第2話 北海道足寄郡足寄町 あさの食堂

 秋に道東(北海道の東の方)へ旅をした。足寄という町がある。

 昔、鉄道駅だった場所を道の駅にしている。足寄町はとても広い。道の駅の駐車場もやたら広い。とにかく広い。あとで述べるけれど、これには相応の理由がある。

 その道の駅の近くのまちなかに、「あさの食堂」というラーメン屋がある。二〇年程前両親と来たことがある。その時も女性二人が切り盛りしていたはずだ。今も多分、同じ女性二人が同じように客にラーメンをふるまっている。昔と変わらないような錯覚を覚える。このおばさんたちは、ラーメンの食べ過ぎで不老不死なのかもしれない。

 ラーメンの味も食堂のたたずまいも何もかも「懐かしい」。私が直に体験したものではないけれど、一般に「懐かしい」と言われる要素を備えている。「懐かしい」という言葉はマジカルな言葉で、自分が体験したことがなくても、世代や趣味やその他の何らかのクラスタが積み重ねてきた何かにアクセスできるような、そんな言葉だ。

 「あさの食堂」のような建物を日常的に使ったり、あるいは暮らしたりしていたわけではない。また、シンプルなラーメンだけを食べてきた世代でもない。でも「懐かしさ」にはアクセスできる。


 昼時の食堂には、町民と思しき謎おじさんの他に、トラック運転手が多いように見える。そして旅人も多い。

 足寄町は、ここから様々なところへ行くことができる。北に行けば、北見や網走に。東に行けば阿寒に抜けられる。南に行けば帯広、途中で別れて釧路。西に行けば士幌などを経由して高速道路を経て札幌方面に向かうことが出来る。結節点なのだ。

 だから足寄はトラックの運転手や旅行者が多く立ち寄る。道の駅の駐車場が田舎の町でありながらひたすらでかいのにはそういう理由があるのだろう。どこに行っても面白いところだ。


 足寄町は、昔、東西に分かれていた。「西足寄村」は十勝に属しており、東側の「足寄村」は釧路に属していた。東側の「足寄村」は昭和23年に十勝に編入し、そのうち「西足寄村」と合併して現在の足寄町につながる。

 足寄町では足寄川と利別川が合流する。南にある池田町と言うところで利別川は十勝川に合流、そのまま海に流れ込む。行政区画は基本的に川筋で決まる。だから足寄は十勝に属するのが当然だろう。ではなぜ釧路に属していた部分があるのか。


 松浦武四郎という北海道を探検し、国や郡の、名前や境界を決めた男がいた。松浦は基本的には川の流域を単位に、北海道の土地の境界を決めていった。足寄村は少ない例外で、足寄川は利別川を経て十勝川に流れこむのに、足寄川流域を十勝に編入しなかった。

 松浦は複数のテキストで、足寄のアイヌ文化は釧路の文化圏に属する様なことを述べている。北海道を詳しく探査した松浦は、足寄(の東側)に住む人々が、釧路に風習が近いことを看取していた。

 国境を定める際、川ではなく、人の営みを優先した。明治2年のその判断が、本州からの入植者を迎えた後も昭和23年まで生きていた。


 足寄は阿寒のほうにつながっている。川筋の論理を超えた人の往来が昔からあったのだろう。

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