42.久々の4人

 次の日の夕方、トール砦にラスティーが到着する。表門から堂々と入り、部下やグレーボン兵たちが整列して礼をとる。

「ご苦労さん。早速だが、報告を頼む」と、口にした瞬間、グレーボン兵と討魔団員が両側から近づき、砦に物資や戦力、2日前の戦いの詳しい情報を事細かに報告する。

その間、ラスティーは砦内の状況を自分の目で確かめる様に練り歩き、今回の戦いで出た死傷者のリストを受け取って目を通す。

「死者に関しては、冷温魔法で保存し、可能な限り家族の元へ送り届けろ。それが不可能な者は、討魔団本部に輸送し、手厚く葬るんだ」と、戦死した仲間らが安置されている場で目を瞑る。

「そう言えば、エディはどうした?」

「付近の砦や村にも守りを固める様に指示を出す為、南西のボーグル砦へ向かいました。ここの指揮はエレンさんに任せてあります」

「成る程、いい判断だ」納得した様に頷き、脚を止めないラスティー。

 その後、彼は作戦室へ向かい、バンガルド軍陣地に関する情報を整理しながら煙草を吹かし始める。

「ロザリアが捕まったのはわかるが……なぜ、大人しくしているんだ?」と、腕を組みながら悩む様に唸る。

 彼が知るロザリアの実力なら、どんな拘束からも、どんな牢獄でも自力で脱出できる実力を持ち合わせていた。そんな彼女がジッとしているがどうも腑に落ちず、彼は首を傾げた。

「……大きな負傷をしたという報告もないし、あの陣地に彼女を制する事が出来る大物がいるともいう報告もない……自分で確かめるしかないか」と、煙草を灰皿へ叩き付けた。



「おい! どうした?!」バンガルド軍陣地の指揮をしている者が作戦司令本部であるテントから顔を出し、青ざめた兵の肩を揺さぶる。その者は先ほどまでロザリアの尋問をしていた兵であった。

「いやだ! あの小屋に入るのもいやだ!!」と、目を回しながら振りほどき、逃げる様に走り去る。

「なんだ? ったく、どいつもこいつも情けないヤツらだ!」と、彼は肩をいからせながらロザリアのいる小屋へと入る。

 そこにはインナー一枚で宙吊りにされたロザリアが俯いているだけであった。

「……? こんな小娘が討魔軍最強の戦士だというのか? というか、なぜこんな小娘に我が軍の兵士たちが怖がる?」と、腕を組みながら唸る。

 今迄、彼女の尋問を担当した兵らは皆、先程の者の様に頭を掻き毟り、表情を青くさせながら逃げる様に、この小屋から遠ざかった。

「仕方ない。この俺が直々に尋問するしかないな」と、溜息を吐きながら抜剣し、彼女に近づく。

 この男は今回の戦いの大将であり、バンガルド国内では名の知れた猛者であった。

 予想外に早くにロキシーに去られ、先ほどまであたふたしていた。この戦いでトール砦を落とせなかったら、彼は王からの信用を落とし、何かしらの罰を与えられる事になっていた。

しかし、国内に突如ドラゴンが現れ、戦争どころではなくなり、命令が『トール砦に睨みを効かせる為に駐屯せよ』というモノに、取り合えずは変更された為、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 そんな彼は胸に溜まった鬱憤を晴らす為、ロザリアの露わになった素肌を剣先で撫でた。このまま撫で斬りにしてやろうと腹の底で笑ったが、ある異変に気が付く。

 彼女の肌を軽く切裂くつもりだったが、傷ひとつ付かなかったのである。

「なんだと? おかしいな?」と、力強く剣先で彼女の腹を小突く。

 が、彼女の腹に刺さる様子は無く、軽くめり込むだけであった。

「どういう皮膚をしているんだ?」と、手の平に唾を吐きかけ、本格的に斬り裂こうと振りかぶる。

 次の瞬間、それに気付いたロザリアが前髪の隙間から目を覗かせる。


「やるつもりか……?」


 その瞳から凄まじい殺気が放たれる。

「ぬ?! これが原因か?!」と、大将はその殺気を受け止め、踏み止まる。

 彼も彼女に負けず劣らず修羅場を潜って来た男であるため、多少の殺気にはビクともしなかった。

「たかがこれくらいの威圧で、この俺が……」

「ひとりにしてくれないか?」と、ロザリアはため息と共に全身から禍々しい殺気を全開させ、それを全て相手に浴びせかける。

 それが全て大将の素肌に突き刺さり、死のイメージが全身に沁み込んでいく。

「う、うわぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ!!!!」ズボンを濡らして剣を取り落とし、彼も先ほどの兵士の様に小屋から逃げて行った。

