60.VSダークケビン 前篇

 真赤な瞳をギョロつかせながら、ケビンはアリシアを睨み付けゆっくりと歩を進める。全身から溢れ出る殺気は全て彼女へ向けられていた。

「この殺気……何かおかしい……」アリシアは光を纏い、いつでもケビンの攻撃に対応できるように構えていた。彼から放たれる殺気は確かにアリシアに向けられていたが、今迄の戦いで感じた殺気とは何かが違っていた。

 そんな彼女の揺れる瞳を見つめ、ケビンはクスリと笑う。


「まずは……こいつらからだ!」


 と、殺気を突如ロザリアへ向け、一瞬で間合いを潰し大剣を振り下ろす。

「やはりこちらへ来たか」ケビンのフェイントに気が付いていた彼女は余裕で受け太刀する。彼の一撃は大地を凹ませ、突風の様な衝撃波を発生させたが、ロザリアは一歩も引かずに余裕で受けた。

「ん?」腕に感じるその衝撃に違和感を覚える。彼女は兜のフルフェイス越しに彼を睨み付け、何か気に入らない様に唸った。


「貴様、誰だ?」


 ケビンと一度戦ったことのある彼女は、その一撃の振り、衝撃、殺気の量で相手を見切っていた。

 ロザリアはそのまま押し切って突き飛ばし、間合いのギリギリ外まで退く。相手の構えや呼吸、視線の送り方などを改めて観察し、ケビンが別人となっている事に気が付く。

「闇の瘴気でブレているのだと思ったが、そうではない様子だな」

「いい観察眼だな」ケビンはクスクスと笑いながら肩を揺らし、大剣を担ぐ。

 そんな彼を見て、ヴレイズも違和感を覚えて眉を顰めた。

「……確かに、以前のあいつとは違い過ぎる。癖まで変わるモノではないだろ?」

 すると、アリシアは一瞬でケビンの間合いに入り、腕に光を纏った。


「お前の相手はこのあたしだ!! 魔王!!」


「「魔王?!」」ケビンの懐で炸裂する光を目にしながら、ヴレイズとロザリアは仰天した。

 ケビンは彼女の間合いから逃れ、光から目を背ける。

「お前は既に気が付いていたか。流石は優秀な光使いであり、ヤツの娘だな。だが、魔王と呼ぶのはやめてくれないか? 不愉快だ」

「ど、どういう事だ?」目の奥を不安で揺らしながらヴレイズが問う。

  ケビンは闇の瘴気に侵されてはいたが、彼の身体に宿る吸血鬼の呪術には闇への耐性があった。それどころか闇によって彼の力は数十倍に増幅されていた。

 更に瘴気の地には魔王の意志が宿っており、元ランペリア国を支配していたが、そこから一歩も外へ出る事が出来なかった。

 故に、ケビンの肉体は魔王からしてみれば大変都合の良い器であった。

「お前は最後だ、アリシア!!」と、ケビンは大剣を振り、砦を真っ二つにした衝撃波を放つ。それに反応してロザリアが正面に立ち、大剣で受け止める。

「お前の相手は私ではなかったのか?」と、衝撃波を一瞬で消し飛ばし、彼を見据える。

「ロザリアさん、お願い。今ので彼の助け方がわかった」と、アリシアは後ろへ飛び退き、解呪の法を練り始める。

「援護は必要か?」ロザリアの隣に立ち、ヴレイズが腕に炎を纏う。

「ひとりでやらせてくれ。今の彼と本気で打ち合ってみたい」と、彼女は大剣を構え直し、腰を落としてケビンを睨んだ。

「舐められたものだ」と、ケビンに取りついた魔王は内心でほくそ笑みながら舌を出した。



 そんな彼らの遥か後方で、台風の様な殺気に気圧されたエディは双眼鏡で戦いを観察していた。

「砦が真っ二つになった時に馬を止めて正解だったか……と、いう事はドラゴンは北方面か」と、地図を広げる。

 そんな彼の後ろには寝袋が芋虫の様に暴れていた。

「あ~あ~うるせぇなぁ!!」と、袋を開く。その中にはフィルが入っていた。

「ったくぅ!! この扱いはなんっすか!? 普通にバンガルド城の牢屋に入れればいいじゃないっすかぁ!! なんでこんな!!」今の彼は封魔の首輪を付けられ、全身縄で雁字搦めにされていた。

