43.3人と1人の救出作戦
「キャメロンさん……」診療室の奥でヒールウォーターバスに浸かって傷を癒す彼女の傍らで、部下であるエルが看病をしていた。
そこへラスティーが現れる。
「酷くやられたんだってな」と、置かれたカルテを手に取ってパラパラと捲る。
「……すいません……」と、力なく俯くエル。
「いや、今回の作戦は早々にひっくり返され、キャメロンらが臨機応変に戦い、そして彼女が無理に突っ込み過ぎたという報告がある。お前たちのせいではない。治療はアリシアの補助もあり、順調の様子だな」と、カルテを机に置き、エルの肩に手を置く。
「指令……」
「よく頑張ってくれた。相手はあのナイトメアソルジャーだ。お前たちが守りに徹してくれたお陰で策が上手く行きそうだ。お前も無理せず、ゆっくり休むと良い」
「はい……」と、エルは答えながらもキャメロンの傍から動く様子は無く、じっと彼女を見守る。
そんな彼を見ながらラスティーはその場を離れ、他の怪我人に挨拶をしながら見て周り、また指令室に戻ってくる。
「……魔界の軍団長ロキシー……次に戦う事があれば、こうは上手くいかないだろうな……」と、拳を固く握り込んだ。
その日の夜、手筈通りアリシアとラスティー、エレンはバンガルド軍陣地手前10メートル地点の茂みに潜んでいた。
「さ、ロザリアさん救出作戦です! 張り切っていきましょう!」と、エレンは小声ではしゃぎ、力強く立ち上がる。
「しーっ! 一応ここは敵の巡回パトロール範囲なんだから!」アリシアは彼女の口を押え、無理やりしゃがませる。
「と言っても、なんだか陣地内の様子が妙だな? 纏まりが無いというか……覇気がないというか……」と、ラスティーは目を凝らして観察する。
そんな彼を横目で見て、アリシアが首を傾げる。
「そう言えばラスティーって司令官なんだよね? そんな人が易々と現場に出ていいの?」
「言っただろ? 折角4人が集まったんだ。俺も久々に身体を動かしたいし、それに……」
「「それに?」」と、アリシアとエレンが彼の目を同時に見つめる。
「目的はロザリアさんだけじゃないからな、俺は」
「それはどういう意味ですか?!」エレンは声を上げ、彼に詰め寄る。
「コラ、声が大きい!」と、またアリシアが彼女の口を押える。「どーいう意味?」
「なぁに、せっかく敵軍陣地に潜入するんだ。情報のひとつやふたつ、持ち帰らなきゃな」
「相変わらずなんだね、ラスティーは」と、アリシアは呆れた様に小声で笑う。
「そうですね、彼は変わりません」エレンもクスクスと笑う。
「なんだよ。まるで成長していないみたいな言い方だな……」
「そんな事はないよ。さ、そろそろ合図を送ろうか!」と、アリシアは遠く離れたヴレイズに小さく鋭い光で合図を送った。
「なぁにが4人一緒にやろう、だ。俺だけひとりで囮かよぉ~ ……いつもこんなんだよなぁ……俺」と、不貞腐れたように横になり、鼻くそを穿る。
そんな彼の100メートル向こうでは、3人が茂みでワチャワチャとしているのが見え隠れしていた。
「あー楽しそうだなぁ! チクショウ!」苦み走ったような表情で大きく唸り、アリシアからの合図を今か今かと待つ。
すると、遠くから彼女からの細い光が届く。
「っしゃあ! 行くぞ!!」ヴレイズは赤熱右腕を灯し、全身に魔力を漲らせて夜空高く舞い上がる。
次の瞬間、星瞬く空が夕焼けの様に真っ赤に染まり、バンガルド兵全員が見上げる。
「ドラゴンだ! ドラゴンが現れやがったぁ!!」
兵たちは皆、武器を手に取り、真っ赤な夜空を見上げた。
「ドラゴンでもなんでもい! 鬱憤晴らしてやるぜぇ!!」と、赤熱右腕を大きく膨張させ、陣地の手前の大地に着地し、轟音と共に火柱を上げる。
「さ、存分にオトリ、やらせてもらいますかぁ!!」
