21.揺らぐアリシア

 シルベウスの宮殿に入ったアリシアは、自宅へ戻った様な足取りでキッチンへ向かう。彼女自身で茶の用意をしようと棚へ手を伸ばすが、ミランダがその手を掴む。

「私が用意します。貴女は席へ」と、椅子を引く。

「では、遠慮なく」と、言われるがままに席に着くアリシア。その正面にシルベウスが座り、またメロンパンを齧る。

「で、どうだった? 下界は」口の上のクリームを舐める。

「その感じ、クラス4に目覚めたそうですね」ミランダは手早く茶を入れ、彼らの前に差し出し、自分も席に着く。

「えぇ。色々と収穫も学びも多く、充実した1年でした」と、差し出された茶を一口啜り、満足そうに唸る「久しぶりの味だ」

「自分の限界が見えたか?」見透かした様に口にするシルベウス。

「敵わないなぁ……全部御見通しですか」と、頭を掻く。

「で、ここでまた修行を積むの?」と、ミランダが重ねる様に言う。

「いえ、ただあたしは……」

 アリシアが答えようとした瞬間、それを遮る様にミランダが立ち上がる。

「その前に、あなたの実力を見せてごらんなさい」

 それを待っていたのか、アリシアは指先を立て、彼女の目に怪しい光を映す。

 すると、ミランダの両目が発光し、動きがピタリと止まる。彼女の思考は完全にストップし、そのまま固まる。

「本当に限界まで研究を重ねたんだな……そこまで光魔法を極めた者は未だかつて、お前だけだろう」感心する様にため息を吐くシルベウス。

「そう来るだろうと思って、身構えていたってのもありますけど……で、シルベウス様」

「今のお前の力で魔王に勝てるか、そう聞きたいのか?」

「いえ、勝てないのはわかっているんです。例え、仲間と協力しても……バルバロン国を崩せても、魔王は倒せない……」ティーカップをぎゅっと握り、奥歯を噛みしめる。

「そこまで理解できているのか」シルベウスはメロンパンを食べ終わり、茶を一気に飲み干す。「で、何を聞きたい?」

「クラス5である魔王の……闇を封印する術は、存在するのでしょうか?」少し前のめりになりながら問うアリシア。

「倒すのではなく、封印か……その方が現実的だが……残念ながら前例がなくてな。俺にもわからん」

「そうですか……やはり、あたしが見つけなきゃ……」と、思いつめる様に目を伏せる。

「……言った筈だな? 自分ひとりで抱え込むな、と」

「わかっているのですが……難しいですね」

「……相談できる相手が俺だけだものな……」

「……それと、もうひとつ言いに来ました。魔王の目的は破壊の杖と、創造の珠です。希望の龍の像に内蔵された珠を、別の場所へ隠してください」と、旅の道中掴んだ情報を口にする。

「わかっている。既に珠は次元の狭間へ隠した。例え、ここへ攻め入ろうともあそこを探す事は出来ない」と、自身ありげに腕を組む。別次元と言うのは、シルベウスが作り出せる特殊な空間であり、そこは例え魔王でも入り込むことは出来なかった。

「破壊の杖は?」

「それはノイン(大海の監視者)がはるか海底に保管している」

「その2つが揃わなければ、魔王は目的を成しえません。手をこまねいている間に仲間と隙を突き、弱点を探り当てる事が出来れば……」

「で、いつまでミランダをこのままにしておくつもりだ?」と、硬直した彼女の頭をポンポンと叩く。

「あ、そうだった」と、指を鳴らす。ミランダは氷が解けた様に崩れ、頭を押さえながら首を振る。

「ん……う、今のが光の幻術魔法? どんなレベル??」目を疑う様にアリシアを見つめる。

「外での修行の成果です」

「そう……どうやら、100年以上研鑽を詰んだはずの私が、既に追い抜かれてしまった、というわけね……」と、悔し気に下唇を軽く噛む。

「光魔法を極めると、凄まじいからな」シルベウスは微笑ましそうに笑いながらアリシアの背中を叩く。

「これでも、魔王には勝てませんけどね……」アリシアは心底悩む様に重たいため息を吐いた。



 アリシアは等身大の滑らかなカプセルの前に立っていた。

 その中にはアリシアの『以前の肉体』が収められていた。極限まで酷使されたそれは、もはや死体の様に頼りなかった。ただ、カプセルの不思議な力で腐ることなく保管されていた。

