62.大地の賢者VS悪夢龍

 黒煙と爆炎の吹き荒れる砦跡の上空を勝ち誇る様に悪夢龍が旋回する。鱗は更に赤々と染め上げられ、瞳も真っ赤に燃え上がっていた。身体よりも大きな翼でゆっくりと羽ばたき、木々を薙ぎ倒す勢いで突風を巻き上げる。

 そんな瓦礫の下から傷だらけのリノラースが現れる。彼の隠れていた場所には大穴が開いており、その中には彼が瞬時に助けた砦の兵らが数十人蹲っていた。

「あの一瞬ではこれが限界だ。すまない」と、大地魔法を器用に操り、大きなトンネルを作り出し、そこから逃げる様に促す。

 リノラースは大穴から飛び出て、空中を飛び回る悪夢龍の横面目掛けて飛ぶ。

「調子に乗るな!!」と、巨拳を振り抜きドラゴンのコメカミを殴り抜く。

 頭に生えていた角に皹が入り、目を回して落下し、大地へ叩き付けられる。

 リノラースは勢いよく着地し、次の相手の動きを観察する様に眼を凝らす。

「あれでも死なないだろうな……仕方ない、久々にやるか」と、両手を合わせ、凄まじい勢いで魔力を練り上げる。その勢いは地震を起こし、大気を震わせた。

 すると、彼の背後の大地が盛り上がり、背の高い山が現れる。その高さは雲を突きそうであったが、実際は70メートル程であった。その山が人の形に変わり、あっという間に大魔神が現れる。

 それは大地の賢者である彼が作り出せる最大級のゴーレム『タイタン』であった。それは10年前、グレーボンとバンガルドの戦争を『存在感』だけで休戦させる程であった。

 その大魔神は砂塵の中で体勢を立て直す悪夢龍を睨み付け、弓を引き絞る様に拳を引いていた。


「ここは容赦なくやらせて貰う!!」


 リノラースが合図した瞬間、大魔神は大柄な体型と反比例した素早い動きでドラゴンの身体を拳で打ち抜き、更にもう一発もう一発と殴りつける。その一撃で周囲に地響きが鳴り、大地に皹が入る。

 ドラゴンは吐血と同時にくぐもった鳴き声を漏らした。

 更にダメ押しで大魔神は脚を上げ、ドラゴンの頭を踏み潰す。再生しない様に何度も踏みつけ、原型をとどめない様に踏みしだく。

「残酷だが、これぐらいやらなければ殺せないな」と、最後にリノラースは悪夢龍周辺の大地に地割れを作り出し、埋葬する様にその中へ落とし、割れ目を閉じた。更にその上に大魔神を立たせ、2度と復活しない様にとその場でタイタンを大山へと変える。

「久々に地形を変える様な戦いをしてしまったか……凄まじい相手であった」と、リノラースは踵を返し、大きくため息を吐いた。



 リノラースがドラゴンを倒したことはバンガルド城下町中に広まり、声援が彼を出迎えた。彼は謙虚に国民らの拍手の中を歩いた。

 その後で、みすみす砦を破壊され、防衛出来なかったという汚名を着せられたエディらがトボトボと城下町へ入る。

「正直、散々だったな……」馬上でエディがうんざりした様に口にし、荷物の様に載せたフィルの頭を引っ叩く。

「何で俺を殴るんっすか!!」

「元々お前らが瘴気の地で変な事をするからこうなったんだろうが!!」

「俺らはただヴァイリー博士に命令されてやっただけっすよ!!」

「無心で命令に従うからこうなるんだ! だから魔王軍のやつぁ嫌なんだよ」と、エディはもう一発彼の頭を叩く。

「いでっ! 覚えてろよ、この野郎ぅ!!」

「なんだ? 今度はグーでやるぞ、グーで!」と、2人がいがみ合っていると、その間にアリシアが入る。

「ちょっと、ここでやる事ないでしょ? 取り合えず、お城に入って報告しなきゃ!」

「そうだからイライラしてるんだよ! あの王様や貴族連中に今回の事を報告しなきゃならないんだ! ったく、また言われたい放題なんだろうぜ!」エディは口から火を吐く勢いで怒鳴り散らし、フィルの身体を何発か叩く。

