32.決戦準備

 次の日、キャメロン率いる1500の軍がグレーボン国とバンガルド国の国境沿いに位置するトール砦へと出発する。この砦はバンガルド国が最も欲しがっており、ここを取れば海沿いの領地を奪う足がかりとなった。

 故に、今回もバンガルド軍はこの砦を狙い、この先にあるガルバルオ荒野へと進軍していた。

 この軍の先頭には副指令のエディとキャメロンがおり、その後方には守られるような形でエレンがいた。

彼女は砦の医療責任者として、医師たちの指揮をするために同行した。

 そんな彼らの行軍をヴレイズは上空から見守り、周囲に盗賊団がいないか注意を配る。

 トール砦にはその日の夜に辿り着き、手筈通りにグレーボン軍兵士長が出迎える。

「ご苦労様です。さ、こちらへ」と、エディらを指令室へ案内する。

「ワルベルトから装備は届いていますか?」卓上に置かれた書類を手にしながらエディが尋ねる。

「はい。港に運び込まれた武器弾薬などをこちらへ移送しました。しかし、今回の小競り合いにラスティー殿の軍がお力添えしていただけるのはありがたい」相手方に魔王軍のロキシーがいる事は知らず、今回の戦いは毎度同じバンガルド軍との攻防戦だと認識していた。

「なぁに、お世話になっているのはこちらですから当然の事です。手筈通り、我々がガルバルオ荒野へ進軍し交戦。あなた方は砦で防衛戦の準備をお願いしたい。なるべく我々が追い返す様に努めますが、万が一の時には備えてください」と、滑らかにエディが口にする。

「は! 頼もしい限りです」



 ヴレイズは砦の監視塔より西の方に位置するガルバルオ荒野を眺めた。

「成る程。確かに地形が入り組み、大群では攻め込みにくいな」

 そんな彼の隣にエディがやって来て、双眼鏡を覗き込む。

「まず、前衛のバンガルド軍を蹴散らし、荒野を押さえる。で、分断用に罠を仕掛ける。西と東、そして南側に落石や丸太の罠を仕掛け、更にフラッシュグレネードの起爆罠を用意する。ナイトメアソルジャーの前衛を苦労なく全滅させ、残った連中の相手をする。10分程相手をすれば、あとはディメンズとケビンに任せてロキシーを撃つ」

「そんなに上手く行くかな……」今迄不利な戦いばかりしてきたヴレイズは、あらゆるアクシデントを予想しながら荒野を眺める。

「ボス……ラシティーの考えた策だ。きっと上手く行く」彼を信頼するエディは自信ありげに口にする。この策はエディとレイ、更にキーラたちにも意見を聞いて念入りに組み立てた策であった。