 それに手を置き、何かを想う様に目を瞑る。しばらく自分自身の魔力をカプセルへ流し込み、淡く光らせる。

「……もしもの時は……」小さく呟き、手を離して踵を返す。

 そんな彼女の眼前にシルベウスが立つ。

「もしもの時とは? 今の自分の肉体が破壊された時のスペアにでもするつもりか?」と、彼はカプセルを小さく開け、中身を確認する。「換えにするには余りにも頼りないぞ?」

「ですよね。光魔法で修復しようと試みましたが、生命力が枯渇していて……」と、魔力を淡く込めた手を握り込む。


「またそこまで無茶をする気か、アリシア」


 シルベウスは見抜いた様に口にし、彼女の額に指を置く。その瞬間に彼は彼女の肉体情報を全て読み取り、この1年の彼女の無茶苦茶な行動を知る。

 更に彼女の中にある迷いを感じ取り、眉を顰める。

「さっき口にした魔王に勝てない、というのは……」

「流石……そこも読まれたか」と、弱った様な表情を浮かばせながら頭を掻く。

「迷うどころではなさそうだな……お前の中でふたつに分裂しようとしているな。魔王討伐を目指すお前と……」シルベウスは深くため息を吐き、今までにない程に真面目な表情を作る。


「魔王と共に新世界を目指したいお前」


「ズバッと言ってくれますね……」

「ここで勉強させたのが間違いだったか、はたまた外での修行を許したのが間違いだったのか……」

「ふたつに分かれてはいますが、9対1です」

「それでも、分かれているに違いは無い。いざ魔王と出会った時、そこを突かれるぞ。ただ……」シルベウスは難しそうに唸りながら彼女から目を背ける。

「ただ?」

「お前の迷いは間違っていないかもな」と、歯の間から絞り出す様に口にする。

「はい……」

「ただ、俺だから言える。魔王の言う新世界。誰も争う必要のない世界はあり得ない。そんな世界は存在しえない。今迄、散々そう言う世界を目指す指導者、独裁者、魔王は腐るほど見てきたが、結局は破滅へと向かった。そして今回も、そうなると確信している」

「……更に、今まで見て来た破滅よりも恐ろしい事を危惧している……だから、あたしらに魔王を止めてもらう為に貴方は……」と、今度はアリシアがシルベウスを見透かした様な口ぶりをしてみせる。

「……お前たちには期待しているんだ……迷うな。そして、負けるな」シルベウスは力の籠った瞳であの所を見つめ、両肩を叩いた。

「はい、もちろん」

「で、そんなお前にあるモノを用意した」と、シルベウスは宮殿のさらに奥へと彼女を案内した。

 そこはアリシアも入ったことの無い武具の仕舞われた部屋であった。汚れひとつなく埃も積もってはいなかったが、今迄使われた様子も無かった。

「この数千年……いや、この世界が始まってから使われていないな」と、どんな鉱石で磨かれたか解らない程に磨き込まれた鎧を撫でる。

「まさか、神器ってやつですか?」

「まぁな。魔王との戦いに出るなら、何かしら貸してやらなきゃな。お前ぐらいになったらそうだなぁ……」と、壁にかかった弓を手に取り、彼女に手渡す。

「これは……」と、一瞬で自分の手に馴染んだ弓に驚き、目を剥く。

「神弓……名前は忘れたが、3つ前の世界の勇者が使った代物だ。これで魔王の胸を射抜き、見事撃退せしめた。お前なら使いこなせるかな?」

「……わぁ……」ワクワクした表情を我慢できず、弦を引く。すると弓が眩く光り、離すと光の雫が飛び散る。

「どうだ? 仲良くできそうか?」

「……ありがたく借ります!」

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