◇

 リビングに降りて来たアキラに、仕事内容について玲は嘘をついた。


「今回の仕事は逃げたペット、猫を探す。三毛猫が五匹。黒猫が二匹、白猫二匹、スフィンクス一匹。すべて雌。特にスフィンクスは高級外来種だから、キズモノになる前に見つけること」

 

 玲は堂々と嘘をつき雅也とアキラに猫の写真を手渡した。

 アキラは「わかった。すぐに行く」と写真を受け取るや、玄関に向かった。

「雅也」

 後に続こうとした雅也に玲が囁いた。

「あたしが言った前口上、覚えてるか?」

「女性は感性が強く、突拍子なく話を進めて自己完結する、ですか?」

「ちょっと違うが……アキラは、死にはしない。お前は巻き添えを避けろ。今回の救いは見返りが大きいことだ。終わったらハワイに連れてってやるよ」

 軽く背中を叩かれ、雅也は玄関に向かった。

 

 ◇

 外は相変わらずの小雨が降っており、肌が湿気でじっとりとする。

 雅也はビニール傘を、アキラは青い傘をさして歩く。

 玉緒万事屋へ行くためには特殊な行程を経なければならないが、出て行くのは自由だった。


「お姉ちゃん、嘘ついてる」

 ぽつりとアキラが言葉を漏らし、雅也の心臓が高鳴った。

「なんだか、嫌な感じ」

「……あのさ、前から言おうと思ってたんだけど」

 後ろ指を指されるの覚悟し、雅也はごまかした。

「どうして着物なの? 着方もおかしいよ」

 アキラは「うん」と言って足を止めた。彼女の着ているのは紫一色の着物。銅は角帯できつく絞めている。胸元から白い長襦袢が見える。そして右前だった。


「お父さんのお下がり。お姉ちゃんは死んだ人のものを嫌うけど、私は好き」

「季節ごとに替えてるけど、全部?」

「うん。振袖も持っているけど……なんだか……こう……」

 アキラの声が細くなって、そのまま黙ってしまった。

 雨が少し強くなった。ビニール傘に付いた雨粒が増え、滴がどんどん流れて行く。

「アキラちゃん。僕の身の上話だけど」

 雅也は空を見上げながら言った。

「口は人体で最も多くの邪を吐き、取り込む。軽々と開いてはいけない。開いたなら、三日に渡って邪を祓え――小学四年生のときかな、そう教えられた。でも、ある嘘をついたんだ。尾ひれをつけて学校で言いふらした。その日から三日ぐらい、僕は本当にお堂に監禁されたんだ」

 道は通行人がちらほら歩いている。雅也は構わず続けた。

「監禁が解けて、親たちは僕を避けた。挨拶なんてしない、家でも姿すら見ない関係になった。授業参観にも運動会にも来ない。両親と祖父母はずっと堂に籠っていたみたい。理由は大里家の歴史や術を、才能の無い僕に喋ったからだって。最近知ったんだ。僕が中学に上がるころ、祖母が亡くなったってことも」

「家族なのに?」

「家族だからこそかな。成人するまで口をきかない、家族として接しないと自分たちを戒めたらしい。僕の二十歳の誕生日に電話が掛かって来て、謝ってた。でも十年以上も関係を断ってたから、感慨なんて無かった。今も親を親と思ってないし、祖母の墓参りもしてない。勝手な願掛けのせいで寂しい生活をしてたからね。

 言葉って不思議だよね。どんな気持ちが込められていても、受け手が鈍感なら伝わらない。逆に受け手が敏感すぎると誤解され喧嘩になる。これぐらい、玲さんもわかってるはずだよ」

「お姉ちゃんは私との関係を崩れること、覚悟をしてるの?」

「おっと」

 雅也は左手で口を塞いだ。

 アキラは首を傾げて見ていたが、やがてくすくすと笑いだした。

「私は雅也君も信じてる。最初に出会ったときから」


 ◇

 東京都内に合法、非合法の探偵は星の数ほどある。彼らの多くは浮気調査、失踪人や旧友探しを請け負っている。もちろんペット探しもしている。都内を歩き回って保健所よりも早く野良犬、野良猫を片っ端から拾っていく。

 

 そんなしのぎ合いを雅也とアキラの二人だけで、特定の十匹もの猫を捕まえろとは砂漠に落したコンタクトレンズを探すようなものだった。


 三時間、歩き回り、雅也が音を上げてファストフード店に避難した。

 アキラは拒否したが、雅也の十分以上もの懇願に折れた。



 ◇ 

 午後六時を過ぎたころ。二人はハンバーガーとポテトを夕食として平らげ、雨が止んだ街を見ながら談話していた。

「猫バーガーって噂、流行らなかった?」

 アキラは首を横に振る。

「じゃあ、猫は死ぬ姿を人に姿を見せないって話は?」

 アキラは頷き、語った。

「昔、飼ってた猫が突然いなくなった。探したら屋根裏で、眠ったように横になってた。体はすごく硬くて、持ち上げられないほど重くなってた」

「僕のペットは家の軒下だったよ。なんでかな?」

「わからない。私もお姉ちゃんの前で死にたくないけど……一人きりも寂しいな……」


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