6
◇
雅也の思考が働く。
――おかしい。舌よりも頭の回る玲さんが、あれだけ喋って事の核心に触れていない。
――触れていない? 結論があるのに避けた?
――あえて話を変えた。触れられないようにした。
――何故? 僕が知ってしまうと危険だから。
――危険。戦っても勝てないことか? なら逃げる方法を考えろと。
――違う。逃げるときは必ず何かを掴んでからだ。
――この男と近いうちに戦う。そのとき役立つ何かを掴む。
――僕は戦力にならないけれど、できる事は残されてる。
玲は
「ようやく
たとえ修業を積み仙人になっても一人で奇跡なんて起こせない。兵、同志、地理、天候、道具、機会、そして
カムイは集団行動を嫌うが、収束行動を好む。シンタが揺れるのは、決して警戒や敵対心じゃない、好奇心もある。
お前のカムイが何故、こんな大きな陣を敷いたのか。あたしがどうして長々と意味不明な解説をしたのか。どうして本気で戦闘をしないのか……雅也、お前自身が結論を出して、成すべきことを成せ」
この玲の言葉によって、雅也の中で仮説が正確なものに変わった。
――玲さんの言葉は、理念を適当に並べてるだけ。僕の気付けのために。でもヒントもいくつかある。中でも最も重要なのは、成すべきことを成す。
「上司に恵まれた……ありがたい」と雅也は心境を声にした。
「中井一麿、あなたは複数のカムイを持っている。結界を張ってからこの陣に入って来た。この景色はさしずめホログラム」
ポケットに両手を入れたまま中井は黙っていたが、雅也は続けた。
「結界を張るカムイは最初に出会った時。万事屋で、去り際にかけた。あの時から僕はあなたの監視下にあった。大方、僕に流れる大里の血を忌み嫌ってのこと。
不死身なんてありえない。でもそれに近い力を持っている。だからこそ最強。最後に相手すべき敵……だけど、ここで倒したら、僕は一気に天下を取れる」
「くだらん。玉緒の言葉、心情、現状を全く理解していない……」
中井はハットの鍔に手を添え、顔を隠すように天を仰ぎ、問う。
「お前と俺では天と地ほど実力差がある。接触した理由はおろか、手加減してやった理由すら、わからん阿呆が」
「なら攻撃してみればいい。どうせここにいるあなたは欠片にすぎない。孫悟空の髪の毛みたいなものと見た。だから死なないし、僕を攻撃することもできないはず」
「……」
歩を進め、中井は雅也に迫って行った。雅也は構えずに、ただ自然体で立っていた。
二人の距離が縮まっていく。中井のコートの裾が雅也の腕をかすめた。
それでも中井は歩みを止めない。
雅也の体と密着しても歩み続け、雅也の体をすり抜けた。
「勝負あり」と玲が言う。
「中井の勝ち」
どさり、と雅也は前のめりに倒れる。涙と涎を流しながら、全身、痙攣を起こしている。かろうじて意識を保つものの、聞き、見るだけしかできない。
◇
息をついて、玲が雅也のそばに歩み寄る。
「やれやれ。
「己も相手も憎しまず、また
背を向けたまま、中井は言った。玲はハンカチを取り出して雅也の顔を、力を込めて拭った。
「珍しく褒めるじゃないか。次……こいつの成長っぷりにビビるかもね」
「この街を焼くたび時の
そう言いながら中井は指を鳴らす。
先ほどの暗闇をかき消すほどのネオン光がビルの下から上がり、車の排気音や雑踏も聞こえてきた。
「
「ここは人間が作った人間の住む街だよ。いつか滅びる。なのに
雅也の顔を拭いきり、玲は濡れたハンカチを中井の背に向かって投げる。
通常なら落ちてしまうはずのハンカチが、風に乗った紙飛行機のように揺蕩い、中井の背に触れた。
途端にハンカチは砂になり、さあっと地に落ちた。
「中井、さっきあたしの言ったこと、理解できたかい」
「お前の説教は長く、
「依頼はキャンセル。あんたは不死身という間違った結論を出した大馬鹿。雅也に手を出したから全力で潰す。今日は帰れ――だ」
中井は右を向いて片目だけで二人を見た。
口の端を上げて微笑む中井。その足元から小さな光が湧き上がって行く。
「玉緒、カムイ無くして俺を滅すること
光が柱のように上がり玲と雅也を照らし出し消える。
中井の姿は消えていた。
「いじめっ子だよ、あんたは」
玲は独り言ちる。
「あんたがやらなくても人は死ぬ。だから日々、必死なんだ。なのに暇つぶしで傷つけ、殺す。
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