第2話

 駅を出て連れてこられたのは、名古屋ではどこにでもあるといっていいチェーンの喫茶店。彼女はカバンから財布を出し、紙切れのようなものを二枚取り出すと店員に「ブレンドコーヒー二つ」と注文して渡す。どうやらこの店のコーヒーチケットのようだ。

「さて、下田悠人さん。落ち着いたかしら」

 名乗らなくても知っているのは当然のように切り出された。まあ、合っているのだけども。

「鉄道で自殺なんて、悪いことばかりだわ。体は引きちぎられその痛みは想像に絶するでしょう。それを見た人のトラウマは、どうなるでしょうかね。さらに電車が止まることで、朝ラッシュの混雑がさらに加速する。どれだけの人々が満員電車に苦しむかしら。バスか、歩きで目的地までたどり着かないといけない人たちも出てくるでしょうね。そしてあなたと血の繋がった人たちは、鉄道会社からの賠償請求に怯えて暮らしていくことになる。皆を不幸にするだけだわ」

 そんなこと、知っている。それでも──

「それでも、そうさせるだけの理由があったんでしょう?」

 言いたかったことを、先に言われてしまう。

 彼女の手元にあるスマートフォンがブルッ、と一回震えた。少女は数回タッチし、画面に目を落とす。

「この近くの会社で営業をしているそうね。勤務態度は良好、クライアントからの評価も良く、出来ることなら案件を任せたいそうよ。だけどタイミングが悪く、結果として成績だけが上がらない」

「そんな気休め、求めてない」

「気休めじゃないわ。調査による、確かな情報よ」

 調査によるといわれても、どこからそのようなコアな情報を仕入れてくるのか不思議でならない。

 注文されていたコーヒーと、モーニングサービスのトーストが運ばれてくる。コーヒーに口をつけつつ、彼女は続けた。

「他の同期と比べて営業成績が上がらず、憂鬱気味だったと上司には見えていたそうね。『成績だけが営業の全てではない、積み重ねが大切だ』とアドバイスは受けていたみたいだけど、正面からは受け止められなかった」

 確かに、そのようなアドバイスは課長から受けていた。「気に病む必要はないから」とも言われた。だけど、数字が、僕を圧迫した。

 五十メートル走のタイム、テストの成績、内申点。昔から数字が僕を圧迫してきた。ゲームの中でさえも、数値として判断される。世界だってそうだ。平均株価、支持率、そして年収。すべて、数字で判断される。そして皆が皆、その数字を良い方に持って行こうとする。時には足を引っ張り合ったりする。僕ももちろん、例外ではない。そんな世界だから、営業成績という確からしい「数字」に、僕は気を病まれたのかもしれない。

「とりあえず会社の方には有給をねじ込んでおいたから問題はないわ。私は高校に行かなきゃだけど、そうね……」

 少女はしばらく考え込む様子を見せた後、言う。

「夕方からになるけど、伊勢に行きましょうか」

「伊勢……?」

 唐突な提案に、僕は驚きを隠せない。

「伊勢はいいわ。特に神宮は空気が透き通っていて、気を休めるにはいい所よ」

 待ち合わせの場所と時間だけ伝え、少女は足早に去っていった。

 さてふいに空いてしまったこの時間、どう使おうか。

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