29.ナイトメアソルジャーの謎
エルは元魔王軍黒勇隊に所属した隊員であった。東大陸ガルオニア国、アルデウス地方にある廃城で起きた事件の生き残りであり、副隊長のリサと共に半年以上前にナイアに連れられて入団したのであった。
彼は光使いであり、魔力こそ弱いものの『闇属性は光に弱い』という情報を握っていた為、ラスティーらは彼らを優遇した。
更にリサはどういう訳か、魔王の親類でもないのに闇属性を操り、それなりの実力もあるため、ダニエルの団へ配属した。
「で、彼らが言うには、ナイトメアソルジャーに属性魔法が効かないのは『闇属性でコーティングされているから』だと言う話だ」レイは卓に次々と書類を置き、己の持つ情報を淡々と話す。
「闇属性……その軍団長のロキシーってのも闇使いなのか?」ヴレイズは素朴な疑問を口にする。
「いいや、ロキシーは大地使いだ。なんでも、闇のクリスタルを利用して泥人形に闇を纏わせているって話だ」レイは直ぐに返答する。
「だが、いくら叩いても斬っても効かないらしいが…ただの闇を纏った泥人形にそれ程の強度があるとは思えないが……?」過去にウルスラとの戦いで氷人形と戦った経験を思い出し、口にする。
「そこが闇の軍団長たる所以だろう。闇以外にも強靭な泥人形を作る術があるらしい。それが、魂操作と言うヤツだそうだ」
「タマシイソウサ?」聞き覚えの無い言葉に首を傾げる。
「この世界に漂う魂を操り、泥人形の中へ練り込む。それによって強靭度が上がるらしい。さらに魂が入っているお陰で単純な命令なら聞くらしく、その為、一度に3000もの数を作り出す事が可能だそうだ」
「それでナイトメアソルジャー、か……」ヴレイズは感心した様にため息を吐き、身震いする。
すると、ラスティーが前のめりになって口を開く。
「だが、それに対するもうひとつの策も用意した。ワルベルトさんに光魔法を閉じ込めたカプセル爆弾を用意して貰った。1人ひとつずつな。これで、ナイトメアソルジャーを弱め、上手く行けば一気に殲滅できる。ま、そんなに甘くはないだろうがな」と、煙草の灰を落とす。
「なるほどな……で、決行はいつだ?」全く怯む様子もなく質問するヴレイズ。
すると、今度はエディが前のめりになって口を開く。
「3日後、キャメロンの軍をグレーボンとバンガルドの国境沿いにある砦へ進軍させる。我々の情報によると、バンガルド軍がこの砦を狙い、再び攻撃を仕掛けてくるらしい。それを迎撃し、ガルバルオ荒野まで進んでもらう。そこで1夜過ごして貰い、その間に分断トラップを仕掛けて貰う。で、日の出と共にナイトメアソルジャーが来るだろう」
「何故そこまで先の事がわかるんだ?」ヴレイズは再び首を傾げた。
「諜報班の得た情報だ。だが、半ば俺らを舐めてかかっているロキシーがワザと漏らしているとも考えている。相当自信があるんだろうな」エディは面白くなさそうにため息を吐く。
「どちらの策が上回っているか……そういう勝負になるな」レイは手に持った書類を纏め、ファイルに閉じる。
「あとは、キャメロン達……そしてヴレイズにかかっている。頼んだぞ!」ラスティーは信頼の目線を彼に送った。
「あぁ! 任せてくれ!」
「あ、そうそう。その砦には俺が入る事になる。よろしく頼んだぞ」と、エディは彼の前に立ち、握手を求めた。
「お、おぅ、よろしく頼む」と、赤熱右腕でそれに応えた。
その後、ヴレイズはエレンの診療所へと向かった。そこには相変わらず戦いと仕事で傷ついた者達が集まり、手当てを受けていた。
「はい並んで並んでぇ! 大した傷じゃない人はこのヒールウォーターに綺麗な布を渡しますから、各自それでお願いします!」と、リンが大声を上げる。
そんな彼女の眼前にヴレイズが立つ。
「あ、ヴレイズさんですか? どうしました? エレンさんに用ですか?」
「いや、ロザリアさんがここにいると思って……」
「はい、エレンさんと共に裏の方で……」と、患者の入れない部屋の方を指さす。そこはエレンの仕事部屋兼自室となっていた。
そこへヴレイズはノックしてから入室する。そこのベッドにはロザリアが寝転がり、エレンが手を当てて診断していた。
