22.迫りくる魔界の軍団長

 討魔団にケビンが加入すると、本拠地内で早速噂が立つ。彼が吸血鬼である、というよりもロザリアと互角の打ち合いを繰り広げた事で騒がれ、彼の周りには必ず興味の目が付きまとう事となった。

 ケビンはその目を気にせず、昼頃に食堂へ入り、給仕長へ歩み寄る。彼は好みのバーガーの具材を注文し、それを聞いた料理人は目を丸くして首を傾げた。

 とりあえず、あり合わせで作られたバーガーとフライドポテトをトレイに乗せ、ケビンは食堂のど真ん中の席に座る。

 それを待っていたように噂を聞きつけて本拠地へ来ていたキャメロンが正面に座る。普段は、自分が担当する拠点で団長として仕事をこなしていた。

「あんた、吸血鬼なんでしょ? 普通の食事が摂れるんだ?」

「普通の吸血鬼は血肉を啜る化け物だが、俺はちと違う」と、スパイスパインとスイートオリーブが挟まったバーガーを美味そうに唸りながら食べる。それは甘酸っぱさと甘しょっぱさの合わさった、常人では美味しさの理解できない代物であった。

「日光の下を歩き、血を吸わない吸血鬼……いや、それはどうでもいい。あたしにわかるのは……そんな吸血鬼の怪力でも、並ではロザリアには敵わないはず。あんたは一体、どんな人生を歩んできたの?」と、彼の目の奥を覗き込む。

 彼女の視線に応える様に見つめ返し、次第に殺気のぶつけ合いに発展する。そのせいで彼らの周りで食事を摂る者達の表情は青ざめ、手が止まる。

 そんな周囲には気を止めず、キャメロンは更に殺気を吹き上がらせ、食堂内に只ならぬ風を吹かせる。

 禍々しい突風を正面から受け止めながら、ケビンは頬を緩めながらハンバーガーを齧る。

「なにがそんなに気に入らないんだ?」と、眉を上げながら問うケビン。

 すると、そんな静かな騒ぎに気付いた者が食堂へ入り、キャメロンの後ろに直立する。

「キャメロンさん! こんな所で騒ぎを起こしちゃダメですよ!!」その者は食堂の殺気に怯えることなく、彼女を咎めた。

 彼は数か月前、ナイアの紹介で討魔団に入団したエルであった。彼はキャメロンの下で働いていた。因みに共に入団した元上司であるリサはダニエルの元へ配属されていた。

「ちっ……相変わらずいいタイミングで止めてくれるわね……」と、瞬時に殺気を収めて立ち上がる。エルは必ずキャメロンが騒ぎを起こそうとすると、危険を察知して止めに入るのが日課となっていた。

「で、何故俺にちょっかいを出すんだ? まさか入団者全員に喧嘩を売る程、暇じゃないんだろ?」と、ポテトを口にしながら言う。

「他の連中よりも図抜けて強いから見に来たのが建前……本音は、あんたが誰の上にも下にもつかないってのが気に入らないのよ!」

「それには理由があってな」

「どんな? まさかひとりの方が動きやすいとか言わないでよ? それを言うなら、あたしだって1人のどうがいいって散々頼んだんだからね」と、額に血管を浮き上がらせながら口にする。

「ま、ひとりの方がいいんだが、本音は……俺は後から来る『ある人』の下に付きたいんだ」

「ある人……アリシアって女の事?」キャメロンは彼女の事はラスティーやエレンから聞かされていた。

「アリシア……ナイアさんの娘さんか……」エルも彼女の事は母親本人から聞いていた。

「彼女はもうすぐ到着する筈だ。それまで、俺はひとりでやっていくつもりだ。まだ正式にどうと決まっている訳じゃないがな」

「あんたみたいな強者やボス、エレンさんまでもが認めるアリシア……一体何者なの?」

「救いの天使、さ」

「ふぅん……来るのが楽しみね」と、再びその場に腰を下ろす。

「ここで食べていきます?」エルは彼女の分の食事を取ってくる前に確認を取る。

「えぇ。こいつと同じのでいいわ。美味そうだし」と、頬杖を付きながら適当に口にする。

 その後、ケビンが口にするハンバーガーが2人分運ばれ、彼女が一口齧った後に無言でエルの前へ移動させた。青ざめた顔のまま、彼は涙目になりながらふたつとも完食し、その場に倒れた。



 その頃、リサはダニエルの元で書類仕事を行っていた。彼女は討魔団唯一の闇使いではあったが、ラスティーの判断で普通の隊員として扱っていた。それ以前に、エルとリサも元は魔王軍黒勇隊出身であったが、その出自を気にする事なく入団を許可された。

