31.迫りくる決戦

 作戦司令室を後にしたヴレイズは、遅めの昼食を摂る為に食堂へと向かう。そこには見慣れた先客がおり、美味そうに色物ハンバーガーを食していた。

「久しぶりだな、ケビン」と、彼の正面に座り、フライドポテトを一本摘まむ。

「よ、昨日は見事だったな」ロザリアとの模擬戦を観察していた彼は、ヴレイズの成長ぶりを感心していた。

「相変わらずこんなモノを食べているのか」

「おや? 俺の記憶ではお前も美味そうに食べていたよなぁ?」と、美味そうにバーガーを頬張る。

「そうだったっけ? 甘しょっぱくてボリューミーだったな」と、2年ほど前の事を思い出す。

「そう言えば、フレインに会ったが……詳しく話してくれないか?」と、少し苦々しそうに話題を変える。アリシアとの約束で、彼女がヴレイズを助けた事については話さなかった。

 ヴレイズはヴェリディクトとの事を話し、フレインに何が遭ったのか、今迄どうしたのかを話す。

 ケビンはチャチャを入れず、ただ黙々と聞き入り、ハンバーガーを食べ終わる。

「……辛いな……多分、フレインはまだあいつと一緒に行動しているんだろうな」

「あぁ……数か月前にチラリと再開した……」と、黒い炎を滲ませた彼女を思い出し、目を固く瞑る。

「諦めてないよな?」

「当たり前だ。今回の作戦を成功させ、魔王軍を打倒し、そして……」と、拳の中で炎を揺らめかせた。

「大変なのを敵に回したな……お互いに」と、ケビンも自分の父を思い出し、静かにため息を吐く。

「でだ。今回の作戦にケビンも参加して欲しいんだが……」

「俺はここのボスからある事を頼まれているんだ。ディメンズっていうオッサンのプランの手伝いだ」彼はラスティーに腕を見込まれ、重要な役どころを任されていた。

「そうなのか……こっちの囮の方が向いている気がするが?」ケビンの持つ不死力は今回の作戦にうってつけだと思い、彼は頼んだのだった。

「俺もそう思ったが、ラスティーさんはお前を相当信頼しているから、大丈夫だとよ」

「……未知の敵相手にどれだけ立ち回れるか不安だが……そこまで期待されたら、応えるしかないな」



 その日の夜、ヴレイズは作戦を共にするキャメロンの軍のいる兵舎へと向かった。

「あ、ヴレイズさん! 明後日はよろしくお願いしますね!!」と、エルが現れ、敬礼する。

「おぅ、よろしく」と、兵たちの魔力や熱を調べ、実力の程を確認するヴレイズ。

 キャメロンの指揮する兵たちは、皆よく訓練されており、ひとりひとりの実力が高かった。1500の兵たちの3分の1は何かしらの属性の使い手であり、国内外でも恐れられる軍団であった。

「うん、良く鍛えられているな」と、安心する様に頷く。

「あんた程じゃないわね。今度、鍛えてあげてよ」と、いつの間にか彼の背後をキャメロンがとる。

「教えるのは少し苦手かな?」と、頭を掻くヴレイズ。実際、共に旅して鍛えていたミシェルはヴレイズの言う事を半分も理解できていなかった。そんな彼女は今、ロザリアに張り付き、修行の技術を必死になって盗んでいた。

 そんなヴレイズとキャメロンが揃うと、いつの間にか周囲を囲まれる。

「キャメロンさんとヴレイズさんが揃った!」

「どっちの方が上なんだ!?」

「やはりキャメロンさんだろ? 何せロザリアさんに次ぐ実力の持ち主だぜ?」

「でも、そのロザリアさんが手も足も出なかったって聞いたゾ?」

 と、周囲の兵たちが騒めく。

「あ~あ……どうする? あたしは構わないけど」と、涼しい顔ながらも全身に魔力を込める。

「作戦の時に、貴女がどう立ち回るか見ておきたいしな……」と、口にした瞬間、彼女の蹴りが飛んで来る。ヴレイズはそれを左腕で受け、一歩退く。「鋭い蹴りだ事」

「ロザリアに勝てたからって、いい気にならないでよ? あたしと彼女は、互角だし、戦闘タイプも違う!」昨日の発言とは違い、虚勢を張るキャメロン。背中から炎の翼を生やし、夜空を舞う。