「だから、俺で憂さを晴らすな!!」

「悪いな……俺のせいでこんな事によ……」と、浮かない顔でケビンが俯く。今回の南側砦を半壊させたのは彼であった。

「それについては上手く言い逃れが出来るし、アレはケビンのせいじゃない」と、エディは頭を掻きながら口にし、ダメ押しにもう一発フィルの尻を叩く。

「すまない」

「それもそうだけど、ロザリアは大丈夫かな? あんな高速で飛んでいって……」アリシアは彼女らを心配する様に口にし、空を見上げる。彼女は今、ヴレイズに連れられて討魔団本部へと向かっていた。

 ヴレイズの炎の回復魔法やアリシアの光魔法、ヒールウォーターでは彼女の重傷は完治出来ない為、エレンの元へ送り届けていた。



 その頃、ヴレイズはロザリアを炎の繭の中へ保護し、西の空へ向かって飛んでいた。彼の飛行速度なら、バンガルド国からグレーボン国内討魔団本部までひと晩で辿り着く事が可能であった。

「ヴ、ヴレイズ殿……少し、休もう……」顔を青くさせたロザリアが彼の耳元で囁く。

「お、そうか? 悪いな、気が付かなくて」と、高度を下げて着地をし、木陰の柔らかな草原の上に彼女を寝かせる。

「い、いや……ヴレイズ殿が休んだ方が良いのではないか? 貴方も重症には違いないだろ? なのに、重い私を乗せて飛行など……」と、すまなそうな表情を浮かべる。彼女自身の体重は大した事なかったが、鎧を合わせれば、かなりの重量になった。更にヴレイズの胸には完治していない大傷があり、痛々しく包帯を赤く染めていた。

「大丈夫だ。正直、この傷は戒めとして残しておきたいんだ……俺自身の甘さと、未熟さを……」実際、彼の炎の回復魔法は彼自身の肉体ならばどんな重傷であろうと完治させる事が出来た。が、彼は自分の判断でケビンを止める事が出来ず、ロザリアとアリシアを窮地に陥れたと思い込み、あえて胸に傷を残した。

「そんな事をしなくても……」

「いいや。俺は弱い。どんな経験をしても、結局は何も学んでいないんだな……そんな俺がまたアリシアや君を……もう沢山だ」と、彼は右腕で彼女の傷に触れ、再び応急処置を施す。

「私から見れば、ラスティー殿に匹敵すると思うぞ。貴方もアリシア殿も、それにエレンさんも……」

「俺から見れば、貴女も相当だ。取りあえず、30分ほど休んで再出発だ。この調子だと、明け方には討魔団本部だ」

「……すまない」と、ロザリアはゆっくりと目を閉じ、小さな寝息を立てはじめた。

「さて、俺は……」ヴレイズはその場で座禅を組み、いつも行っている魔力循環の高速化修行を始めた。



 エディが宿へ戻る頃、頭をクラクラさせながら部屋の扉を開き、ベッドへとダイブする。

「……大丈夫?」得物を磨きながらアリシアが茶を差し出す。

「あんがと」と、一気に飲み干して仰向けに寝転がる。

 彼は王へ今回の戦いの報告をし、徹底的に絞られたのであった。ケビンの事は伏せ、瘴気の地より魔王の化身が現れ、そいつが砦を半壊させたと報告した。

 この事でついに騎士団らは大声で討魔団を批判し捲し立て、卓を何度も叩いた。バンガルド国王も嫌味交じりに彼をなじったが、問題の種であったドラゴンが大地の賢者によって討伐されたのでご機嫌であった。

 その為、エディら討魔団は御咎めなしで済んだが、次はラスティーを呼び出し、同盟の条件を再び練り直すよう求めた。

「絶対にバンガルド国に有利な条件を突き付けてくるに決まっているんだ!! あぁクソォ! ふざけやがってぇ!!」エディは枕に噛みつき、ベッドの上で暴れ回った。

「って、予想通りなんじゃないの。そこん所はさ」アリシアは彼には目を向けずにナイフを研ぐ。

「まぁな。この国の砦がいくつ潰されても、騎士団長がいくらブチ切れても、こっちの計画は狂わないんだなコレが」

「流石はラスティー」

「まぁ、そうなんよな。流石、ボスだよ」と、エディは紙を取り出し、報告書を書き始めた。

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