第3話

 なんとなく、名古屋駅前の映画館で一本映画を観る。かなり前からやっている、評判も高いらしいアニメ映画だが、見たことがないのでこの際観ることにした。フタを開けてみれば何のことはない恋愛映画で、田舎に住む少女と都会に住む少年が入れ替わりを起こすことで時と場所を超えた恋をする、という内容だった。展開の早さに置いてかれそうにはなったものの、評判通りの面白さだったというべきか。

 それから、せっかくなので普段は高くて手の出ないようなレストランで昼食を取ってみた。値段だけあって味は悪くなかったが、どこか物足りなさを感じたのは気のせいだろうか。

 平日をのんびり過ごす、そのような経験は学生時代の長期休暇以来だった。しかし思ったよりも後ろめたさはない。そんな後ろめたさがあって、これまで有給休暇を取ろうとして来なかったのにも関わらず。

 建物内の椅子でぼーっと過ごしていると待ち合わせの時間は意外に早くやってきた。

 名古屋駅桜通口の金時計といえば、待ち合わせの定番だ。平日にも関わらず、人で混み合っている。その中に、例の少女もいた。時刻は午後三時半、この時間にセーラー服はまだ目立つ。

「待たせてしまったのなら申し訳ない」

「いえ、待つのは趣味のうちだから問題ないわ」

 少女はきっぷを一枚、僕に渡してくる。伊勢市駅までの回数券らしい。

 改札を通って通路を進み、少女に続いて階段を上る。その先のホームに止まる二両編成の列車に乗り込んだ。

「しかし伊勢なんて、行ったことなかったな」

「そう、ならいい機会ね。行く価値は存分にある場所よ」

「寂れた街と聞いたこともあったけど」

「古くからの商店街はシャッター通りになってしまっているわね。けれど神宮周辺の賑わいは、雰囲気は、確かなものが残っているわ」

「それだけ、引き付けるものがあると?」

『間もなく、快速みえ十五号鳥羽行きが発車いたします。お乗り間違いのないようお願いいたします』

 少女とやりとりをしていると列車の扉が閉まり、動き出す。

「伊勢には何回くらい行ったことあるんだ?」

「数えきれないくらいね。三ヶ月に一回は行っている、ってことは確かだわ」

「そんなに……」

「言ったじゃない、気を休めるにはいい所だって」

『本日は快速みえにご乗車いただきありがとうございます。この列車は伊勢鉄道を経由し鳥羽まで参ります。次は桑名に止まります。お客様にお知らせします、この列車は四日市から津までの区間にて伊勢鉄道を通ります。ジャパン・レール・パス等の企画乗車券をご利用の方は別途料金が必要ですので検札時に車掌までお申し付けください。また、IC乗車券をご利用の方は四日市までのご利用となりますのであらかじめご了承ください。次は桑名、桑名に止まります』

 車掌によるアナウンス。まあ、少女から渡された回数券を渡された自分には関係のないことだ。

 そういえば、少女の名前を聞いていなかった。

「君の名前は、なんというんだい」

「そうね、言ってなかったわ」

 一度、髪をかき分けてから、少女は言う。


「海部セーラ。それが私の名前よ」

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