16. 魔人の衝突

 エルーゾ国の上空には暗雲が立ち込めていたが、国境境付近までは届いておらず、柔らかな日光が降り注いでいた。

 その元でヴェリディクトは紅茶の入ったカップを片手に、遠くで行われる赤々とした魔力のぶつかり合いを観察していた。

「ヴレイズ君、ついに炎の本質に気が付いたか。もう直ぐだな……」と、楽し気にほくそ笑みながらカップを傾ける。

 そんな彼の目の前に火の玉と化したフレインが飛来する。

 彼女は鬼の様に顔を歪ませながら着地し、目を血走らせ、鼻息を荒くさせる。

 すると彼女は間髪入れず、凄まじい勢いと気迫で拳を振るう。

「ふぅむ」ヴェリディクトは避ける様子もなく片眉を上げ、フレインの目を眺める。

 彼の顔面の鼻先で彼女の拳がピタリと止まる。瞳を血走らせ、歯茎を剥き出し、喉奥から声にならない声を絞り出す。

「…………っ!!!」一歩動こうとすると、彼女を縛り付ける様に全身の血管に流れる呪術が不気味に浮き上がる。フレインはそれでも力むのを止めず、やがて鼻血を噴き出す。

「凄まじい精神力だな。私の術中にいるにもかかわらず、ここまで動くとは」と、ヴェリディクトは彼女の周りを練り歩きながら様子を伺う。

 フレインはやがて力尽き、再び無表情へ戻り直立する。瞳からは力が失われ、一筋だけ涙が流れる。

 それを見て、ヴェリディクトは何か合図をする様に指を鳴らし、彼女の耳元に顔を近づける。

「君の身体はもうじき、君のモノではなくなる。内側で眠る黒き龍に乗っ取られるだろう。そう、魂を喰い尽され、フレインと言う存在が消えるだろう。だが、ヴレイズ君が助けに来るまで私が君の魂を保護しよう。その為に君を私の元に置いているのだ。それを忘れないでくれたまえ」

「テメェ……」フレインは歯の間から小さく絞り出しながら睨みつける。

 彼が指を鳴らした瞬間、フレインは再び無表情に戻った。

「さ、ヴレイズ君と魔人の戦いを見物しようではないか。今の彼なら、不死身の肉体の謎すらも解き明かせるかもしれん」



 ヴレイズは炎を残して去ったフレインを名残惜しそうに見送った後、炎の魔人に向き直る。嵐の様な激しさを覗かせながらも静かさを保つ魔人に対し、彼は意外にも冷静さを失っていなかった。

 グラードはヴレイズから感じる静かな魔力の流れを見て、感心する様に唸る。

「先ほどの2人とは違う……川の流れの様な魔力の持ち主だな。お前が現在のサンサ族の長か? 再び俺を封印しに来たか?」と、静かに構える。彼はフレインと激しい戦いを繰り広げたばかりであったが、全く息は乱れていなかった。

「封印できるかどうかはわからないが……これが通じるかどうかかな?」と、ヴレイズは両腕を正面に掲げ、編み出したばかりの炎熱操作魔法を仕掛ける。

「……っ? なるほど、そこまで出来るのか!?」と、グラードは驚きながらヴレイズの魔法を振りほどき、全く同じ波長の炎魔法で対抗する。

 2人の魔法はぶつかり合いながら絡み合い、やがて力なく霧散する。

「実戦で使うにはまだまだの様子だな」ヴレイズの実力を見切ったのか、グラードは鼻で笑った。

「あぁ……その様だな。だが、お前を倒すには十分だ」と、一気に間合いに入り込み、グラードの眼前に激しい熱光を放つ。その技はグラードにとっては目晦まし程度の技であったが、常人相手に使えば眼球を焼き尽くす恐るべき技であった。