「ならこちらも言っておくが……同じ属性使い同士の戦いは、実力差が物を言う」

「何? あんたの方が上だとでも言うの?」と、弾丸の様な炎の羽根を飛ばす。

 ヴレイズは左腕を翳すだけでそれを掻き消し、挨拶代わりにと威力調整をした熱線を放つ。

 キャメロンはそれを炎の翼で防ぎ、錐揉み回転しながら着地する。

 それと同時にヴレイズが間合いへと入り込み、赤熱右腕を生やして彼女の眼前へ翳し、衝撃波を放つ。

 キャメロンは鼻血を噴きながら吹き飛ばされるも、そのまま受け身を取りながら上空へと逃げる。

 その逃げた先へヴレイズは一瞬で回り込み、彼女の首筋に左手を置き、鋭く殺気を込める。

「ぐっ……」自分の敗北を悟り、ゆっくりと着地しながら両手を上げる。

「確かに、ロザリアさんとはタイプが違うな。それに、彼女に負けてない」

「慰めのつもり? ま、明後日の作戦の励みにはなるか……」と、鼻血を拭いながらため息を吐く。

 その決着を観た兵士一同は納得した様に声を上げ、再びヴレイズの周りに集まった。

「またかよ……勘弁してくれ……」



 本部から離れた小高い丘に小さなキャンプがひとつあった。そこへ大剣を担いだケビンが向かい、テントを捲る。

 そこには身の丈程あるボウガンの手入れをするディメンズがいた。煙草を咥え、煙を燻らせながら振り向き、ケビンの目を見る。

「おぅ、お前が噂の吸血鬼か。明後日、いや3日後になるな。背後はよろしく頼むぞ」

「あんたはどう立ち回る気だ? あんた自身の口から聞きたいんだが?」

「……ロキシーとは2度ほど戦ったことがある。魔界の軍団長となる前のあいつ。そして、ランペリア国に攻め入った時のあいつ……あの時は、相棒と立ち回り、上手くナイトメアソルジャーを打ち負かしていったが……魔王の実力を知り、俺は相棒に助けられて命を拾った……」

「相当な実力なんだな、あんた」

「いいや。相棒が強かっただけだ。魔王に勝てるとしたらあいつだけだっただろう……」と、ボウガンに装填する矢の手入れを始める。それは魔力に反応して炸裂するタイプの矢であった。

「どうかな? アリシアさんなら勝てると俺は信じているが……」

「アリシア? ……確かに、あいつの娘なら」

「娘?」

「あぁ。俺の相棒、エリック・ヴァンガードとナイア・エヴァーブルーの娘だ。その娘が、どれだけの力を身に着けたかは知らないが……期待は出来そうだな」

「そうか……彼女は中々にとんでもない両親の娘なわけだ……納得したよ、あの心の強さ……」と、ケビンは静かに笑った。

「で、お前はどう立ち回ってくれるんだ?」

「あんたの動きに合わせるさ」

「出来るのか?」と、ケビンの表情を伺いながら問う。

「少なくとも、あんたの経験した数倍の修羅場は潜って来たつもりだ。期待してくれ」

「そうか、そう言えば吸血鬼だもんな。人生の大先輩だな」と、彼の前にグラスを置き、酒を注ぐ。「血以外は飲めるか?」

「俺はただの吸血鬼じゃないんでね」と、遠慮なくそれを飲み干し、熱い息を吐く。

「よろしく頼むぞ。今回の作戦で今後が決まるんだからな」と、いうとディメンズは再びボウガンへ目を戻し、調整を続けた。

「俺も、得物の調子を診ておくか」と、大剣を抜き、乾いた布で刃を拭く。



 深夜、ラスティーはレイとエディ3人で作戦の最終確認を行っていた。

「今回は、グレーボン国にも賢者にも、ロキシーがこの国にいる事を知られてはいけない。どちらかと言うと、情報が漏れない様に労力を割いている。それ程に、バンガルド国の弱みは握らなければならない。今後の南大陸同盟の、そして全世界を同盟の輪に引き入れ、魔王軍を孤立させる為に」ラスティーは煙を吐きながら口にし、煙草を灰皿に叩き付ける。

「バンガルド国を丸め込めば、自然に周囲の国々も同盟に参加するな。だが、リノラースの援護ぐらいは受けたいな」と、エディは悩ましそうにため息を吐いた。

 リノラースは口約束とはいえ、呼ばれればいつでも援護へ駆けつけると胸を張った。

「彼は来るべき決戦に参加して貰うつもりだから、それまで手は借りないつもりだ」と、レイは書類を捲りながら口にする。彼はキャメロンの軍が入る砦に運び込まれた物資のデータを確認していた。

「あぁ……デストロイヤーゴーレム攻略には彼の力が必要だからな……」と、ラスティーはまた難しそうに唸りながら煙草を咥え、火を点けた。彼は今回の作戦のその先の戦いに目を向け、ナイトメアソルジャーよりも得体の知れない魔王軍の秘密兵器攻略作戦を考えていた。

「……ヴレイズ……頼んだぞ」

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