35.ガルバルオ平野の戦い 前篇

 突如現れたドラゴンはディメンズたちのいる丘上へ狙いを定め、火炎を放った。

「マジかよ! よりによって俺たちかよ!!」と、ケビンはディメンズの前に出て火炎を大剣で防ぐ。凄まじい温度である火炎放射は大剣を真っ赤に赤熱させる。

「くそ! この状況ではロキシーを狙い撃つのは無理だな!!」と、ディメンズは作戦中止の合図を送るための照明弾を撃ち上げ、狙いをドラゴンに変える。

 彼は狙撃用スナイパーボルトをドラゴンの目に向かって撃ちながら背後へ距離を取る。撃ち込まれた矢は正確に目に向かって飛んだが、灼熱の炎には勝てずに寸でのところで消し炭になった。

 ケビンは炎を掻い潜って跳び、ドラゴンの頭上目掛けて大剣を振り下ろす。

「こぉの、化け物がぁ!!」

 しかし、彼の刃はドラゴンの頭を斬り裂く事が出来ず、頭蓋どころか鱗すら断てずに弾かれる。

 ドラゴンは首をくねらせてケビンに狙いを定め、大口を開いて牙を光らせる。

「狙いは俺か?! なんでぇ?」と、大剣で牙を受け止め、そのままケビンは上空へ運ばれる。

 彼は気付いていないが、ドラゴンの正体である元黒勇隊でありドラゴンコンプレックスを持つレッドアイは、ケビンに倒された事を色濃く覚えており、本能的に彼を狙ったのであった。

 漆黒の鱗を持つドラゴンはケビンを口から離し、空中に舞った彼を容赦なく火炎放射で焼き払った。灼熱の火炎は彼を焼き尽くし、更に一瞬で酸素を燃え上がらせ彼の呼吸を奪い、窒息させた。

 丸焼きになったケビンはそのまま力なく落下し、大地に叩き付けられてバラバラに散り、大剣だけが無傷で地面に突きたてられる。

「あいつ、流石に死んだか? 次は俺か?」と、ドラゴンから目を離さず次弾装填しながスコープを覗き込む。

 しかし、ドラゴンは何か満足したのか宙返りしながら咆哮し、再び東の空へと飛んでいってしまう。

「……一体なんだったんだ……くっ」と、ディメンズは再びこの丘からロキシーを狙い撃つことが可能か確かめる為に所定の位置に着く。

 スコープを覗くと、ロキシーと目が合い不敵な笑みを確認し、ディメンズは逃げる様に丘上から離れる。

「だよな……作戦は失敗だ……」



「……接敵する前に終わったか……ここで時間を稼ぐ意味もない……作戦失敗だ」ロザリアは遠くで起こる騒ぎで悟り、キャメロンの肩に触れる。

 しかし、彼女は奥歯をギリギリと鳴らし、殺気を漏らしながら凄まじい形相で彼女を睨んだ。

「このまま退けと?!」キャメロンは興奮で鼻息を荒くさせる。

「囮の意味も、ここで戦う意味もないだろう?」

「でも、あのロキシーが眼前にいる! それが戦う意味だぁ!!」我慢ならないのか、冷静な判断が出来ないのか、キャメロンは目を血走らせながら吠える。

 すると、ヴレイズが彼女らの間に割って入る。

「ここで戦わないと、このまま砦に退くんだよな? そうしたらどうなる? そのまま砦も大地魔法で揺さぶられ、呆気なく破壊され、ナイトメアソルジャーに揉み潰されるだろう。そうなると、ロキシーとバンガルド国の思うがままだろ?」と、目を鋭くさせながら口にする。

「皆を守る為には、ここで戦うしかないと言う事か……」ロザリアはロキシーのいる方角へ首を向ける。

 ナイトメアソルジャーは勝ち誇る様に、ゆっくりとキャメロンらの方へと歩み始めていた。

「急な作戦変更による戦いは初めてではない! ヴレイズのお陰でとりあえずは皆、士気を落とさずに闘える状態だし、問題は無い! 突撃するぞ!!」キャメロンは腕を掲げて合図し、全力前進と命じる。

 皆、雄々しい掛け声と共に駆け出し、馬を奔らせる。大地が揺れ、怒号が飛び、3000の漆黒に対して1500が槍の様に突撃する。

「あら、来るの?」それに対し、ロキシーは意外そうに驚きながらも余裕の笑みを漏らす。指を怪しく動かし、小さな魔力で合図を送る。

 すると、ナイトメアソルジャーの目が真っ赤に光り、駆け始める。

 あっという間に軍同士の間合いが潰れていき、ガルバルオ平野での戦いが始まる。



 キャメロンが次の合図を送ると、前衛の者らが一斉にフラッシュグレネードを投擲する。宙を舞うグレネードを風使いが魔法で操り、それをナイトメアソルジャーの前衛向かって飛ばす。

