15.黒VS紅紫

 暗雲の遥か上空を浮遊する灼熱の塔。

 その更に上では、紅紫と黒の炎が入り乱れ、エルーゾ国全体に轟音と轟かせていた。落雷の様であり、怪物の方向の様であるそれは、国民全員の耳を劈き、不安と恐怖色に染め上げていた。

 互いの攻撃がぶつかり合うと、それだけで殺人的な威力を誇る火花が飛び散り、それは空中で冷めて消えることなく大地へと雨の様に降り注いだ。それに着弾すると、木は燃え上がり、岩には穴が開いた。

「……!」フレインは禍々しい殺気の籠った瞳でグラードを睨み付け、空を引き裂く連打を見舞った。彼女の型は幼少の頃より培った炎牙龍拳ではなく、必要以上の殺傷と大量殺戮を目的とした炎牙黒龍拳と型となりつつあった。

 その素早くも重たい連打は魔人の肉体を揺さぶり響かせた。

 しかし、その全ては彼に取って致命打にはならなかった。

「この様な使い手がいるとは……いや、炎使いと呼ぶべきではないかもな……」グラードは紅紫の炎を全身に纏い、両拳を前に出しながら豪速で突撃する。

 その攻撃に対応すべく、フレインは漆黒の残像と共に攻撃範囲から遠ざかろうとする。

 だが、グラードのその技は周囲のあらゆるモノを凄まじい熱風で吸い寄せ、確実なクリーンヒットを実現する恐るべき攻撃であった。

 結果、彼女はグラードの必殺の間合いに吸い寄せられ、腹部に彼の両拳がめり込む。

「ごばぁ!!!」全身を魔力で強化し、呼吸で更に身体能力を倍増させていても、この必殺の一撃を無効化する事は出来ず、流石の彼女でも吐血しながら吹き飛ばされる。

 更にグラードの拳から紅紫の炎が彼女の身体へ注入され、そこから凄まじい衝撃波が放たれる。

 が、フレインの纏った黒炎はグラードの炎を無力化するだけでなく、衝撃波まで掻き消す。そして破裂して捻じれた腸を一瞬で回復させる。

「この炎……やはり我が炎と似ている……だが、根本が違う」興味の眼差しで彼女の纏った炎を観るグラード。

「……さて……」相手の渾身の打撃力を分析し終えたフレインは、今度は自分の番と言いたげに呟き、眼を怪しく光らせた。



 その頃、上空を飛ぶ灼熱の塔目掛けてヴレイズは高速で飛行していた。炎の魔人からミシェルのクリスタルを取り戻すべく、信念と覚悟を持って力強く炎を吹きださせる。

 すると、そんな彼の眼前に蒼い炎が立ちはだかる。

「ヴレイズ!!」怪我は大したことなかったが、耐えがたい屈辱に奥歯を擦り減らせたグレイが彼を睨み付ける。

「何の用だ? 今は勘弁してほしいんだが……」不意に現れた兄に向かってヴレイズは冷静に口にする。

「お前では無理だ」

「そんな詰まらない事を言いに来たのか?」

「生き残りであり、たった一人の家族であるお前を失いたくないから言いに来たのだ。アレはまだ俺たちの手に余る。やめておくんだ」

「……俺は、あいつに勝つために戦いに行くんじゃない……ミシェルを助ける為に行くんだ。お前みたいな自分の為だけに戦う奴と一緒にするな!」と、グレイを押しのけてでも先に進もうとするヴレイズ。

 すると、グレイは額に血管を浮き上がらせ、目を血走らせながらヴレイズの前へ回り込む。

「貴様!! 俺は!! 俺が誰の為に戦っているのか分かっているのか?!!」怒髪天に来たのか、グレイは今までにない怒りの表情を露わにし、ヴレイズの前で殺意のオーラを背負い、魔力を増大させた。

「知るか、この馬鹿兄貴!!」ヴレイズはただ先に進みたいが為、グレイの覇気に応えた。



 フレインは全魔力を右拳へ集中させながら、流れる様にグラードの間合いの内側へと入り込み、容赦なく相手の腹部目掛けて振り抜く。

 彼女の拳はおろか肘まで彼の腹へとめり込み、分厚い筋肉を突き破る。そこから黒炎を流し込み、魔人は肉体を爆散させて弾け飛んだ。

 だが、紅紫の炎が一気に吹き上がり、彼の肉体はあっという間に元通りに復元された。

「……何?」無感情の彼女もこれには驚き、間合いを取った。

「俺は不死身だ。故にサンサ族は姑息な手を使ってまで封印するしかなかったのだ。単純な殴り合いで殺せると思わない事だ!!」と、グラードはぐにゃりと笑い、再び固めた拳を振り抜く。

