17.灼熱の杭

 凄まじい炎のぶつかり合いは国中に轟く程に激化する。その度に互いの肉体は削れていき、マグマが如き血が飛び散る。

 グラードの剛腕がヴレイズの左上腕に命中し、物騒な音が鳴る。

 同時にヴレイズは赤熱右腕で熱線を放ち、相手の顔面を捉え、その隙に間合いを取る。

「くっ、不死身と言うのは例え話ではない様だな」皹の入った上腕を回復しながら忌々しそうに口にする。

 熱線を浴びた筈のグラードの顔面は既に修復しており、憎たらしく笑みを作っていた。

「お前こそ、惜しい所まで来ているぞ。炎の蘇生魔法を編み出す日も近そうだな。だが、近いだけでは意味が無いな」

「そうだな……」と、弱みを見せない様に構える。

 しかし、彼は疲弊しており、体力の限界近くまで削れていた。荒くなった息は魔力循環でなんとか誤魔化せたが、この2日間ロクに休んでいない為、精神的に疲れの限界に達していた。

 変わってグラードは不死身の肉体だけでなく、魔力循環も安定しており、未だに余裕だった。それどころか久々の強敵に出会った為か、彼は昂っていた。

「どうやらそろそろ限界の様だな。では、この国ごとトドメを刺してやろう」

「国ごと?」嫌な予感が背筋を撫で、表情を強張らせた。

「国を掌握するのが俺の目的だが、俺が欲しいのはこの国ではない。俺が欲しかったマルファ王国だった。だが、すでに滅びエルーゾという似ても似つかない国となり果てていた。こんな国はいらん。と、言う事で……対魔王用最終兵器を使わせて貰おう」

「なに?」耳を疑うヴレイズ。

 グラードは灼熱の塔上部へと向かい全身に魔力を溜め始める。

「この塔は、対魔王用の防衛兵器として作られた。その決定打となるコイツで、貴様ごとこの大地を消し飛ばしてやろう」と、勢いよく塔の頂上へ両手を叩きつける。

 すると、塔は全体が炎に包まれて勢いよく落下を開始する。

「なんだと?!」ヴレイズは仰天し、目を丸くした。



 灼熱の塔は本来、旧マルファ王国全土を魔王から守る為に建てられた防衛拠点であった。

 この塔から暗雲が放たれ、そこからの熱線の雨あられで魔王の軍勢を焼き払い、国を防衛する。

 更に、空中戦を想定して塔を飛べるようにし、制空権の防衛も可能にした。

 そして、魔王本人が来た時の最終兵器が、この塔そのモノであった。この塔に貯蔵された炎の魔力を最大限に爆発させ、杭として魔王にぶつけ、そのまま地底深くへと封印すると言うのがこの塔本来の使い方であった。

 しかし、魔王は光の一族との戦いで倒され、この塔はその目的を失った。

 が、グラードは前途の通り野望を持ち、塔を私利私欲化した。

 その為、団結した当時のサンサ族と戦い、グラードは皮肉にも塔の力で封印されたのであった。



 巨大な塔はエルーゾ国の大地目掛けて落下を始める。まさにグラードはこの国に杭を打つため、塔の頂上を拳で何度も叩く。

「く、なんてことしやがる!!」ヴレイズはすぐさま塔を押さえるべく下へ回り込み、両手を突き出して支える。

 そのあまりの衝撃、重さは1人の人間が支えられるモノではなく、ヴレイズはそのまま押し込まれてしまう。

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」更に皹だらけの中を少しずつ回復して何とかやってきた肉体が一気に崩れ、全身から血が噴き出る。

 このまま大地へ押し潰されたら、ヴレイズ自身が死ぬだけでなく、大地にグラードの魔力が灼熱の塔を通して全て叩き込まれ、国全土が崩壊するのは明白であった。

「あの時は一杯食わされたが……今度こそはこの俺が勝たせて貰うぞ!!」と、ダメ押しに塔上部に蹴りを加えて更に落下を加速させる。

「ぐっ! くそ……」ヴレイズは渾身の力を込め、最後の魔力を吹き上がらせて押し返そうとする。だが、身体が付いていかず意識が薄れる。

「もう、だめか……」

 絶望の中、彼の遥か下から何者かの魔力が立上ってくる。

 それは水色の龍であった。咆哮と共にヴレイズに襲い掛かる。

「な! なんだぁ!??」咄嗟に避けることも出来ず、その突撃を全身に受け止める。

 すると、彼の全身に奔っていた激痛と疲労がどこかへと飛んでいき、代わりに力が噴き出す。今迄の自分の限界魔力に何者かの魔力が追加され、彼の力は今までにない程、満ち溢れた。