 それからロザリアは小さなため息ひとつで再び俯いた。



 作戦室の扉が勢いよく開き、そこからアリシアが飛び出す。

「ラスティィィィィィ!! 久しぶりぃぃぃぃぃ!!」と、彼の胸に飛び込む。

「うぉ! お、お、おぅ!」急に現れたアリシアに仰天し、目を泳がせながら頭を混乱させる。この砦に彼女がいるのは知っていたが、まだ心の準備が出来ていなかった。

 そこへヴレイズとエレンが現れ、腑に落ちないような表情を見せる。

「俺らと再会した時はあんなにはしゃいでなかったのになぁ……」

「ズルいですよラスティーさん……」

「いやいやいや! 2人と再会した時はこんな事できる余裕がなかったし……じゃあオリャ!!」と、今度はヴレイズの胸に飛び込んで顔をグリグリと擦り付け、最後にエレンの胸にダイブし、ぎゅっと抱きしめる。

「再開のやり直し! これがやりたくてラスティーを待っていたんだよぉ!!」

「はいはいわかりました! もう満足、いや……まだまだ足りないです!」と、強く抱きしめ返す。

「変わってないな……変わったのは髪型だけか?」ラスティーは微笑ましそうに腕を組みながら、ホロリと流れる涙をこっそり払う。

「だが凄まじく成長しているぞ。俺以上にな」と、ヴレイズは彼の隣に立ち肩を掴む。

「先の戦いはご苦労だったな。少数で魔王軍最強の軍団長を相手させてしまい、申し訳ないが……俺の策には……」ラスティーは奥歯を鳴らしながらヴレイズに向き直る。

「簡単に頭を下げるなよ。司令官だろ? 確かに今回の作戦で戦死者は出たが、皆その覚悟で戦っているんだ」と、ヴレイズは彼の肩を強く叩き、頼もしい笑顔を覗かせた。

「……本当に頼もしくなったな……」

 すると、アリシアが思い出した様にラスティーの前に立つ。

「そうだ! ラスティーを待っていたんだよ!! 仲間のひとりが敵に捕まっているんだよ! しかも2日も経っている!! 早く助けに行こうよ!!」と、居てもたってもいられない様に飛び跳ねる。彼女は敵に捕まり、拷問された事があったため、放っては置けなかった。

「あぁ、そのつもりだ。もう少し暗くなったら行くつもりだ。そうだな……アリシアは俺と来てくれ。で、ヴレイズはバンガルド陣地の外で陽動を頼む」と、流れる様に命じる。


「私は?!」


 と、エレンは強く前に出て主張する。

「え?」

「わ・た・し・は? 折角4人集まったんですから、久々に4人でやりたいでしょう?!」と、エレンも飛び跳ねる。

「おま、医療責任者だろうが……じゃあ、一緒に潜入してくれ。ロザリアが大人しく敵に捕まっているのが腑に落ちない。エレンの相談を欲しているかもしれない」

「はい!!」と、エレンは元気よく敬礼する。

 そんなやり取りを少し嫉妬する2人が耳を大きくしながら聞いていた。

「羨ましいなぁ……俺もあの中に入りたいなぁ……」指令室の外で壁にもたれ掛りながら、ケビンがため息を吐く。

「あの作戦だったら、俺も参加してもいいと思うが……」と、大型ボウガンを傍らにディメンズも首を振る。

「だが、あの中に入るのは野暮だな……今夜は大人しく酒でも飲むかぁ」

「呼ばれていないが、俺は一応、救出作戦を見届けておこうかな」と、ディメンズは大型ボウガンを担ぎ上げる。

「それも野暮じゃないか? あの4人には必要ないだろ? 俺の酒に付き合えよ~」

「いや、俺には見届ける義務がある。保護者代理みたいなもんだしな」と、ディメンズは小声で呟きながらその場を静かに去った。

「ふ~ん……じゃあ俺はそれを肴に呑ませて貰おうかな~」と、彼も大剣を担ぎながらディメンズの後を追った。

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