34.ひっくり返される戦場

 ガルバルオ荒野が夕日に染まる頃、キャメロン達の遥か向こう側の大地が不自然な黒に染められる。そこから様々な甲冑を象った兵が生えてくる。

「あれがナイトメアソルジャー……」ヴレイズは全身に魔力を巡らせ、いつでも全力で飛び出す準備をする。

 ロザリアは黙して腕を組んだまま待ち、鋭い瞳で不気味な大地を睨む。

 キャメロンは深く息を吐き、全軍に合図を送る様に片腕を上げる。

「いい? あくまであたし達の役目は時間稼ぎの囮! 一歩も前に出るな! 次の合図でガルバルオ荒野のトラップ地点まで退くよ!」冷静に今言うべき指示をするが、彼女の心臓は裏腹に大きく高鳴っており、漆黒の大地の向こう側にいるロキシーに向かって殺気を飛ばしていた。

 3000のナイトメアソルジャーが生え揃い、それぞれが両腕に武器を用意する。ある者はしなやかな鋭い槍を、またある者は岩をも砕く槌を、さらにある者は鋸の様な大剣を腕に具現化させ、ロキシーの合図を待つ。

 それと同時にガルバルオ荒野が激しく震え、キャメロンの軍を威嚇する様に地響きを上げる。

「なに? ここから何をするつもりだ?」キャメロンは周囲を観察し、異変がないかチェックをする。が、眼前では何も起こっておらず首を傾げる。

 すると、隊列の最後尾から声が上がり、恐怖が伝播する。

「何事だ!!」


「お伝えします!! ガルバルオ荒野が真っ平らになりました!!」


「なんだと!!」と、キャメロンとヴレイズは同時に飛び上がり、罠を仕掛けた地点へ双眼鏡を向ける。

 なんとそこには入り組んだ地形は無くなり、荒野ではなく平野がだだっ広くひろがっていた。

「こう言う事か……ナイトメアソルジャーが無敗の理由は……地の利は掴ませないと! 策をひっくり返してから来るわけか!!」キャメロンは奥歯を噛みしめながら着地し、次の策を即興で考える。

「どうする? 指示をくれ!」ヴレイズは勝手に動きたい衝動を我慢し、キャメロンに指示を乞うた。

「砦まで退くか?」ロザリアは殿を務める気満々で口にする。

「いや、ここで踏み止まり、ディメンズがロキシーを撃つまでが任務……ここを動くわけにはいかない! この事態は彼も察している筈! ここは踏み止まる!!」と、キャメロンは軍団長らしく声を上げる。

 しかし、安心安定の地形を用いた策を戦いが始まる前から潰された事により、軍全体は恐怖で凍り付き、委縮していた。今にも逃げ出したい様に膝を震わせ、鎧をカチャカチャと鳴らす。

 すると、ヴレイズは腕にサンサの炎を纏わせ、軍全体を淡く覆う様に放出させる。その炎は肉体を焼くためのモノではなく、心を温める為のモノであった。

 その暖かさは軍全体に広がり、恐怖の寒気を取り除き、冷えた筋肉を熱くさせ、心拍を上げさせた。

「今のは?!」キャメロンは目を丸くさせて彼を見る。

「エレンからヒントを教えて貰って編み出した、精神安定魔法だ。これで委縮した心を回復させた。とりあえずは戦えるだろう」

「さ、さすが……よし、とりあえず連中の出鼻を挫くところから始めるよ!」と、全軍にフラッシュグレネードを手に持たせた。



 事態を遥か遠くで察知したディメンズは、冷静な面持ちでスコープを覗いていた。

「成る程……負けない訳だ。唯一時間稼ぎになる地の利を大地魔法でひっくり返し、速攻で決着を付けるわけだ」と、溜息を吐く。

「おいおい、こんなド派手な技があるなら情報を掴めそうなものだが?」背後からケビンが口にする。

「まず、ナイトメアソルジャーを相手にした軍は十中八九全滅している。キャメロンらみたいに逃げ帰れたものは、逃げる事に集中し、どんな戦法を使われたか把握できていないのが殆どだ。更に、これは俺の予想だが……ロキシーは戦い終わった後、地形を律儀に元に戻しているのだろう……」