「そこまで強く打ったつもりは無かったんだが……?」と、申し訳なさそうに頭を掻くヴレイズ。
「あぁ、ヴレイズさん! いいえ、そうじゃないんです。あの戦いの怪我は全く問題なくて、別の問題が……」エレンは難問を目の前にした様に表情を歪め、溜息を吐く。
「別の……?」
「ヴレイズ殿……貴方の意見を聞きたい……」と、ロザリアは腰に挿す刀を手に取り、彼に差し出す。それは魔刀蒼電という雷を刃にしたような名刀であった。
「……?」と、それを手に取り、ぎこちなく抜刀する。淡い稲光と共に刀身が輝き、部屋を照らす。
「ですよね……抜けますよね」ロザリアは難しそうに唸り、刀を返す様に言う。
「いい武器だが、これがどうしたんだ?」と、納刀して彼女へ返す。
すると、ロザリアが抜刀しようと強く握る。ただ震えるだけで抜ける事は無く、ロザリアはため息と共に手を離す。
「どういう事だ?」理解できない様にヴレイズは首を傾げる。
「……つまり、彼女にはこの刀を抜く事が出来ないのです……私の調べによると、やはり精神面に問題があるのかと……」と、エレンは彼女の背中に手を置き、目を瞑る。
「何度か抜く事も出来たが、いざという時に抜けない事もある……そんな不安定では、次の作戦では使えない。どうしたものか……」
「ちょっと、俺が診てみよう」と、ヴレイズもロザリアの背に手を置き、目を瞑る。彼が診れるのは肉体やそこに施された呪術だけであったが、エレンとは少し違った角度から見る事が出来た。
「……どうですか?」
「う~ん、わからないなぁ……肉体に問題はないな……だが、刀が抜けないって事は、それに何かあるってことだろ?」
「……ヤオガミ列島が私の故郷なのですが……恐らくそこでの事が原因でしょう。私の中では解決しましたが、まだ仕切れていない部分もあるので……」
「ヤオガミ列島か……確か、魔王軍に制圧されたと聞いたが……」旅の道中に聞いた情報を口にし、難しそうに唸る。
「この戦いがひと段落したら……」ロザリアは己の手を握り、何かを思い出す様に目を瞑った。
その日の深夜、ヴレイズは再びラスティーに呼ばれ、司令本部へ向かった。今度はエレンを交えて再開の祝杯を上げようと言われていた。
その途上、何者かに呼び止められ、歩を止める。
「炎使いか……何者だ?」
「流石……気配だけでわかるんだ」と、キャメロンが彼の正面に立つ。
「貴女は……今度の作戦で共にするキャメロンさんか……」
この時のキャメロンは、普段と違う尖った態度は見せず、少し大人しい雰囲気を漂わせていた。
「えぇ……正直……あたしは貴方とロザリアさんと釣り合うほどの実力は無いけど……今度の作戦は、あたしがやらないとダメなの。だから、よろしく」
「何故あなたじゃないとダメなんだ?」
「ナイトメアソルジャーは……ロキシーは憎き仇なの。あたしだけじゃない。北の大地で生まれた皆の……あいつは命や生活なんてモノを考えず、花を毟る様に、そして虫けらを踏み潰す様に蹂躙した……魔王よりも憎い相手なの。でも、ローレンスもライリーもダニエルも……みな、北の戦いで心を折られ……今は何とかやっているけど、ナイトメアソルジャーを相手にしてまともに戦えるのは多分、あたしだけ……だから、あたしの軍が行くって志願したの」
「そうなのか……」ヴレイズは彼女からフレインと似た憎しみの黒い何かを読み取り、一抹の不安を感じ取る。彼女もフレイン同様、敵を前にして暴走する可能性があると読み、彼女の言う事を納得する。
「あたしのよろしくって意味、わかってくれた?」
「あぁ……俺からもいいか?」と、前へ一歩近づく。
「何?」
「命を投げ出す様な戦い方はしないでくれ。残される者の事を考えてくれ」ヴレイズはフレインの事を思い出し、言葉を震わせる。
「……えぇ……本命の魔王を倒すまでは、あたしは死なないよ。ありがとう。初対面のあたしの言葉を真面目に聞いてくれて……」と、キャメロンは炎の翼を生やして夜空へと飛び立った。
「……3日後、か……」ヴレイズは2人の戦士の不安を心に残しながら、司令本部へと向かった。
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