた。

「カムイが無い状態でも戦う。つまり一般人がカムイ使いを叩きのめす武術ってことらしいで」

「あっそ」

 聞き終えた瞬間、裕也は一言発してキリオの腹を蹴りつけた。


 寝転んだまま上半身のバネで飛び起きる、ネックスプリング。そのついでに両足をキリオの腹にぶつけた。

 先のキリオの発言中、裕也は残身が解けたと感じた。キリオの体が前かがみになり、さらに徹が後ろから殴りつける。


 キリオが地面に倒れる。


 形勢逆転だったが、二人は距離を取った。バックステップして二メートルほど離れ、裕也は言った。

「よくわからんが、わかったこともある。おまえは完全に喧嘩売ってる、大里流にも因縁付けて、ダチや鈴を傷つけた……もう、とことんやってやるよ。玉緒さんに説教されようが、知るか」


 裕也は息を吸い込みながら、右足を後ろに下げ、左足を浮かせながら、体をゆっくり斜にする。右腕は下げ腰に、左腕を上げて行き……息を吐き出し、力を込めて左足を下ろす。


 だん、と太鼓を打つような音、振動が響いた。


 徹は、ヒュウ、と口笛を吹き、苦笑を浮かべて言う。

「起きろ、キリオ。俺もマジでやってやる。神様かカムイか知らねーけど、タッグマッチといこうや」


 キリオはゆっくり立ち上がる。祐也のように構えはないものの、顔つきが先より引き締まっていた。


 ◇

 シャオの右手にあったゲーム機がバラバラになり、数えきれないほどの機械部品が宙に浮く。彼女が「〝ウチガネ〟」と呟くと機械部品がガシャガガシャと音を立てて携帯電話の形に変わった。

 その電話を操作して掛けると、すぐに相手は出た。


『どうした』男の声だった。シャオは笑みを浮かべながら言う。


「んとね。キリオがマジになったよ。あとユーヤって人もマジっぽいの」

『カムイを使ったか』

「それがね、ぜんぜんなの。でも私のシンタは揺れてて。ねえカズ兄ちゃん、どうしたらいいかな? きっとあの人、カムイ持って無いと思うの」

 シャオは笑っていた。彼女を見る人間がいたら、正に小学生のそれだと思えるあどけない笑顔だった。

 電話の相手、男はその逆で成人男性の声で喋る。

『おまえの勘か?』

「うん」

『なら予定通りキリオを手助けし、草薙裕也から記憶を盗め。神社への道だけでいい』

「はーい」

 シャオはそこで電話をきり「〝ウチガネ〟」とまた呟くと、携帯電話がゲーム機に変わった。作動音がして右手だけで操作する。

「あっ、ヤバっ」

 そう声を上げて左手を窓に向けて、シャオは「〝シカリョ〟」と少し声を大きくして言う。


 ◇

 裕也たちの姿を探していた生徒や教師たちは全員、その目を疑った。

 忽然と姿を消した裕也らが再び現れた――だがすぐさま、ほんの数秒でまた姿を消したから。


 裕也らが現れる前にシャオが〝ウチガネ〟と呟き、消える前に〝シカリョ〟と呟いたことなど誰も知らなかった。


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