「牢破りは得意だろ? そうはいくか」嫌味たっぷりに彼の頬を抓るエディ。

「っち……せめて俺にも見せてくれよぉ! 暇なんだよぉ!」と、くねくねと暴れ出す。

「あぁ……嫌だ」エディは文句を吐き散らすフィルの寝袋を閉じ、脇腹を小突く。

 その後、エディはアリシア達の戦いを双眼鏡で覗き込み、参ったようにため息を吐く。

「ケビンを助けられたとして、また砦が潰されたからな……連中にまた何を言われるか」



 ロザリアとケビンは激しく打ち合い、大剣同士をぶつけ合う。ケビンもとい魔王の影の一振りは全てが必殺級であり、その全てが大地を深く斬り裂く。

 しかし、その全てを彼女は涼しい顔で受け止めた。

「以前のケビン殿とは雲泥の差だな。今のお前からは剣気も魂も感じない。ただ大きい剣を、振っているだけだ!」と、己の魂の籠った斬撃で彼を脳天から真っ二つに斬り裂く。が、ケビンは斬られた傍から再生し、反撃する。

「力だけでなく、再生力も数倍に跳ね上がっている。それにこんな事も出来るぞ」と、ケビンは手首をくるりと動かし、淡い闇を滲み出す。

「させるか!!」と、ロザリアはその手首を斬り落す。

 が、その手首から闇の魔法陣が飛び出て、ロザリアに襲い掛かった。

「ぬ、これは?! ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」闇の魔法陣から漆黒の雷撃が襲い掛かる。その魔法は神経に無視できない凄まじい激痛を与えた。

 次第に彼女の鎧の中から血が滴り、地面に血だまりが大きく広がる。

「なんだこれは……?」見たことのない攻撃魔法を目にし、狼狽するヴレイズ。

「淡い闇魔法と、この肉体で出来る呪術のひとつだ。お前も味わってみるか?」と、彼に目を向ける。

 ロザリアは悲痛な叫びを上げ、大剣を取り落とす。同時にぐちゃりという音と共に右腕が薄皮一枚でぶら下がり、腹部から夥しい血を垂らす。堪らず彼女は膝を折って血だまりに沈み、痙攣を繰り返した。

「一体どんな魔法だ?」変わり果てた彼女を見て、ヴレイズは表情を強張らせた。

「どんな魔法だろうな? さぁ、次はお前だ」

 彼の魔法は神経と精神に作用する闇の呪術であった。直接脳に激痛のシグナルを送り込み、過去の悲劇を強制的に思い出させて精神を疲弊させ、最終的には古傷を開かせた。

 ロザリアの傷痕だらけの肉体の殆どがバックリと開き、鎧の下では腸が飛び出ていた。

「ロザリアぁぁぁぁぁぁぁ!!」ヴレイズはケビンには目を向けず、急ぎ彼女へ近づき、炎の回復魔法を施し止血する。

 その隙にケビンはヴレイズの眼前へと迫り、大剣を振り被る。


「お前がどんだけ不死身か試してやる!!」


 ヴレイズは瞳に炎を宿し、一瞬で数十発の赤熱拳を彼に叩き込む。ケビンの肉体は大剣を残して灰燼と化し、できそこないの下半身と骨片のみが後方へ吹き飛ぶ。

 が、その下半身が宙返りをして着地し、瞬く間に上半身が再構築され、大剣が地面に刺さる前に右腕で軽々とキャッチする。

 それと同時にヴレイズは再び間合いへと入り込み、炎魔法を彼の身体へと打ち込む。すると、その熱が彼の体内に行き渡り、次の瞬間、炎が溢れ出て爆散する。

 それでもケビンの肉体は数秒と立たずに高速再生し、得意げな笑みと共に復活する。

「さすがはバハムント王の息子の肉体だ。父親とは少し違うタイプの呪いだが、不死身度は引けを取らないな」と、傷ひとつなく再生した己の手の平を見ながら口にする。

「っち、キリが無いな……アリシア、まだか?!」

「ゴメン、まだかかる……」と、アリシアは手の中の光を虹色に光らせながら難しそうに唸った。

「……さて、そろそろお遊びは終わらせようか」と、魔王の影はニタリと笑い、一瞬でヴレイズの身体を数カ所殴りつける。その速さは彼では反応できない程に素早く、その力もクラス4の魔力高速循環で強化した肉体を破壊する程に強力であった。

「ぐぇあ!!」不意の一撃に怯み、膝を笑わせる。

「ゴミに興味はない」と、心臓目掛けて手刀を突き出す魔王の影。

ヴレイズは何とか反応し、その一撃を反らしたが鳩尾に入り込み、そのまま肉体を突き破った。

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」天高く吐血し、血の雨を降らせる。

 魔王の影は満足そうに腕を引き抜き、血の雨を楽しむ。

「この身体は数十年も血を吸っていなかった様だな……今になってこんなにも昂るとは」血を舐め、肩を揺らしながら笑う。

「ロザリアさん、ヴレイズ……くっ」アリシアは眼前で起こる惨劇を目にしても、少々の動揺のみで抑え、目の前の光の解呪魔法に集中した。

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