「故に、ナイトメアソルジャーは謎のままになっているのか。で? 悠長にしている場合じゃないだろう?」と、急かす様に口にする。

「使える時間が半分以下に減ったと言ったところか……更に、ロキシーはあそこから一歩も前に出ないつもりだろう……ここから狙うのは至難の業だな」と、大型ボウガンを握り直し、使う専用矢を別も物に切り替え、風魔法を更に纏わせる。

「厳しそうだな……更に嫌な気配を感じる……ロキシーとは違う、嫌な気配を……」ケビンは目を鋭くさせ、背の大剣を握って構えた。

「そっちは任せるぞ。俺は俺の仕事はするつもりだ」と、ディメンズは遥か向こう側のロキシーに集中し、引き金に指を掛けた。



 バンガルド国の東に位置する元ランペリア国。そこは現在、闇の瘴気に包まれた漆黒の大地となり果て、人はおろか獣も寄り付かない不毛の大地となっていた。

 凡そ18年前に魔王がこの国に攻め込み、暗黒の魔法で首都を消し飛ばし、大地を闇で覆った結果であった。

 そんな場所に6カ月前、防護服を着こんだ者が数名脚を踏み入れ、瘴気の濃い首都へと入っていた。

 その者は魔王軍呪術兵器開発部門責任者のヴァイリー・スカイクロウであった。助手を3名ほど連れて、彼は大きな箱を手に瘴気が一番濃い場所である暗黒魔法の着弾地点へと向かう。

「博士、それは何です?」助手のひとりが箱を指さす。

「これか? これにはひとりのドラゴンコンプレックスに悩まされた男、レッドアイの意識が詰まっている。いわば、卵だ」と、楽し気に口にする。

 着弾地点である大地に到着し、彼は箱の中から真っ黒な塊を取り出し、大地に転がす。

 すると、塊は周囲の瘴気を凄まじい勢いで吸い込み始め、少しずつ膨張していく。

「こ、これは!!?」助手は怯える様に声を震わせる。

「素晴らしい! フィルの持ち帰った情報を元に調整した私の研究成果第2号だ! 存分に暴れてくれたまえ、レッドアイ!!」と、ヴァイリーは楽し気に両手を掲げ、大声で笑い始める。

「一体何をする気なのです、博士!!」

「君は、ドラゴンになれる!!!」



 ところ戻ってガルバルオ荒野。遥か東から咆哮が轟き、何者かが夕日に照らされながら飛来する。

「あれは?」いち早く気が付いたキャメロンは目を細め、急いで双眼鏡を手にする。彼女が覗き込み、咆哮の正体を捉えようとするが、それは凄まじい速さで飛んでおり、正体を確かめる事が出来なかった。

 それはロキシーの上空に差し掛かり、また咆哮を上げる。

「ふぅん、あれがヴァイリーの作品か……邪魔にはならないとは言っていたけど」と、ロキシーはその正体を知っているのか、興味なさそうに口にする。

「なんだありゃ?」ヴレイズも驚くように口にし、双眼鏡を覗き込む。

 その咆哮する者は漆黒の翼を広げ、真っ赤な炎を吐き散らしながら宙を舞い、何か標的を見つけ出したのか、ディメンズのいる方向へと飛ぶ。

「あ、アレは……まさか……」正体を捉えたキャメロンは腕を震わせ、双眼鏡を取り落とした。



「アレは……」スコープに写った禍々しい化け物を目にし、ディメンズは珍しく狼狽した。一瞬たりとも油断できない状況であったが、それでも予想だにしていなかった者の乱入により、彼は動揺した。

「どうした? ん? アレは……」ケビンは彼の動揺に気が付いたが、同時に禍々しい気配の正体にも気が付き、目を丸くさせる。


「ドラゴン?」


 この数百年も長生きした吸血鬼であるケビンも、今まで見た事が無かったのか、おとぎ話か絵画でしか見た事の無かった想像上の化け物、ドラゴンが眼前に現れ、流石の彼も仰天した。

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