「だが、相手は魔界の軍団長と呼ばれる程の者なんだろ? ただの策が通用するか?」

「その為にヴレイズさんを呼んだのです。甘えるわけではないが、想定外の事が起きた時は、よろしくお願いしたい」と、エディは向き直り、首を垂れる。

「……そこまで自身は無いが、全力は尽くすよ」



 その頃、ロザリアは広場でキャメロンと訓練と称して立ち合い、睨み合っていた。

「……腕を上げましたね、キャメロンさん」と、ロザリアは腕を組んだまま微動だにしなかった。

 そんな彼女の周りをキャメロンが炎の翼を生やしながら飛んでいた。

「……あたしが腕を上げたその何倍も強くなるのがあんたなんだよね……流石だわ」ロザリアの凄まじい圧を感じ取り、攻め込めずにいた。

「そして……」

「そう……そんなあんたよりもあのヴレイズは強い。全く嫌になるわ」と、チラリとロザリアの隙を見つけ出し、そこへ向かって蹴りを放つ。

 が、ロザリアはそれを待っていたように蹴りを受けて掴み、そのまま地面に叩き伏せる。

「……キャメロンさんの中に憎悪を感じます。この怒りは……戦場には持ち込まないで頂きたい」彼女の心中を察したのか、鋭い眼差しで睨み付ける。

「……悟られたか」と、庇い手を摩りながら鼻息を鳴らす。彼女の中にはロキシーへの復讐心が沸々と煮えたぎっていた。

「憎しみは原動力にはなりますが、戦場ではかえって隙が生まれます。今回の戦いで持ち込まれると、全軍に伝播し、陣形が乱れるでしょう」

「わかってるよ……皆に迷惑はかけない。でも、あたしはそこまで器用じゃないんでね……」と、キャメロンは頭を掻きながら背を向け、溜息を吐きながらその場を去った。

「ご安心を……私がカバーする……しかし……」と、腰に挿した刀を握る。力強く抜刀しようと構えるが、今回も頑固に抜ける事は無かった。



 その頃、ディメンズはガルバルオ荒野を見下ろせる丘へ辿り着き、そこで準備を進めていた。そんな彼の後ろのはケビンが控え、彼の準備を伺っていた。

「あんたの作戦は?」

「下の戦いの様子を伺い、最初の3000のナイトメアソルジャーの陣形が崩れ、ロキシーがムキになって隙を作った瞬間に俺が一発キツいのをぶち込む」と、ボウガンの矢先に付ける弾頭を見せる。これは炸裂すると封魔の破片がばら撒かれ、一発でもあたるとクラス4の使いで手も一瞬で魔力循環をストップさせるほどの強烈な代物であった。

 しかし、ケビンは納得できない様に唸り口を開く。

「魔界の軍団長が、そんな簡単にムキになるのか?」

「俺はあいつの事は知っている。自分の思い通りならないと直ぐに熱くなり、隙を晒す。その癖は、何年経っても治らないだろう」

「もし治っていたら?」

「いいや治っていないね。そこの所はワルベルトから情報を得ている」

「どんな情報だ?」

「ロキシーは戦いに置いてはここ数年、取り乱したことはないが……自分の領地を治める際、色々な問題を抱えて一度や二度、部下の前で取り乱したことがあるらしい。それも、今年に入ってからな。それを聞き、まだ治っていないと踏んだのさ」

「成る程。ま、俺がバックアップをするんだ。安心してやるといい」と、ケビンはその場に寝転がった。

「期待しているぞ、吸血鬼」と、ディメンズは大型ボウガンの組み立てを完了させて寝かせ、カモフラージュシートを被せた。



 その日の真夜中、ヴレイズは砦の診療室へ立ち寄る。

 エレンはそこでグレーボン軍の医師に設備や置いてある薬品の説明を受けていた。

「成る程、ありがとうございます。もしもの時はよろしくお願いします」と、丁寧にお辞儀をした。

「よ、エレン。そろそろ休まないのか?」と、ヴレイズは彼女の様子を覗き込む。エレンは再開した時から目の下を少し黒くさせ、疲労を溜め込んでいると彼は気付いていた。

「いいえ。薬棚の確認をして、明日に備えて患者の受け入れ準備をしてから……」と、キビキビと動きながら口にする。

 すると、ヴレイズは彼女の腕を掴み、心配そうな目を向ける。

「痩せたな。この2年で、随分苦労した様子だ……」

「……あの時の無力な思いは二度と御免なんです……死にかけた貴方やアリシアさんを目の前にして、どちらかの命を諦めるなんて……あんな事は二度と!」と、強い眼差しを向ける。

「その分、腕は相当上げたみたいだ……頼もしい」

「えぇ。でも、あんな無茶な事はしないで下さい」

「なぁに。そこの所は、俺も腕を上げているからな。それに……」と、サンサの炎を腕に纏い、彼女を優しく包む。彼は疲労を軽減させる効果を持つ回復の炎を作り出し、彼女の疲れを癒した。

「これは……?」自分の回復魔法とはタイプの違う疲労回復効果を体験し、目を泳がせる。

「俺も、回復魔法の勉強はした。現場ではある程度任せてくれ」

「流石ヴレイズさん……明日はよろしくお願いします」

「あぁ!」と、ヴレイズは腕を掲げて自信に満ちた表情を向けた。

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