「ありがとう、リヴァイアさん!!」借り受けた魔力から彼女のモノだと悟り、早速火炎を爆発させる。

 しかし、それでも塔の落下を止める事は出来ず、そのまま押し込まれる。

 その様子を見て、グラードはしたり顔で笑う。

「当たり前だ。この俺でさえ成す統べなく押し込まれたのだ。不死身の肉体も持たない貴様では……」と、口にした瞬間、塔が激しく揺れる。「ぬ?」

 その激震は止まらず、やがて塔が下から少しずつ皹が昇り、瓦礫が飛び散り始める。

 なんと、ヴレイズは塔の老朽化して日々の入った部分を見つけ、そこへ赤熱拳の乱打を加えたのだった。

 その打撃に塔の石素材は耐えられず、少しずつ崩壊した。

「なんだと?! そうか……長い年月でこの塔は……」と、納得する間もなく彼の足元にも皹が入り、ついにはヴレイズが飛び出てそのままグラードに赤熱拳を叩き込む。


「やってやったぞチクショォォォォォォォォォ!!!!」


 全身から熱気を吹き上がらせ、炎の魔人然とした姿でヴレイズは吠え、グラードにその勢いのまま襲い掛かった。



 塔が破壊されたためか、暗雲は晴れ、上空に青空が広がる。

ヴレイズの破壊した灼熱の塔は細かな瓦礫と化し、エルーゾ国全土へ降り注いだ。破片とはいえ、そのひとつひとつはこぶし大であり、中には一軒家を破壊する程の大きなものまであった。

「60点だな」砦の頂上で腕を組んだリヴァイアはエルーゾ国全土へ水魔法を展開し、瓦礫ひとつひとつを器用に受け止め、荒野へと運んでいく。

「……あいつ、本当に強くなったな……あとは、脇の隙を無くせば、ククリスからも声がかかる程の実力になるだろう。だが、あいつは断るだろうな」と、微笑ましそうに笑う。

 すると再び激震が鳴り響き、空気が晴れ敷く震え、嵐の様な突風が吹き荒れる。

「だが、あのレベルのままだったら、ガイゼルの二歩手前か……もう少しだな」と、リヴァイアは砦内へと戻り、再びミシェルの容態を診た。

 彼女の体調は未だに戻らず、目を半開きにしたままぼんやりと天井を眺めていた。



 ヴレイズとグラードは再び激突を開始し、互いの拳をぶつけ合う。

 今回はヴレイズが押し続け、グラードの肉体をベコベコに凹ませ、筋肉を破壊する。不死身の肉体も必殺の連打を浴び続け、回復が追いつかなくなっていた。

「ぐ……この俺が、まさか……!!」と、堪らず間合いを取って逃れ、肉体の修繕を図る。

 その意図を先読みし、ヴレイズは彼に追いつき、強制鎮火魔法を浴びせる。

 すると、彼の自己再生が完全ストップし、そのまま肉体が崩れ始める。

「な! 馬鹿な!!」と、狼狽すると、更にヴレイズは赤熱拳連打を浴びせかけ、ついにグラードの肉体を半分以上削り取る。大胸筋は弾け飛び、胸骨が粉砕され、むき出しになった心臓を殴り潰し、その向こう側にあるクリスタルを捥ぎ取る。


「ぐばぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 グラードの身体から水分が抜け落ちていき、両手足から塵になり始める。

「やったか……」奪い取ったクリスタルを握ったまま、息を切らせて距離を取るヴレイズ。

「……やっと、死ねるのか……結局、俺は何にも成し遂げられぬまま朽ちるのか……だが、最後に真のサンサ族の強者と戦えて、満足だ……」と、グラードは満ち足りた表情を残し、完全崩壊して消え去った。

「終わった……いや、まだか」ヴレイズは未だ満足に笑えぬまま、とりあえずミシェルらのいる砦へと戻った。

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