雅也の思考が働く。


――おかしい。舌よりも頭の回る玲さんが、あれだけ喋って事の核心に触れていない。

――触れていない? 結論があるのに避けた?

――あえて話を変えた。触れられないようにした。

――何故? 僕が知ってしまうと危険だから。

――危険。戦っても勝てないことか? なら逃げる方法を考えろと。

――違う。逃げるときは必ず何かを掴んでからだ。

――この男と近いうちに戦う。そのとき役立つ何かを掴む。

――僕は戦力にならないけれど、できる事は残されてる。


 玲は柏手かしわでを打ち、言った。

「ようやく内氣ないきが戻ったね。カムイから派生したのがじゅ。呪から発展したのが術であり、大里流は仙術せんじゅつも基盤にしている。そしてあたしが使ったのは戦術せんじゅつと字を変えるべきもの。しかも拙い。

 たとえ修業を積み仙人になっても一人で奇跡なんて起こせない。兵、同志、地理、天候、道具、機会、そしてカムが揃って初めて、本物の術となり、行き着く先は太極たいきょく。対となるのは無極むきょくだが、円となってる。えんとも言う。

 カムイは集団行動を嫌うが、収束行動を好む。シンタが揺れるのは、決して警戒や敵対心じゃない、好奇心もある。

 お前のカムイが何故、こんな大きな陣を敷いたのか。あたしがどうして長々と意味不明な解説をしたのか。どうして本気で戦闘をしないのか……雅也、お前自身が結論を出して、成すべきことを成せ」

 

 この玲の言葉によって、雅也の中で仮説が正確なものに変わった。


――玲さんの言葉は、理念を適当に並べてるだけ。僕の気付けのために。でもヒントもいくつかある。中でも最も重要なのは、成すべきことを成す。


「上司に恵まれた……ありがたい」と雅也は心境を声にした。

「中井一麿、あなたは複数のカムイを持っている。結界を張ってからこの陣に入って来た。この景色はさしずめホログラム」

 ポケットに両手を入れたまま中井は黙っていたが、雅也は続けた。

「結界を張るカムイは最初に出会った時。万事屋で、去り際にかけた。あの時から僕はあなたの監視下にあった。大方、僕に流れる大里の血を忌み嫌ってのこと。

 不死身なんてありえない。でもそれに近い力を持っている。だからこそ最強。最後に相手すべき敵……だけど、ここで倒したら、僕は一気に天下を取れる」

「くだらん。玉緒の言葉、心情、現状を全く理解していない……」

 中井はハットの鍔に手を添え、顔を隠すように天を仰ぎ、問う。

「お前と俺では天と地ほど実力差がある。接触した理由はおろか、手加減してやった理由すら、わからん阿呆が」

「なら攻撃してみればいい。どうせここにいるあなたは欠片にすぎない。孫悟空の髪の毛みたいなものと見た。だから死なないし、僕を攻撃することもできないはず」

「……」

 歩を進め、中井は雅也に迫って行った。雅也は構えずに、ただ自然体で立っていた。

 二人の距離が縮まっていく。中井のコートの裾が雅也の腕をかすめた。

 それでも中井は歩みを止めない。


 雅也の体と密着しても歩み続け、雅也の体をすり抜けた。


「勝負あり」と玲が言う。

「中井の勝ち」

 どさり、と雅也は前のめりに倒れる。涙と涎を流しながら、全身、痙攣を起こしている。かろうじて意識を保つものの、聞き、見るだけしかできない。


 ◇

 息をついて、玲が雅也のそばに歩み寄る。

「やれやれ。現身うつしみのまま幽体ゆうたいに触れると魂を引っ張られる。中井がカムイと同じ状態だと言ったのに」

「己も相手も憎しまず、またおそれの無い者に、カムイは通用せん。お前が乱入してからこやつのシンタは揺れなかった……お前の教えで制したのか、本能かは理解できんが……俺が信じるのは俺のわざ。こやつは己を守るカムイを信じたと思いたい。何も見えぬ、聞こえぬと言ったが、カムイに好かれている。稀有な男だ。しっかり鍛えてやれ」

 背を向けたまま、中井は言った。玲はハンカチを取り出して雅也の顔を、力を込めて拭った。

「珍しく褒めるじゃないか。次……こいつの成長っぷりにビビるかもね」

「この街を焼くたび時の武士もののふと戦った。毎度、統率するお前が最も恐ろしい。だがこの景色……飽きんのか?」

 そう言いながら中井は指を鳴らす。

 先ほどの暗闇をかき消すほどのネオン光がビルの下から上がり、車の排気音や雑踏も聞こえてきた。

カムが宿らん。これではやがて滅びる。間違っているのだ、お前らが」

「ここは人間が作った人間の住む街だよ。いつか滅びる。なのに神居カムイにするなんて、あんたの考えが間違ってる」

 雅也の顔を拭いきり、玲は濡れたハンカチを中井の背に向かって投げる。

 通常なら落ちてしまうはずのハンカチが、風に乗った紙飛行機のように揺蕩い、中井の背に触れた。

 途端にハンカチは砂になり、さあっと地に落ちた。

「中井、さっきあたしの言ったこと、理解できたかい」

「お前の説教は長く、言霊ことだまも混ざって鬱陶しい。真意が十なら、五、六ほどだろうな」

「依頼はキャンセル。あんたは不死身という間違った結論を出した大馬鹿。雅也に手を出したから全力で潰す。今日は帰れ――だ」

 中井は右を向いて片目だけで二人を見た。

 口の端を上げて微笑む中井。その足元から小さな光が湧き上がって行く。


「玉緒、カムイ無くして俺を滅すること不能あたはず。封ずること不能あたはず。この先この街で起こる惨状一切さんじょういっさい、俺のわざカムと知れ。お前たちにこの国の、カムれば、俺に賛同し、世界を見限っていたはず……それが惜しい」

 

 光が柱のように上がり玲と雅也を照らし出し消える。

 中井の姿は消えていた。

「いじめっ子だよ、あんたは」

 玲は独り言ちる。

「あんたがやらなくても人は死ぬ。だから日々、必死なんだ。なのに暇つぶしで傷つけ、殺す。カムの住む理想郷を目指すお題目のため……それは思想でも革命でもない、ただのいじめっ子の屁理屈だ」


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