33.迫りくる悪夢

 アリシアは女神の鎧を身に纏い、ゴッドブレスマウンテン山頂から南の空を眺めていた。

「さ、そろそろ行かなきゃ……」と、身体に魔力を纏う。

すると、鎧が彼女の魔力に反応し、光が巡り、煌びやかに輝く。

「おぅ、行ってこいアリシア!」シルベウスはメロンパン片手に胸を張り、彼女の背中をポンと叩く。

「あのぉ……シルベウス様」

「なんだ?」

「ほんとぉにこの鎧を着て行かなきゃダメ?」と、苦み走った表情を覗かせる。

「当たり前だろ? 第一印象が肝心なんじゃないか! それに見ろよ! 鎧とお前の魔力が噛み合い、凄まじい相乗効果が生み出されているじゃないか!」

「でも、恥ずかしいんだけど……この鎧、本当に嫌っ!」と、本気で嫌なのか両拳を握り込み、震わせる。

「ここでグダグダ言っている暇があったら早く行ってこい! 見た目で文句を言っているんじゃ、まだまだお前は未熟だぞ!」

「……わかりましたよぉ……」と、閉まらない表情で再び南の空へ向き直る。

 すると、彼女の見送りにミランダも現れる。胸の下で腕を組み、何か迷う様な表情を向ける。

「アリシア……本当に行くのか……」

「はい。貴女はどうします? まだここに?」

「……あぁ……」ミランダは力なく頷き、顔を背ける。

「『加勢が欲しければいつでも呼んでくれ』ぐらい言えよ」と、シルベウスがメロンパンを齧りながら口を尖らせる。

「っ……あぁ、そうですね。アリシア、何かあれば……」

「はい! その時は頼みに来ます! では……行ってきます!!」と、アリシアは山頂から飛び出し、全身から光を吹きださせ、南の空へと飛んでいった。

「頑張って来い……例え、その先に何が待っていてもな……」と、シルベウスは未来に何が待っているのか知っているかの様に口にし、宮殿へと戻って行った。

「シルベウス様……私はどうすれば……」

「ここで研鑽を詰むより、外で経験を積んだ方が良いと思うが?」

「外に何もないと判断し、私はここへ来たのです!」

「しかし、時代は変わるモノだぞ?」と、シルベウスはニヤリと笑い、メロンパンを食べ終わった。



 決戦の日の早朝。

 トール砦の門が開き、キャメロンを先頭に1500の軍が意気揚々と出発する。

 同時にヴレイズが上空を飛び、ガルバルオ荒野の偵察を開始する。

 バンガルド軍は既に進軍を開始しており、荒野の手前まで迫っていた。この入り組んだ戦地へ最初に足を踏み入れた方が不利な進軍を強いられるため、彼らは手前で止まっていた。

 ヴレイズはキャメロンの隣へと向かい、見たままの情報を知らせる。

 バンガルド軍の数は2000程であり、装備は特別な兵器を持ち合わせておらず、荒野の手前で進軍停止していた。

「この場で戦い慣れているだけあって、容易に足を踏み入れないか……」キャメロンも進軍停止を命じ、荒野の手前で止まる。

「このまま睨み合うつもりか?」ヴレイズが口にすると、キャメロンは鼻で笑う。

「冗談じゃない! あたしらのメインはこいつらの向こう側だ! ウォーミングアップには丁度いいわ! 行くぞ!!」と、腕を掲げた瞬間、1500の軍が一斉に馬を奔らせ、荒野へと突入する。