「ぬっ……!?」流石の魔人も怯み、目を背ける。

 その隙を突き、ヴレイズは彼の上半身に赤熱拳の連打を放った。その一撃一撃全てが正中線を捉え、一直線を容赦なく抉る。

「ぬぉっ!!」と、目を剥いて吹き飛ぶグラード。

「まだまだ!」ヴレイズは追撃する様に間合いを詰め、更に水月を狙い、更に練り上げた白熱拳を放つ。

 この技でグラードは煮えたぎる血液を噴出させながら後退し、激しく吐血した。

 しかし、みるみるうちにその傷は回復し、魔人は不敵な笑みを浮かべた。

「やはり、この程度か……さっきの女と似たり寄ったりと言うべきか……いや、実力だけならあの蒼炎の男と同等か?」

「そう思うか? だったらありがたい」と、ヴレイズは拳にある手応えを覚えながら口にし、ニヤリと笑った。



 リヴァイアの分身は暗雲立ち込める空を見上げながらため息を吐いていた。

「……本体じゃなきゃ飛べないんだよなぁ……水蒸気に乗って浮いても、彼の力不足で終わるか」と、自分の状況をリヴァイア本人へ伝える。

 すると、そんな彼女の背後から蒼炎の殺気が近づく。

「……私を消しても無駄だぞ? 既にこの国にはリヴァイア本人が来ている」と、背後に立つグレイに目を向ける。

「……なら、その本人を倒すまで……」ボロボロになった彼は獣の様に唸った。

「今のお前では誰にも勝てない。哀れなほどに小さく、愚かで弱いお前では……」と、彼に向き直る。

「なんだと?!」怒り任せにリヴァイアの分身の片腕を蒼炎で消し飛ばす。

 すると、リヴァイアの分身はもう片方の腕で彼の頬に触れる。

「今迄、どれだけの事をして強くなったと錯覚した? 思い知った筈だ。独りで強くなったところで、結局意味が無いと言う事を……だが、お前の弟は違う。常に誰かの為に強くあろうとしている。そして、強くなる事に拘らず……」

「だまれ!!」と、自分の頬に触れる腕も消し飛ばす。

「もうじき、ヴレイズは賢者の域へ到達するだろう。そして、そこすらも超えるかもしれないな。あいつには期待していたが、まさかあそこまでの高みへ到達するとは……しかも、自分ではその凄さに気付いていない。いいか? 強くなると言うのはそう言う事なのだ、愚かな男よ」と、口にした瞬間、腹にグレイの拳が突き刺さり、一瞬で蒸発する。

「たかが分身が!! くそぉ!! ……くそぉ……」グレイは両膝を付き、今にも泣き出しそうな声を漏らした。

 そんな彼が上空を見上げると、再び豪炎同士がぶつかり合う音が鳴り響き、暗雲を真っ二つに引き裂いた。

「ヴレイズ……」



 グラードは拳を本気で固め、魔力循環を更に早める。フレインの時よりも彼は本気なのか、瞳の奥を赤々と燃やし、不気味に笑う。


「ヴレイズ……俺の目的は本来、魔王を倒す事にあった」


「だ、そうだな」予習してあった彼は特に驚かず、相手の魔力の速度のみに集中する。

「だが、魔王は光の勇者……いや、アレが本当の魔王だったのかもしれないな……とにかく、光と闇の衝突により、闇は消え去った。お陰で俺は、力を振るう場所が無くなった」と、固めた己の拳を眺める。

「何が言いたい?」ヴレイズは理解できない風に表情を歪める。

「力を持て余した俺は、守るべき者、愛すべき者を忘れ……この国を掌握しようと考えた。その結果、俺はサンサ族に封印された……」

「だから何が言いたい?!」

「お前の目的も魔王討伐か……もし、その目標がなくなったら、お前はどうなる? その過ぎたる力、どう使う?」


「知れた事! 仲間の為、必要とする者の為に使うまでだ!!」


 ヴレイズはグラードの瞳を睨み返しながら応える。

「……いい返事だ。俺を打倒す者はこうでなくてはな……では、忠告しておこう。お前の遥か下で這いつくばる蒼炎の男……あいつは将来、俺の様になるだろう。それが嫌なら、殺すなり魔石を封じるなりするんだな」と、グレイの魔力が響く遥か下の大地を指さす。

「……それは、お前に口出しするな! 俺ら兄弟の問題だ!!」

「兄弟か……お前は、俺の様な過ちは犯すなよ、ヴレイズ!」と、魔力循環を更に高速化させたグラードは高速で飛び、ヴレイズと拳を交えた。

 その瞬間、エルーゾ国上空で真っ赤な太陽の様な火の玉が炸裂し、地獄の様な業火が広がった。暗雲は消え去り、代わりに真っ赤な空が広がり、雷鳴の様な爆発音が轟く。

 この戦いは後に『魔人の衝突』と語り継がれる程の出来事となった。

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