61.VSダークケビン 後編
「最後だ。お前をゆっくりと殺して仕舞としよう」魔王の影はあえてゆっくりとした足取りでアリシアに歩み寄った。その近寄り方は動けない獲物を目の前にした蛇であった。
「そう簡単にいくかな?」一歩も引かぬまま彼女は口にしたが、手の中の光球が以前よりも小さく縮む。
「そんな光の玉でこの私を倒せるかな? エリックのフラッシュブラストよりか弱いそんな魔力じゃ、この私は消せんよ」
「そんな事を言うなら、避けないでよ?」と、アリシアは冷や汗を垂らしながら無理やり微笑み、構え直す。
「いや、あえて喰らう愚は侵さん。このまま殺してやる」と、駆け出す姿勢を見せる。
「させない!」
すると、眼前に血みどろになったロザリアが仁王立ちする。彼女の全身の傷はヴレイズの炎の回復魔法によって薄皮一枚で塞がり止血されていた。が、所詮それだけであり、動ける様な身体ではなかった。
「ほぅ、よく動けるな。そんな身体で……」
「……流石エレンさんだ……彼女が治療した傷は開いていない。殆どは昔に負ったものだ」と、ヘルメットを脱ぎ捨て、髪を掻き上げながら魔王の影を睨み付ける。
すると、彼は目を丸くして歩みを止め、首を傾げる。
「お前……アスカか?」
魔王の影ことエクリスは彼女の顔を舐める様に見回し、考える様に唸る。
「なに? 昔の私を……そう言えば……」ロキシーに言われた言葉が脳裏を過り、納得するロザリア。彼女は記憶を無くす以前、魔王と共に旅をしていた。
「お前は最後、覇王の一撃を喰らって北の空の彼方へと吹き飛ばされた……お前が生きていると知ったら、ウィルが喜ぶだろうな」と、エクリスは腕を組みながら笑う。
「ロキシーもそう言っていた……」
「だが、以前のお前とは随分雰囲気が違う。武器も、動きも違う……だから気付かなかったんだな」と、口にしている間に頭が真っ二つに割れる。「おやおや……」
「どちらにしろ、お前は私の、我々の敵だ! 素直にケビンから出て行け!!」
「そう言われて大人しく言う事を聞く奴がいるか?」と、クラス4の反射神経でも追いつかない速さで彼女の間合いへ入り込み、鋭い拳を放つ。
ロザリアは雷の魔力で鎧の高度を上げ、彼の攻撃を正面から受け止める。鈍い音と共に彼女は後退したが、鎧は少し凹むだけで済んでいた。が、衝撃が全身に伝わり、瀕死の肉体に響き、堪らず吐血する。
「ここから先は……通さない!!」と、大剣を重そうに掴むが、ズルリと滑って取り下とす。千切れかけた右腕では、一振りがやっとであった。
「……腰の刀は使わないのか? 昔はよく、それで敵の悲鳴を楽しんでいたじゃないか」と、懐かしむ様な目を向ける。
「これは……だが……」と、腰の刀を掴み、確かな魔刀独特の魔力を感じ取り、稲光を淡く鳴らす。この刀は抜ける時と抜けない時があり、不安要素を孕んでいた。
が、ここで抜刀できなければどの道死ぬ事になる為、これに賭けるしかなかった。
「頼む!!」と、左腕で掴み、腰を切って勢いよく抜刀する。
が、魔刀蒼電は抜けることなくそのまま鞘に収まるだけであった。
「くっ……」
「なんだかわからないが……残念だったな」と、彼女の横面に裏拳を見舞い、遥か遠くへ吹き飛ばす。彼女はそのまま地面へ転がり、動かなくなった。
「ロザリアさん!!」アリシアの手の中の光球が更に小さくなり、豆粒ほどになる。
「おやおや、集中できていない様子だな。そんな物では、どうにも出来ないぞ?」と、更にアリシアへ歩み寄り、眼前まで近づく。
「くっ……ヴレイズ……ロザリアさん……」地面に転がる2人を目に入れ、奥歯を鳴らす。
「さぁ、お前ひとりだ。1人じゃ何もできないぞ? さぁ、どうする? このままこの不死身と戦うか? お前程度の光で私は消せんぞ?」勝ち誇ったように笑いながら、殺意に満ちた拳を振り被る。
「あたしから2つほどあるんだけど、いいかな?」弱った表情を前髪で隠し、俯く。
「何かな?」