 必然的に陣形が乱れ、まとまっていた軍がばらける。

 すると、これを待っていたようにバンガルド軍が動き出し、属性使いらが前衛へと進む。突撃してくる敵を迎撃すべく炎使いが火炎を放つ。

 すると、そんな彼らの前にヴレイズが立ち、強制鎮火魔法で炎使いの魔力循環を止める。

「んなんだコレは?!」手の中で消失する炎を目にし、表情を青くする。

「悪いな!」と、ヴレイズは凄まじい熱風波を放ち、眼前のバンガルド兵らを吹き飛ばす。

 こことは反対側ではロザリアが立ちはだかり、大剣から衝撃波を放ち、バンガルド兵らを蹴散らしていた。

「命を取る気はない! 惜しくば引け!!」剛と言い放ち、この圧でバンガルド軍隊長が怖気づく。

 そして中央を突き進むキャメロンは、前言通りに暴れ込み、属性使いらを正面から叩き潰し、他の兵らを蹴散らす。

 結果、戦いは1時間弱でつき、バンガルド軍はすぐさま撤退した。

「ま、こんなもんでしょ! さ、本番が来る前に頼んだよ!」と、後方でスタンバイしていた工作兵らに分断用のトラップを仕込ませる。

「ナイトメアソルジャーはいつ頃きますかね……」キャメロンの部下であるエルが恐る恐る尋ねる。

「半日はかかるんじゃないかな? ま、そこまで時間はかからないでしょ」

「それだと、夕刻ですかね……それまで準備しなきゃ!」

「そうね、全員にフラッシュグレネードの準備をさせておいて」



 ヴレイズは荒野の向こう側まで飛び、バンガルド軍拠点を双眼鏡で観察する。魔界の軍団長ロキシーを一目見ようと目を凝らし、魔力を探る。

 拠点で一番大きなテントの中から黒いドレスを着た者が現れ、ボロボロになった隊長を目の前に鼻で笑う。あざけるような言葉を言っているのか、隊長には目を合わさず、ワザとらしく溜息を吐く。

 すると、ヴレイズの視線に気が付いたのか、彼に目を合わせる。

「おっと、流石に気付かれたか……」と、ヴレイズは口笛を吹く。

 と、同時に彼の真下の大地がバックリと割れ、怪物の口の様なモノが伸びる。

「うわっと!!」と、彼は炎を噴かせて飛び回り、大地の大牙から逃れる。

「流石、大地使い……」と、ヴレイズは回れ右をしてガルバルオ荒野へと戻った。



「アレが赤熱拳のヴレイズ、か」指先に纏った魔力を吹き消し、怪しく口元を緩める。

「ロキシー様! 連中の実力は情報以上です! いかにナイトメアソルジャーと言えど……」と、ロザリアにぶっ飛ばされた隊長が激しく唾を飛ばす。

「お黙りなさい。そうね、日が落ちる一歩手前で進軍を開始しましょう。貴方たちはここで指をくわえて見ていると良いわ」と、テントへ戻る。

 すると、彼女は何か悩む様に小さく唸りながら椅子に座り、ナイトメアソルジャーに酒を注がせる。

「あの軍の中に懐かしい魔力を感じたわね……しかし、彼女は死んだはず……しかし、もし生きていたら……」と、脚を組みながら昔の仲間の事を思い出す。「……ウィルガルムが知ったら喜ぶでしょうね……彼女だけは生け捕りね」



 罠を仕掛け終わり、陣形を整えるキャメロン軍。

 彼女らはガルバルオ荒野から先へ進み、ナイトメアソルジャーの進軍を確認し次第退き、罠へ誘い込む。予想される3000のナイトメアソルジャーを500ずつに分断し、フラッシュグレネードを浴びせて闇を弱らせ、一気に叩き潰し、時間を稼ぐ。

 そこをディメンズがロキシーを叩き、この戦いを終わらせるのが策であった。

 ここまでは順調であり、キャメロンらはまだ余裕な表情を保っていた。

 そこへヴレイズが戻ってくる。

「ふぅ……聞いていたよりも見た目は大したことなかったな。魔力も六魔道団並か? だが、どういうタイプのクラス4かにも寄るんだよな……」と、ヴレイズは腕を組みながら悩ましい唸り声を上げる。

「相手は百戦錬磨の軍団長……油断はしないように」ロザリアは釘を刺す様に口にし、大剣の手入れを終わらせる。

「あぁ……だが、少し違和感が……何か違和感があるな」

「どんな?」

「いや、今迄の経験からまた不利な状況へ叩き落とされそうな気もするんだが……具体的にどう不利になるか、俺の頭ではわからない……」

「成る程……だが、ここまで来てしまったのだ。あとは、全力で迎え撃つのみ」と、ロザリアは稲光を唸らせ、紅の鎧を輝かせる。

「頼もしいな。貴女がその調子なら、きっと大丈夫だろう」

 そんな2人を見て、キャメロンは精神統一をする様に深呼吸をし、ナイトメアソルジャーの影を今か今かと待っていた。

「いつでもこい……」

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