30.光の女神

 ところ変わってゴッドブレスマウンテン山頂、シルベウスの宮殿。

 そこでアリシアは最後の修行として、シルベウスの眼前で座禅を組み、眩い光に包まれていた。その中で彼女の身体は希薄になり、光そのものに成りつつあった。

 そこへミランダが現れ、目を細めながらシルベウスの隣に立つ。

「彼女もクラス5を目指しているのですか?」

「あぁ……魔王と対等になるには、こうするしかない。だが、下手にクラス5になろうとすると意識は自然へ掻き消えてしまう。だから、俺の立ち合いの元、やって貰う事にしたんだ。アリシアに消えて貰っては困るからな」と、眼前の光に集中する。

 しばらくして光が収束していき、その中から力が抜けた様にアリシアがバタリと倒れる。

「やはりダメか……だが、俺が起こさなくても自分から戻ってこれるのか。どっかの誰かよりは上手いコントロールだ」と、嫌味っぽくミランダをチラリと見る。

「む……これに関しては魔力のコントロールとは次元が違いますから」と、倒れたアリシアを抱き起し、気付けを施す。

「ん……やっぱりダメか……でも……」首を振りながら唸るも、少し穏やかな顔を覗かせる。

「どうかしたか?」いつもと違う彼女の様子を伺うシルベウス。


「……聞き覚えがない筈なんだけど……父さんの声が聞こえた気がした……」


「父さん……? エリック・ヴァンガードの事か」彼は知っているのか、すぐさま彼女の父親の名を口にする。

「知っているの?」

「あぁ。俺の弟子であるレオダオス……いや、覇王と言えば通じるか。あいつに認められ、次の覇王の座に就いて貰うはずだった。だがあいつは断り、魔王と戦った」

「そして……殺された」アリシアは心中に怒りの炎を静かに燃え上がらせる。

「ランペリア国の民を半分以上救った英雄。それがお前の父親だ」

「知っていたの?」

「あぁ……お前が初めてここに運び込まれた時からな。運命を感じた……あの魔王を脅かした両親の娘だ……心の強さも申し分なかったから、俺はお前を女神にしようと決めた」と、シルベウスは腕を組みながら宮殿奥の武具庫へと彼女を案内する。

「今度は何です?」

「お前にはこれを着て貰おう」と、煌びやかな防具を取り出し、彼女の前に差し出す。それはドレスの様であり、軽鎧のようなプロテクターが備え付けられていた。

「は、はぁ……」と、アリシアは光に包まれ、一瞬でそれを身に付ける。その防具は彼女の好むタイプの武具ではなく、露骨に嫌そうな顔を見せた。

「シルベウスさま~ なんですぅ? コレぇ?」と、スカートの裾を摘み上げ、苦み走った表情を覗かせる。

「いいじゃないか、いいじゃないか!! まさに女神だ!!」と、仕上げにサークレットを彼女の頭に乗せ、満足そうに手を叩く。

「うわっ……動きやすいけど……趣味じゃないなぁ……」と、服装に似合わない動きを見せる。

 彼女はズボンにベスト、多機能ベルトにホルダーなどかっちりとした狩人の服を好んだ。

 しかし、今彼女が身に付けているのは、まるで舞踏会場で舞う踊り子の様な服装だった。胸元は見せ付ける様に露わにし、肩や太腿、ヘソなども露出し、半透明のケープがところどころを隠していた。プレートも装飾品が宛がわれており、防具と呼ぶよりは観賞用にしか見えず、アリシアは吐き気を催していた。

「こんなの着たくない!」と、子供の様に地団太を踏む。

「だめだ! いいか? 女神って言うのは見た目が重要なんだ!! その為にお前には髪を地毛である金髪のまま、ロングヘアーを保って貰ったんだ!!」

「なにぃ!! そんな下らない理由で髪を伸ばせって言ったの?! 馬鹿じゃないの!! それだったら切る! 邪魔なんだもん!!」

「おい! それは許さんぞ!! 茶髪ショートの女神が何処にいる!!」シルベウスはいつになく真剣なまなざしで彼女を睨む。

「何が女神よ!! こんな服を着て喜ぶのは母さんくらいなもんよ!! 脱ぐ!!」と、また光に包まれ、女神の装いを脱ぎ捨て始める。

「その恰好で仲間の元へ合流しなければ……あの弓を返して貰うぞ」と、アリシアが大事に背中に担いだ神弓を指さす。

「う……」

「それに、お前の感想なぞ知らん!! 人々には希望を与えなければいけないんだ! それが女神だ! お前は魔王を倒したいんだろう? 本気で倒したいなら、お前が希望の象徴にならなければいけないんだ!!」と、力説する。