 現在、彼女は拠点に運び込まれた物資の確認や情報整理を行っていた。

「それにしても、こう見ると魔王軍が如何に凄かったのかわかるわ……」と、溜息を吐く。

「だろうなぁ」彼女の隣で整理された情報に目を通していたダニエルが納得する様に口にする。彼は過去に魔王軍と何度か交戦した経験がある為、彼女の言う事を納得できた。

「黒勇隊にいた頃は、週替わりに新兵器が運び込まれ、上空では飛空艇が飛び回り……」

「戻りたいか?」

「……そんな贅沢な職場ではあったけど、うさん臭い奴が多いし、やってる事も……そして、そのせいで私がいた隊はほぼ全滅……死ぬよりも酷い目に遭ったし、私自身も……」と、腕に淡い闇魔法を滲ませる。

「そんな魔王軍は潰さなきゃな」

「えぇ、その為に来たのよ」

「それより、ここの数字、違うんじゃないか?」と、ダニエルは眼鏡越しに冷静に口にする。

「えぇ?!」



 グレーボンの隣国であり敵国でもあるバンガルド国。この国では現在、不穏な空気が流れ、怪しい動きが活発化していた。軍備拡大の為に魔王軍と裏から繋がっているとの噂が広がり、それをラスティーが掴んだのであった。

 彼は風の団をバンガルド国各地へ潜伏させ、魔王軍と繋がっている証拠を探らせ続けていた。

 そして、その証拠がレイの元へ届けられる。

 その情報は余りにも目を疑いたくなる様な代物であり、普段から冷静さを失わない様に務める彼でも仰天した。

「どうした? どんな内容だ?」と、副指令のエディも目を通したが、その場で表情を強張らせる。「うっそだろぉ……」

 その内容とは、なんとバンガルド国へ魔王軍の大軍団長であるロキシーが入国したと言う目を疑う情報であった。

 彼女が一目を置かれる理由は、その肩書きだけでなく、誰もが恐れる『ナイトメアソルジャー』を操るからであった。この軍団に勝利をした者はおらず、これと交戦した経験のあるキャメロンらも辛くも逃亡に成功したと言うだけであった。

 エディとレイは相談し、急ぎキャメロンらを指令室へ招集し、ナイトメアソルジャーについて問うた。

「あれは人間じゃない。化け物……魂の無い傀儡……不死身の昆虫……」ダニエルは当時の事を思い出すように瞳を震わせる。

「いくら叩いて潰しても、起き上ったのは今でも覚えてる……」ローレンスは不気味な手応えを思い出す様に手を震わせる。

「……気配も体温も無いから、動物たちを使って探知もできなかった……あいつらの相手だけは勘弁してくれ」ライリーはエディらから目を背けながら口にする。

「あたしの炎魔法も効かなかった……怯みもしないから、戦いようがなかった」キャメロンはいつになく真面目で冷静に話す。

 4人の話を聞き、エディは咳払い後に口を開く。

「兎に角、ロキシーが来ていると言う事は、必然的にどこかでナイトメアソルジャーが投入されると言う事だ。問題はグレーボンとロックオーン。どちらの国に喧嘩を売ってくるか、だ」

 現在、3カ国は互いに冷戦状態であり、いつどの国が火種を起こすか解らない状態であった。中でもバンガルド国はグレーボンと仲が悪く、3年前に戦争をし、その決着は未だについてはいなかった。

「バンガルドが魔王と手を組む? 何故?」不思議そうにダニエルが唸る。

「多分、バンガルド国より東にある土地に用があるのだろう」と、レイが資料を彼に寄越す。

 それには元ランペリア国、現在は瘴気で包まれた呪われし土地について書かれていた。

「これがどうした?」

「よく読め」

 その中には更に、その土地に対瘴気用の防護服を着た魔王軍関係者が度々入り込み、何か実験を行っているとの情報が書き記されていた。

「こんな土地で一体何を?」理解できないのか、ダニエルは更に首を傾げる。

「瘴気とは、魔王の放った闇魔法の残り香であり、生物に害を与える邪悪な代物だ。だが、その闇魔法を更に分析させる為、格好の場所で研究をしていると言う訳だ。バンガルド国は、そんな連中に声をかけたのだろうな」レイは別の資料に目を通しながら口にする。

「隣国は悪魔に魂を売ったわけか……」

「で、いつ始まるの?」キャメロンは目を光らせながら問う。

「そこはまだわからないが……もうひとつ不穏な情報がある」と、レイは自分が目を通していた資料を手渡す。

「……なんだこりゃあ……」4人は目を丸くし、互いの顔を見合わせた。

「デストロイヤーゴーレムというのを知っているか?」エディはいつになく真剣な声色で話し始めた。



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