「面白い……コイツを喰らえば間違いなく……」フレインは静かに笑い、その拳に応えた。

 


 暗雲を隔てた上空では黒と紅紫の炎の衝突は激化し、灼熱地獄が広がっていた。

 その真下では紅と蒼の炎がぶつかり合い、負けず劣らずの攻防が繰り広げられていた。

「いい加減にしろ!! 俺とあんたが戦ってどうする!!」道を阻まれたヴレイズは苛立ち混じりに口にしながら、鋭い蒼炎を纏った蹴り足を受け流す。

「黙れ!!」正気を失うほどに怒り狂ったグレイは手元の狂いつつある攻撃を乱打し、弟の顔面を殴り潰そうと容赦なく振るう。

 その拳に対し、ヴレイズは赤熱右腕に込めた一撃で応え、激しく衝突させた。

 彼の赤熱右腕は砕け散り、グレイの拳も骨が飛び出て指が明後日の方向へと曲がる。

「くぁあ!!」グレイは痛みに怯み、コンマ数秒ほど怯む。

「グレイ!!」ヴレイズは怯むことなく左腕で兄の腹部を抉り、ハイキックで横っ面を捉える。

 グレイは彼の蹴りをまともに喰らい、空中をきりもみ回転させながら吹き飛び、しばらくして制止する。奥歯が折れたのか、歯の破片を吐き出し、ヴレイズの目を忌々しそうに睨み付ける。

「……貴様……」

「もう止めろ……次で決定的な差を見せる。実力とか、そう言うモノではないがな……」と、ヴレイズは静かに見据えながらグレイに向かって腕を掲げる。

「何を偉そうに……やれるものならやってみろぉ!!!」グレイは目を血走らせ、ヴレイズ目掛けて再び間合いを詰める。

 すると、彼の蒼炎は力が抜けた様に消え、当然そのまま彼は真っ逆さまに落下した。

「な! まさか貴様!!」狼狽しながら目を剥き、片腕を上げながら叫ぶ。

「炎ではなく、熱……か……この感じだな」ヴレイズは目の奥に暖かな赤を蓄えながら瞼を閉じ、上空を見る。

 それと同時に真下で落下する兄に自分の炎を纏わせ、落下速度を緩やかにさせて優しく着地させた。

「これが終わったら、決着を付けよう……兄弟としてな」ヴレイズは力強く目を開き、再び暗雲目掛けて飛んだ。

 そんな彼を見上げるグレイは、地面に膝を付き、涙ながら悔しさそのままに天へ向かって叫んだ。



 暗雲を抜け、灼熱の塔を超えたあたりで信じられない戦いを目の当たりにし、ヴレイズは仰天した。

 半年前にヴェリディクトに奪われたフレインが鬼面を貼り付けて魔人と互角の戦いを繰り広げていたのであった。

「ふ、フレイン……」ヴレイズは一筋の涙を流し、しばらく呆気にとられたままその戦いを見た。

 炎の魔人グラードの体躯は炎の賢者ガイゼルの体格を上回り、魔人と呼ばれるだけの筋肉を有した化け物が如き姿をしていた。

 そんな化け物を相手にヴレイズよりも頭ひとつ小さな彼女が互角に打ち合っていたのであった。

 その戦いは彼が見てきた彼女の戦いの中で、比べ物にならない程に荒々しく、且つ殺意に満ち溢れ獣の様な戦い方であった。

 魔獣と魔人はヴレイズの視線には気付かず、豪炎を撒き散らしながら殴り合った。互いの攻撃がぶつかり合い、時おりクリーンヒットしても、砕け散った先から傷は修復する。

 フレインも例外なく、魔人の拳を胸に受けて突き破られるも、黒炎で一瞬で回復する。


「フレイン!!!」


そんな彼女の姿を見て、ヴレイズはつい大声で叫んで彼らの範囲内へ入り込む。

「……ヴレイズ……」その声を効いた瞬間、彼女の瞳の色が変わり、黒炎がピタリと止まる。

「フレイン、なんだよな?」

「……っ……」フレインはグラードと彼の間合いから遠ざかり、表情を引き攣らせながら逃げる様にその場から去った。

「……フレイン……」ヴレイズはぎゅっと拳を握り、奥歯を噛みしめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る