「楽しそうにやってるなぁ~ あいつら……」ディメンズは小高い丘の上から大型ボウガンのスコープから騒ぎを覗き込む。ヴレイズの暴れっぷりと、ラスティー達の潜入を交互に眺めながら楽し気に鼻歌を謳う。
「そう言うあんたも楽しそうだな」背後の小岩に背を預けながらケビンが酒を傾ける。
「まぁな。お前はどうなんだ? 楽しんでいるか?」と、横目で背後のケビンに目をやる。
「俺はどちらかと言えば、身体を動かして楽しむ方だから、微妙かな」と、もう一杯煽りながらディメンズの隣に座り、もうひとつのグラスを取り出す。
「ん?」
「あんたも一杯やるか?」
「……おぅ。貰おう」と、差し出されたグラスを手に取り、遠慮なく酒を頂く。
「それにしても、本当に楽しそうだ……あの4人」と、スコープ無しでもクッキリと見えるケビンの目は、彼らをしっかりと捉えていた。
「ちょっと派手過ぎないかぁ?」ヴレイズの爆炎の衝撃波を肌で感じながら口笛を吹くラスティー。彼は素早く木柵の隙間を潜り抜け、あっさりと陣地内に入り込んでいた。
それに続いたエレンは脚を縺れさせて転びかけるが、それをアリシアが手助けする。
「大丈夫?」
「はい、久々に走ったもので……すいません」
「無理しないでね。それにしてもヴレイズったら、張り切り過ぎじゃない?」と、真っ赤な火炎弾が降り注ぎ、爆音が鳴り響く。
しかし、この騒ぎのお陰で陣地内にいるバンガルド兵は殆ど出払い、残った者は少しばかりの警備のみであった。
「さて、ここか」と、捕虜を捉えてくために建てられた小屋の前に立ち、錠前を風魔法で断ち切り、開く。
そこには宙吊りになったロザリアが力なく項垂れていた。
「ロザリアさん、大丈夫ですか!」エレンは素早く駆け寄り、彼女の拘束を解きながら容態を確認する。
ロザリアの傷は応急処置が施され、殆ど完治していた。拷問された様子は無く、痣ひとつ付いていなかった。
「良かった……無事で……」と、彼女の中の水分を読み取り、ある程度の事情を悟る。
「何かわかったか?」彼女が読み取ったのに気付くラスティー。
「どうやら、敵から故郷の事を聞き、大きな迷いが生じているようですね……そして、彼女……元の彼女であるアスカが、ロキシーや魔王と共に旅をしたという話を聞かされ、混乱しています」
「ロキシー……魔王と共に? それは本当か?!」ラスティーは耳を疑うように驚く。
「えぇ……とりあえず、精神安定魔法を……」と、水魔法のミストで彼女を包み込む。
すると、ロザリアは少し霧が晴れた様な表情を覗かせながら顔を上げた。
「指令……エレンさん……すまない」
「なぁに、相手はあの、」ラスティーが言いかけると、それを遮る様にロザリアが前に出る。
「私はこのまま、ヤオガミ列島へ向かおうと思っている……」
「ロザリアさん……」彼女の考えを読み取っていたエレンは力なく俯く。
「ヤオガミ列島へ?!」ラスティーはまた目を丸くして驚く。
「……そこで私の中の迷いを晴らしたい……このままでは、ただ皆の脚を引っ張るだけだと思う」と、歯痒そうに口にするロザリア。
彼女は最近、己の中にある迷い、躊躇に悩まされていた。それを晴らすには故郷であるヤオガミ列島へ戻り、迷いを打ち払うしかないと考えていた。
それ故、魔王軍の手によってヤオガミ列島へ連行されるのは渡りに船であった。
「しかし、私は皆を守りたい。ここに残って……」
そんな彼女の目を真面目に見つめながら、ラスティーは何か結論を付けたのか納得した様に頷く。
「よし、わかった。ロザリアの意志を尊重しよう。俺が問いたいのは……魔王軍の手によってヤオガミ列島へ行きたいか、それとも自分の脚で向かいたいか、だ」
「それは勿論、自分の脚で向かいたい!」ロザリアは力強く立ち上がり、拳を握り込む。
「よし、なら話は早い。兎に角、ここでやる事を済ませて戻るぞ!」
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