25.炎の帰還準備

 ニックのジェとボートが東大陸西海岸沿いに位置するモモルという小国の港へ辿り着く。小さいながらにこの国には活気があり、沢山の商業船や漁船が停まっていた。

「さて、着いたか。この港で待っているんだっけか?」と、桟橋へ降りながら周囲を見回す。「ちょっくら、あそこの酒場へ……」と、早速脚を前に出す。

 すると、その動きを読んだのかスカーレットが彼の耳を掴む。

「いででででででぇ!! 何すんだよ!!」

「あんたはただ呑みたいだけでしょうが!!」

「さっき言っただろ! それは再開までの辛抱だって!! あいつだったら、あそこで待ってそうだな~って」と、口にすると今度は、彼女はもう片方の耳を掴んで引っ張る。

「そんなわけあるか!」

「いだだだだ! 千切れる千切れるぅ!!」

 と、言い合いながらもニックはそそくさと酒場へと向かった。

「こら! 待て!!」と、スカーレットは稲妻を滲ませながら彼を追い、結局共に酒場の扉を開いた。

 店内には、なんと彼の予想通りにヴレイズがおり、空のグラスを用意して待っていた。


「よ、お前が来ると聞いてここで待っていたんだ」


 ヴレイズは久々の再開を喜ぶように声を上げ、左腕を振った。

「やっぱり、俺って男を分かっているなぁ! いい場所で待っていやがって!」と、駆け寄って早速席に付き、箱に入った酒瓶を取り出して卓へ置いた。

「お久しぶりです、ヴレイズ殿……ん? フレインがいないですが?」と、周囲を見回すスカーレット。

「あぁ……フレインは……」と、フレインをヴェリディクトに奪われた事や、兄との決着の事を語る。

「そうか……」ヴェリディクトの恐ろしさを理解したニックは、ヴレイズを責めることなく頷く。

「フレイン……くっ」スカーレットは拳を握りしめ、やり場のない怒りに身体を震わせる。

「再開を祝して、って思ったが……この酒は彼女が戻ってくるまでお預けかな……」と、ニックは酒を箱の中へ戻す。その酒は、フレインの故郷であるボルコニアの名産であった。

「……すまな、」と、ヴレイズが口を開いた瞬間、スカーレットがそれを塞ぐ様に立ち上がる。

「ヴレイズ殿、私はこの1年で強くなったと思います。試してくれませんか?」と、静かな稲光を滲ませながら指を鳴らす。

「あぁ、いいぞ!」と、元気を失った目に力が戻る。

「再開を祝して、手合わせか。ま、その方がらしいかもな。おい店主、一本強いのをくれ!」と、ニックは我慢の限界が来たのか、遠慮なく酒瓶を呷った。



 酒場から出たヴレイズとスカーレットは、港町から離れた丘に立っていた。互いに向き直り、己の中の魔力循環を高速化させて戦闘準備を整える。

 すると、その魔力を感じ取ってヴレイズの連れであるミシェルがひょっこりと現れる。彼女はこの近くで修業していたのだった。

「ん? この女性は?」赤ら顔になったニックが彼女に気安く近づく。

「んな?! 白昼堂々酔っ払いが! 不審者か!!」と、腕の中で小さな炎を燃え上がらせる。

「あ、紹介が遅れた! 彼女はミシェルだ! さっき話しただろ? 同じサンサ族の生き残りなんだ」と、ヴレイズが説明する。

「……フレインに比べれば弱いが、いい魔力を帯びている……」と、スカーレットはミシェルの魔力を感じ取り、感心する様に唸る。

「さて、始めるか」ヴレイズは右腕フレイムフィストを生やさないまま構える。

「いくよ!!」スカーレットは雷鳴を轟かせながら地面を蹴り、一瞬で彼の間合いの内へ入り込む。

 


 スカーレットは討魔団へ入った後、早速同じ雷使いであるロザリアを紹介して貰い、早速手合わせした。

 結果、一発も攻撃を当てる事が出来ず、更には一発も攻撃を受けずに敗北した。ロザリアの得意な大剣を抜かせることも出来ず、その圧倒的な強さに膝を付き、悔しさに涙した。

 その日から彼女はロザリアに強引に弟子入りし、研鑽を詰む日々を送った。

 ロザリアは普段、鍛錬らしいトレーニングは行っておらず、日々、防衛を任された村に居座って目を光らせているだけだった。

 スカーレットは何度も教えを乞うたが、ロザリアは教え方を知らないと困った表情を覗かせて頭を掻いた。

 しかし、ある日ロザリアの鍛錬方法をついに見つけ出し、それを真似る事に成功した。

 それは、静止したまま魔力を全身に巡らせ、肉体に常に負荷を与え続けると言うものであり、一時期ヴレイズが行っていた瞑想と似た様なモノであった。

 ロザリア曰く、無意識のまま行っており、鍛錬の内に入らないと言ったが、スカーレットはその話を聞かずにこの鍛錬を取り入れた。

 そのお陰か、今の彼女は1年前とは比べ物にならない程の戦力となり、討魔団屈指のキャメロンやローレンスに並ぶ程に一目置かれていた。

 