 光が炸裂し、ナイトメアソルジャーらを包んでいた闇が一瞬で消し飛び、当てられたものは皆、ただの泥人形へ変わる。

「一気に叩き潰せぇ!!」と、キャメロンは飛びかかり、泥人形を一気に10体捻り潰す。

 ヴレイズも火炎熱線を薙ぎ払い、数百もの泥人形を切断する。

 ロザリアは潰れた泥人形を踏み越え、まだ闇を纏っているナイトメアソルジャーへ斬りかかる。

 彼女の振りに魔法は関係ないため、容赦なく無敵の兵隊を斬り捨てていく。

 そこから勢いが増していき、キャメロンの次の合図で更にフラッシュグレネードを投擲し、1500の兵らは次々とナイトメアソルジャーを粉砕していった。

 ナイトメアソルジャーは予測しにくいクネクネした動きで襲い掛かり、兵らに傷をつけ、隙を見せたモノは容赦なく急所を貫いたが、それでも闇の守りを無くした故に脅威は半減していた。その為、本来の実力の半分も見せることなく次々に土塊へと戻って行った。

 戦いが始まって1時間弱ほどでナイトメアソルジャーの数は10分の1に減っていた。

「意外と楽勝だったか?」ヴレイズは首を傾げながらも赤熱拳で泥人形を潰す。

「油断は出来ないが……こんなものか?」噂に聞いていた手応えが無く、ロザリアも不思議そうに唸る。

「このまま進み、ロキシーの首を獲るぞ!!」勢いに乗り、キャメロンは次の掛け声で更に前進させ、最後の一塊を全滅させる。

 結果、フラッシュグレネードを使いきる前に3000を残さず全滅させ、高らかに声を上げる。

「こちらの被害は?」ロザリアが問うと、衛生兵長が前に出る。

「怪我人は200程。戦死者は50程です」

「そうか……戦死者は持ち帰り、けが人は……」

「それが妙なのです。怪我人の傷口の中に、黒く変色している者がおり、その傷だけはどれだけ回復魔法を施しても塞がらないのです」衛生兵長が不思議そうに口にし、頭を掻く。

「なに?」

「怪我人は砦へ戻し、戦えるものはこのまま続け!! これを機にロキシーを倒すぞ!!」と、キャメロンが合図をしようと腕を掲げる。

 すると、次の瞬間、再び正面の大地が黒く染まり、先程と同じようにナイトメアソルジャーがにょきりと生えてくる。

「……なに?」目を疑うキャメロン達。

 動揺する軍を双眼鏡で確認したロキシーは不敵に微笑む。

「だ~か~ら、ナイトメアソルジャーって呼ばれるのよ」



「成る程、3000を片付けても、次の3000が来るわけね……道理で無敵の筈」キャメロンは怒りの表情のまま呟き、拳を握りしめる。

「どうする。このまま戦えば確実に不利になるぞ。フラッシュグレネードの数も少ない」ロザリアは冷静に分析して口にしながらも大剣を構える。

「それに先ほどの手応え……こいつらただの泥人形じゃないぞ。泥にしては粘り気があり、俺たち以外の兵では、倒すのは困難だ」と、ヴレイズも戦いの中で得た情報を口にする。

 ナイトメアソルジャーは、興奮で猛った兵の一撃なら問題なく切裂ける強度であったが、疲れを見せた兵の攻撃では一撃で断ち切るのは難しく、隙を見せた瞬間そのまま数の暴力で飲み込まれるのは必至であった。

「……そうね、このままでは最悪、全滅ね……なら、全軍一時撤退! 殿はあたしとヴレイズ、ロザリアとフラッシュグレネードを持つ者、それと光使い!」と、素早く命じて撤退を開始させる。

 すると、その中からエルと数人の光使いが前に出て、手に光を蓄える。

「どこまで通じるか分かりませんが、頑張ります!!」

「危なくなったら逃げな……そして、ヴレイズ、ロザリア……」キャメロンは正面を向いたまま口にする。

「なんだ?」

「あたしはひとりで突撃する……あとは頼んだ!」と、キャメロンは炎の翼を生やし、一足飛びで天空を舞い、ナイトメアソルジャーの後方へと回り込んだ。

「あいつ!!」意表を突かれたヴレイズは仰天し、あとに続こうとするも、残された殿の兵たちを残して向かう訳にもいかなかった。「くそ! なんて隊長だ!」

「キャメロンを信じて、私は戦うだけだ! 行くぞ!!」と、ロザリアも駆け出し、前方に生えそろったナイトメアソルジャーの首を一瞬で薙ぎ払う。

「やるしかないか!!」と、ヴレイズは両手に炎を滾らせ、彼女に続いた。

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