「ぬ……」と、乱暴に脱ぎ捨てた鎧を拾い、再び着る。

「普段から着ろとは言わない。ここぞという時に着れば、士気が上がるだろう! 約束する!」と、嬉しそうに彼女の肩を叩く。

「なんだか上手く丸め込まれた気がする……」と、釈然としない顔で下唇を突き出した。



 作戦が2日後に迫った討魔団本部。そこでヴレイズは様々な使い手に囲まれ、勝負を挑まれたり質問攻めにされたりと、色々と酷い目に遭わされていた。

「どうやってそんな力を手に入れたのですか!?」

「今度は俺と勝負しろ!!」

「弟子にして下さい!!」

 特に炎使いの隊員たちが詰め寄る。

「いやぁ……困るなぁ……」

 すると、そこへウォルターが現れる。彼は現在、エディの右腕として近辺で働いていた。

「お前ら、仕事へ戻れ」凄まじい眼力と殺気で隊員たちを震え上がらせ、反論させる余裕も与えずに散らす。

「ふぅ……助かったよ……ありがとう。えぇっと」

「ウォルターです。ヴレイズさん、副指令が呼んでいます」

「おぅ……昼飯を食べる時間も無かったか……」複雑そうに表情を濁らせながらため息を吐く。本日は朝から今迄、ずっと隊員たちに付き纏われていた。

「どうぞ、こちらへ……そう言えば、ヴレイズさんは眼術というものをご存知ですか?」

「ん? 確か、ヤオガミ列島の技術だったか?」と、彼の目を見る。

 すると、軽く脚を踏み外しそうになり、体勢を崩す。

「……世界の影と言う連中の中に、私以上の使い手もいます。よろしければ、お教えしましょうか?」声の調子は普段通りであったが、どこかしてやったりな雰囲気を見せるウォルター。

「君も俺で試したい口かな? どれ、もう一度やってみてくれ」ヴレイズは首の骨を鳴らし、不敵に笑って見せる。

「……この技は一朝一夕でどうにかなるモノでもありませんよ」と、ウォルターは目を怪しく光らせ、ヴレイズの視線を操作しようとする。

「成る程……筋肉と視線の動きを読み、己の目と隙の誘いで相手をある程度、操るワケか」と、一瞬でウォルターの眼術技術を理解する。

「頭でわかっても、筋肉の反射には逆らえませんよ」と、ヴレイズから一本を取ろうと組み付き、腕を取る。

 しかし、その腕はビクともせず、逆にウォルターが持ち上げられる。

「眼術は使えずとも、俺の目も特別な技術を使っていてね。筋肉の熱を観察し、ある程度動きを読むことが出来るんだ」と、ウォルターを片手一本で振り回し、傷つけない様にそっと正面へ立たせる。

「……っ……」己の完敗を感じ取り、悔し気に拳を震わせる。

「いい勉強になったよ。その世界の影って奴らが相手の時は用心するよ。さ、エディの所まで行こうか」と、彼の背中を優しく叩く。

「ラスティーさんの言った通り、いや……それ以上に強い……」



 ウォルターに連れられ、作戦本部の円卓会議室まで向かうヴレイズ。そこでエディはレイと最後の作戦プランの調整を行い、指令書を纏めていた。

「よ、来たか。その様子だと、負けたな? ウォルター」と、しょぼくれた彼の顔を覗き込み、にやにやと笑うエディ。

「うるさい、ぶち折るぞ?」と、殺気を込めて睨み付ける。

「おいおい、未だに俺にだけはそんな調子だよなぁ……ま、それでいいが。んで、ヴレイズにも今回の作戦の重要なポイントを理解して貰おう」

「どんなポイントだ? 昨日聞かされたのが全てじゃないのか?」

 すると、レイが指令書をヴレイズに手渡す。

「今回の作戦、この国からの援軍は一切ない。更にこの大陸唯一の賢者リノラースにすら今回の作戦、情報は秘匿だ」

「何故?」ヴレイズは指令書に目を通しながら問う。

「バンガルド国は秘密裏に魔王軍の力を借りている。その弱味を握りる為だ」

「成る程……ラスティーらしいやり方だ」ヴレイズは理解した様に苦笑した。


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