24.恐怖のナイトメアソルジャー

 魔界の軍団長と呼ばれるロキシー・ヴェルランド。

 その者は、露出の高い黒いドレスを身に付け、先端部の尖った攻撃的なマントを羽織っていた。踵の高いヒールを履き、美しく艶のある黒髪が特徴的で、まさに本に出てくる魔女の様な姿をしていた。

 彼女は魔王の次に聖地ククリスから危険人物指定されていた。

 世界で数少ないクラス4の大地使いであり、その実力は大地の賢者リノラースに匹敵すると語られていた。

 更に彼女は禁忌の呪術である魂操作の使い手であり、それを利用してナイトメアソルジャーを操っていた。

 そのナイトメアソルジャーは完全無敗の兵団であり、コレに襲われて勝利した軍団は今だかつて、存在しなかった。

 彼女はこの兵団に『弱点はない』と豪語しており、魔王軍内でも魔王以上に恐れられていた。

 そんな彼女は今、バンガルド城の王室のソファに我が物顔で座り、ナイトメアソルジャーの一体を執事の様に仕立て上げ、身の回りの世話をさせていた。

「帰ったか……ま、今は手を出す理由はないし……」と、卓上に置かれた山盛りフルーツをナイトメアソルジャーに切らせ、口まで運ばせる。その動きは一般の大地使いが操る泥人形とは違い、滑らかで自然な動きだった。

 そこへ畏まった様にバンガルド王が現れる。腰を低くし、手を揉みながら彼女に恐る恐る近づく。

「いやぁ……ロキシー殿が訪問している時にとんだ邪魔が入り申し訳ありません」先ほどの態度とは一変し、まるで主人に気を遣う猫の様な顔を見せる。

「構いませんよ。私も、あの男には興味がありましたし……これから潰す相手を知らなければ……ま、今迄の相手同様に大したことは無さそうだけど」と、差し出された果物を食べる。

「それは心強い……」

「で、例の物は用意できているのかしら? アレがあれば、デストロイヤーゴーレムの完成が半年程はやまるのでね……」と、王には目も向けずに手の爪を確認する。

「は、はい……」その例の物とは、この国の鉱山で発掘される鉱物であった。これはデストロイヤーゴーレムの心臓部に取り付けられるものであり、頑丈且つ柔軟で加工も容易い代物であった。

 バルバロンにあるこれと似た様な特質をもつ鉱物は加工が難しく、完成時間を早めるにはどうしてもこの国の鉱物が必要であった。

 その鉱物の名はビートライトといった。

「しかし、その……」バンガルド王は執事に扮したナイトメアソルジャーを横目で見ながら恐る恐る口にする。

「ん? 何か?」バナナを片手に首を傾げるロキシー。

「いや、噂に名高いナイトメアソルジャーですが……その、実際に実力を見せていただきたいな……と」ロキシーの悪夢兵団は有名ではあったが、この南の大地ではあくまで噂程度にしか伝わっておらず、強さの説得力がいまいちであった。

「……確かに、そうよね。貴方にとっては相当な博打ですものね」と、王の心を読む様に口にする。

 バンガルド王にとって、魔王軍と手を組むのは相当な賭けであった。

もし、失敗すれば南大陸で孤立し、グレーボンとロックオーン、その他の小国。更には魔王と手を組んだという事実がククリスに伝わり、西大陸全土、更には賢者たちすらも敵に回す事となった。

「いいでしょう。では、ここにいる一体と適当な兵士たちと戦わせればいいわ」



 討魔団本部の診療所では、相変わらず怪我人や病人が長い列で並んでいた。その中で、軽傷の者はリンの助手たちが相手をし、重症患者はリン本人が診ていた。

 エレンは医局長としてカルテを纏め上げ、1日に1度必ず診療所内を診て周っていた。が、メインで働いていたのはリンの方であった。

「んふふふふ~」本日やって来た患者のカルテを水魔法で書き記しながら、エレンはご機嫌な鼻歌を謳っていた。

「やけに上機嫌ですね、エレンさん」休憩時間になり、手を休めに来たリンが彼女の表情を伺う。

「当たり前ですよ! ラスティーさんがヴレイズさんを見つけ出したんですから! そして、あと少しで会えるんです!」と、目を輝かせる。

「噂には聞いておりますが、マーナミーナの悪鬼を討伐し、六魔道団のひとりであるウルスラを撃破……更には爆炎術士パトリックと互角に戦ったと……どんな人なのですか? ヴレイズって……」と、表情を青ざめさせて唾を飲み込む。