 スカーレットは雷速の百裂拳を放つ。それは山と見紛う大岩を一瞬で粉々にする程の威力があり、一発でも喰らえば雷が噛みつき行動不能にする、必殺の乱撃であった。

 が、ヴレイズは身体を殆ど動かさずにその拳を避け、緩やかな動きだけで拳を受け流した。

「これならどうだ!!」と、一歩引いて一瞬でサンダーキャノンを放つ。その攻撃は炎魔法の熱線に似ており、破壊力は抜群だった。

 普通なら強大過ぎる雷魔法は不要なほどに稲妻を撒き散らし、目標に着弾する頃には威力が半減したが、彼女のサンダーキャノンは威力が半減することがない様に練り上がっていた。

 そんな必殺級の攻撃魔法を目の前にしても、ヴレイズは眉ひとつ動かさず、左腕を掲げるだけだった。

 次の瞬間、凄まじい破裂音と共に周囲に雷嵐が巻き起こり、その突風にミシェルは煽られて空中で受け身を取り、ニックは呆気なく飛ばされて頭から地面に落ちる。

「いっでぇ!! お前ら、もう少し静かにやれ!!」

 砂埃が晴れると、そこには無傷のヴレイズが立っていた。左腕には雷が噛みついていたが、一振りで散らし、溜息を吐く。

「あの頃とは比べ物にならないな……流石だ」と、回復魔法で左腕から痺れを取り除く。

「貴方も……腕を上げたというレベルじゃない……もしかしたら、ロザリアさんと並ぶか、それ以上……」と、再び構え直す。

 そこからスカーレットは、ヴレイズに反撃をさせない様に凄まじい勢いで攻め込む。呼吸を読みながらその隙を突くように拳を突き入れ、大地を斬り裂く様な蹴りを放つ。

「なるほどな、おぉいミシェル! やってみるか?」と、ヴレイズはスカーレットの猛攻に割り込んで吹き飛ばしながら口にする。

「えぇ! 私ぃ? 無理無理!!」と、首をブンブン振り回す。今の彼女は修行中の身であり、最近やっとクラス3の炎を出す事が出来る様になった、炎使い見習いであった。

「そっかぁ……じゃあ……」と、スカーレットの怯みに付け入る様に間合いに入り込み、鉤打ちを脇腹へめり込ませる。余りに凄まじくピンポイントな一撃が魔力循環を強制停止させた。

「あ……が……っ」今迄に経験したことの無い一撃を味わい、目を剥いて膝を突くスカーレット。地面に頭を擦り付け、何とか気絶しない様に保ったが、結局我慢できずに失神し、全身から力が抜ける。

「凄まじい勢いで実力を伸ばしているなぁ……クラス4も目の前って感じだ」



 しばらくしてスカーレットが失神から目覚める。殴られた脇腹の痛みはすでに消え、何の怪我も無く、すくっと立ち上がる。

「この感じ、凄まじく気を遣って倒されたようだ……悔しい」と、膝を折り座り込む。

「でも、たった1年でここまで強くなるなんて、本当に驚きだ」ヴレイズは嬉しそうに口にし、彼女の肩を叩く。

「……しかし、ひとつだけ約束して欲しい、ヴレイズ殿……」

「なんだ?」


「パトリック・ドラグーンは、私が倒します!!」


 スカーレットは拳を握り、腹の底から声を出す。決意に満ちたその声は、遠くまで木霊する程大きかった。

「あぁ……なら、ひとつこれ以上強くなる為のヒントを」

「なんでしょう!?」食い入る様に耳を傾けるスカーレット。

「強くなるだけじゃ、強くなれない、だ」

「……は、はぁ……」期待していた言葉とは真逆のアドバイスを聞き、首を傾げる。

「それ、私も理解できないんだよね……」ミシェルは耳を穿りながら唸った。

「いや、しかし……ロザリアさんも必要以上の力は求めていなかった。強くなるより、他者を守り助けることに重きを置いていた……そうか、確かに共通している!! 説得力が増した!! ありがとうございます!!」と、スカーレットは自分の中で何かを納得し、頭を下げた。

「会ってみたいな、そのロザリアさんに」ヴレイズは腕を組みながら微笑む。

「すぐ会えるさ、俺が連れて行くんだからな!」と、赤ら顔でニックが腕を掲げる。

「酒が抜けてからな」

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