「ひとつ……ひとりじゃない。皆がいるからここに立っているし、2人がいたからここまで粘れた。そしてもうひとつ……」と、顔を上げて、エクリスをキッと睨み付ける。
「ほぅ、それは?」
「あんたは舌なめずりし過ぎだ!!」
と、光の粒をエクリスの口の中へ押し込む。
「むぐ?!」
「これはあんたにぶつける為の攻撃魔法じゃない! 解呪魔法だ! 大きさや魔力の量は関係ない!!」と、力強く押さえつける。
「むぐ、ぐぐ、ぐぅぅぅぅぅ!!」目から凄まじい閃光を放ち、全身が真っ白な光に包まれる。同時に暗黒の瘴気がケビンの身体から逃げる様に立ち上り、光によって蒸発する様に消え去る。
すると、ケビンの身体から力が抜け、糸が切れた様にぐったりとする。眼球は蒸発し、身体の所々が焼けて穴が開いていたが、ゆっくりと再生する。
「……ふぅ……どうかな? 脳まで焼く勢いだったけど……」と、アリシアは倒れたヴレイズとロザリアを光魔法とヒールウォーターで回復させる。
すると、ヴレイズはゆっくりと目を開いた。
「その感じだと、うまくいったな」と、確信した様に微笑む。
「うん……でも、まだわからない。ケビンはまだ目を覚まさない。無理もないけどね」
「あいつなら大丈夫だろ……」
「あ~~~~~~~二日酔いから目覚めた気分だ」
何事も無かったようにケビンは上体を起こしながら頭を摩り、周囲を見回す。時折、頭を振って己の正気を確かめる様に後頭部を叩き、視力を確かめる。
「ケビン! だよね? よかった、無事で……」
「無事じゃねぇな……魔王やお前らに好き勝手にされた挙句、お前らを深く傷つけちまった……申し訳ない」と、ゆっくりと立ち上がる。「それにまた服がボロボロだ。ひでぇや」
「……謝るのはあたしだよ。無理に瘴気の大地に付き合わせて……あたしの力不足であんなことに……でも、お陰で過去の魔王と向き合えたし、何よりあいつの弱点も見つけ出せた。ケビンの、そしてみんなのお陰だよ!」
「そいつぁよかった……で、あのドラゴンはどうなった?」ケビンが首を傾げると、アリシアとヴレイズは顔を見合わせて目を丸くした。
「「あ……」」
北の砦で打倒された悪夢龍は脳も心臓も潰され、完全に絶命した筈であったが、身体が激しく揺れていた。
骸に近づいていたバンガルド兵は驚いて遠ざかり、盾の後ろへ身を隠した。
その様子をみたリノラースは眉を顰めながらそれを観察する。
「生物の動きで、これは……まるで脱皮? いや、蛹から出る成虫か……と、言う事は」と、予測を立てている間に悪夢龍の背がバックリと割れる。
その中から大きさ30メートル程の龍が姿を現す。形は最初に現れた16メートル級の飛竜であった。皮膚は半透明の薄赤色をしていたが、次第に赤々と燃え上がっていく。
「これは大変だ……直ぐにトドメを!!」と、リノラースは急いで跳躍し、悪夢龍の顔面目掛けて拳を振るう。
次の瞬間、悪夢龍は咆哮と共に喉の奥から火山噴火の如き熱線を吐き出す。
彼の拳と熱線がぶつかり合い、凄まじい火花を散らす。飛び散った炎は兵に燃え移って一瞬で盾と鎧を溶かし、使い物にならなくさせる。
「ぐぬぬぬぬ……凄まじい熱だ!」大火傷しながらも怯まず、もう一発拳を見舞って悪夢龍の顎を捉える。
しかし、それを見切ったように首をうねらせて避け、彼の脚に噛みつく。
「ぐぉ!!」
そのまま悪夢龍は上空へと飛び立ち、錐揉み回転をしながら砦上空を飛び回った。
「この、化け物が!!」と、悪夢龍の頭を殴りつけ、目玉を捉えて殴り潰す。
しかし、その傷は一瞬で再生する。
「く、一体どうすれば……?!」と、言う間に悪夢龍は彼を離し、尻尾を叩きつける。彼はそのまま真下の砦へと落下し、凄まじい轟音と砂塵を上げる。
悪夢龍は熱線で薙ぎ払い、砦を八つ裂きの瓦礫へと変える。トドメに特大の火球を吐き出し、瓦礫を爆炎で包み込む。その衝撃波は半径50キロにもわたる程であり、遥か遠くにいるアリシアらにも音だけ伝わった。
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