「あんなに優しい炎使いはいませんよ! 安心してください」

「で……いつ頃に到着するのでしょうか? そんなに大切な仲間なら、手厚く歓迎しなくては」

「そうですねぇ……ニックさんのジェットボートなら、そんなに時間はかからない筈ですが……」

「酒を呑んでいなければ、ですがね」と、リンは不安そうにため息を吐いた。



 その頃、数か月前に討魔団に入ったニックは、東大陸の西海岸沿いの港町へ向かってジェットボートを飛ばしていた。

「あいつに会うのは1年ぶりか……いやぁ、楽しみだ」と、珍しく酒の入っていない彼は舵を握り、真っ直ぐ港へと向かっていた。

「ヴレイズさん……いや、久しぶりにフレインと会って、手合わせ願いたいものだ」ジェットボートの用心棒として搭乗するスカーレットは二の腕に稲妻を滲ませながらニヤリと笑う。彼女はここ半年程、同じ雷使いであるロザリアの元で修業し、力を大幅に増していた。

「グレーボン海域の海賊団を相手に実戦経験を積み、相当に腕を上げたからな。楽しみだろう?」

「もちろん。そう言えば、いつも酒を呷っているあんたが珍しいじゃない」

「今日は特別製の酒を用意してある。再会を祝して、みんなで飲むぞ!」と、木箱の中に大切に仕舞われた酒を大切そうに撫でる。

「なら、急がなきゃ!」と、スカーレットは魔力供給機に勢いよく魔力を流し来んだ。

 すると、ジェットボートの噴射口から勢いよく火が噴き、スピードが増した。

「おい! 壊れちまうからもっと優しくしろ!! ただでさえ最近のお前は魔力を増しているんだからよぉ!!」



 バンガルド城の訓練所には、この国の選りすぐりの精鋭5名が集められていた。これからナイトメアソルジャーの腕試しをすると聞き、戦士の血を滾らせながら、ロキシーの到着を今か今かと待っていた。

 そこへバンガルド王とロキシーが到着する。

「彼らが相手?」胸を聳やかしながら口元を緩める。

「はい……我が国で、グレーボン国と戦って不覚を取った事がない程の強者達です」と、手を揉みながら口にする王。

「では、この一体だけで十分ね」と、執事に扮していたナイトメアソルジャーを騎士然とした姿へ変え、前に立たせる。

 その姿には体温も呼吸も感じられず、不気味な気配を漂わせていた。

「所詮は魔法の効かない泥人形よ」と、ひとりが太腕を振りながら笑う。

「……じゃ、始めましょうか?」と、ロキシーが指を鳴らす。

 次の瞬間、5人の兵らは一斉に飛びかかる。ひとりがナイトメアソルジャーの足を払ってバランスを崩し、それを合図に4人が殴りかかる。またひとりが容赦なく剣を突きたて、槍で叩き、弓矢で顔面を射抜く。

 その連携の前に、ナイトメアソルジャーは本来の実力を出せぬまま、原形を残さずにグチャグチャに磨り潰される。

「ふん、やはり数で攻めるだけが脳の泥人形よ」と、手を払いながら自信満々に笑う。

「だが、妙な手応えだった……」ひとりが手に残る異変に疑問を覚え、首を傾げる。

 本来の泥人形なら殴り、斬り飛ばすだけで砂となって崩れ去ったが、このナイトメアソルジャーは粘度の様な粘り気を持ち、決して崩れ去る事はなかった。

 そんな彼の疑問に応える様に、ナイトメアソルジャーは不気味な動きと共に立ち上がり、何事も無かったように復活する。

「タフなのが自慢の様子だな。だが、実力は……」と、再び5人は殴りかかり、また袋叩きにする。

 その姿を見て、バンガルド王は複雑な心境で表情を歪め、溜息を吐いた。

「例え魔王軍最強と言えど、たった一体では……」

 そんな戦いを見ても、ロキシーは表情を変えずに楽しそうに笑っていた。

「……何を言っているの? 真の恐怖を味合わせるには……」

 そんなロキシーのセリフに応える様に、ナイトメアソルジャーは目を赤く光らせ、身体を不気味にくねらせる。手足を槍の様に尖らせ、ひとりの腹部を貫く。

「なんだ! こんな体勢から?」と、仰天した瞬間、その者の首が飛ぶ。

 ナイトメアソルジャーの手足はしなやかな鞭の様にしなやかで、刃の様に鋭く襲い掛かった。その動きはタコの様に不規則で、昆虫の様に容赦がなく、あっという間にバンガルドの精鋭5人が惨殺される。

 その姿を見て、王は恐怖で表情を強張らせ、冷や汗を垂らした。

「あ……あ……」

「そう、こんな戦いを見せられたら、司令官は降伏せざるを負えないわね? 猛者の攻撃は全て徒労と化し、容赦なく命を喰い尽す、悪夢の兵団……」と、指を鳴らす。

 すると、ナイトメアソルジャーは再び執事の姿へ戻り、ロキシーの隣へ立った。

「さ、行きましょう。今夜は晩餐会ね? 大いに楽しませて貰うわ」

「は、はい……」バンガルド王は魔王軍と組んだ安堵と共に『絶対に敵わない』と言う絶望を叩きつけられ、複雑な表情のまま頷いた。

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