14.集う炎たち

 古の時代に封印された炎の魔人の名はグラードといった。

 彼は古の魔王が封印された後に出現した男であり、防衛用に建てられた灼熱の塔の力を我が物とし、炎の魔王として旧マルファ王国を掌握しようとした男であった。

 彼は不死身の肉体、無限の魔力、全てを焼き尽くす紅紫色の炎を操り、誰にも止める事の出来ない最強の炎使いとし、現代まで『炎の魔人』として伝わっていた。

 だが、当時のサンサ族の戦士たちの手によって封印されたのだった。

 その際、体内の力の全てを魔石として取り出し、それを灼熱の塔の動力源とした。

 そして本体であるグラードを、塔の真下へと封印したのであった。



 そんな伝説の魔人は灼熱の塔のあるエルーゾ国上空へと飛び、そのまま頂上に現れる。魔力こそグレイを下回るも、その形相や体格などからただ者ではないと窺えた。

「貴様か? この俺を呼び覚ましたのは……」グラードは赤々としたオーラを滲ませた瞳で睨み付ける。

「来たか、炎の魔人グラード。寝起きにしては、意識がハッキリとしているな」グレイは手の中の魔石をチラつかせながら口にする。

 グラードは周囲に漂う魔力から、時代のある程度の情報を読み取る事が出来た。その為、この時代の言語や事情などはある程度、察知していた。

「サンサ族だな……それも、力に渇望した」と、グレイの間合いの内側へと平然と入り込み、顔色を伺う。

 グラードからは殺気を感じなかったが、グレイは一歩退いて構える。

「何故、俺を目覚めさせた?」

「ふん!」と、グレイは相手の力の源である魔石をグラードの方へ放り投げる。

「……?」彼はそれを受け取り、グレイの行動に疑問があるのか首を傾げる。

「俺は全力のお前を打倒し、魔人の力を超える! さぁ、かかってこい!!」グレイは両腕に蒼炎を纏い、殺気を滲み出させた。

 そんな彼を見て、グラードはそれを拒む様に魔石を地面へ放り投げる。

「?! どういうつもりだ?!」グレイは構えを解かないまま吠える。

「炎の力の本質は魔力の強さに非ず……それがわからない貴様に、全力を出す必要もない」と、グラードは腕を組んだままその場で浮遊する。

「なに?」

「かかってくるがいい。実力次第では僕にしてやろう」


「貴様ぁ!!!」


 激昂したグレイは蒼炎を吹き上がらせ、一気に間合いを詰める。腕から鋭い炎の刃を展開し、脇腹目掛けて振り抜く。

 しかし、その殺気に満ちた攻撃はグラードに触れるほんの数ミリで掻き消える。

「なにぃ?!」

「炎の本質を理解していない貴様では、俺には勝てん」と、片腕で僅かな紅紫炎を踊らせ、グレイに纏わせる。

「舐めるな!」と、グラードの炎を振り払い、懐へ潜り込んで膝蹴りを放つ。その際には再び蒼炎を纏ったが、また力が抜ける様に掻き消える。「何故だ?!」

 グラードは力の源である魔石が抜けた状態である筈であった。それなのに、魔人はグレイの炎を自分のモノであるかの様に操った。

「強くあろうとする者である程、炎使いには向いていない……そう、魔力だの火力だのにしか目を向けられない者は特にな」と、グラードは組んだ腕を解き、グレイの眼前に大きな手を掲げる。

 次の瞬間、紅紫炎が再びグレイの身体に纏わりつき、そのまま上空へと持ち上げる。

「な! くそぉ!!」と、己の蒼炎を出そうとするが、阻まれているのか思うように力が出ず、成す統べなく宙を舞った。

「俺を呼び覚ましたことは感謝しよう。では、さようならだ」グラードは目に力を入れた瞬間、紅紫色の炎が爆裂し、グレイはそのまま塔の頂上から真っ逆さまに落ちて行った。

「サンサ族。現代では襲るに足らん連中の様だな」グラードは鼻で笑い、己の力の源である魔石を体内へと戻した。

 すると、既に巨大だった彼の身体が更に力が漲る様に盛り上がり、オーラが吹き上がる。

「さて……北に邪悪な魔力を感じる……魔王が復活したのか?」



 その頃、砦内で目覚めたミシェルは、ボゥっとした表情のままヴレイズの診察を受けていた。

 ヴレイズは炎で全身を探り、身体に異変を見つけたのか難しそうに唸る。

「やはりな……魔石がごっそりと小さくなっている……このままでは魔法は使えないし、寿命も半分以下だ……」と、瞼を捲って目の色を確かめる。

「と、言う事は……奪われたクリスタルを取り戻すしかない、というわけか……」ミシェルは復活した魔人をドッペルウォーターの目を通じて観察しながら、難しそうに口にする。

 その視線に気が付いたのか、魔人はドッペルウォーターを一瞬で蒸発させた。

「ちっ……」

「それより、グレイがやられたと言うのは本当ですか?」

「あぁ。死んではいないだろうが、ただでは済んでいないだろうな……」と、火達磨になって塔から落ちた彼の事を想い出す。

「……そうですか……そのまま懲りて大人しくなればいいのですが……」

「それより、気になるのはもうひとつの気配だった……邪悪で真っ黒な魔力の気配が近づいていたが……アレは一体?」



「何者だ?」グラードは感じたことの無い魔力の気配に気が付き、振り向く。

 彼の眼前には鬼面を張り付けた女性が宙に浮き、真っ黒な炎に身を包んでいた。その者は真っ黒なスーツに身を包んだフレインであった。

 彼女はグラードの放つ闘気のオーラに我慢できず、勝手にここまで来たのであった。

「その炎は何だ? まるで闇魔法……魔王の末裔か?」と、瞳に炎を蓄える。

「お前を喰らえば……あたしは……」と、口にした瞬間、グラードの眼前に闇の炎で固まった拳が飛んで来る。

「ほぅ、面白い……サンサの炎とも闇とも違う……何者だ?」迫りくる拳を受け流し、間合いを取りながら腕を組みながら上空へ浮き上がる。

 しかし、間髪入れず彼女は彼を追いかけ、浴びせ蹴りを放つ。

 グラードはニヤリと笑いながらそれを受け止める。同時に彼女の放つ炎を鎮火させようと魔力を込める。

 が、黒炎は更に燃え上がり、襲い掛かった。

「熱操作が通じない……ただの炎使いではないな……」と、紅紫色の炎の衝撃波で吹き飛ばす。

「……やる」フレインは無表情のまま楽し気に呟きながら、小さく舌なめずりをした。



 ミシェルは起きたモノの、肉体的な反応は正常だったが、未だに意識はハッキリしておらず、まだ夢心地であった。

「これは早く解決しなければ危ないかもな」水魔法で診断したリヴァイアは難しそうに唸りながら口にし、カルテを作成する。

「はい……魂が肉体から離れやすくなっていますね……このまま放っておくと、肉体が魂を離してしまい、結果……死んでしまいます」

「……では、やるべき事は決まっているな」リヴァイアはヴレイズをチラリと見る。

 そんな彼女の視線に反応するまでもなく、ヴレイズはスクッと立ち上がった。

「はい! リヴァイアさんはここでミシェルの容態を診ていてください。彼女のクリスタルは俺が取り戻してきます!」と、口にした瞬間、脚から炎を噴射して跳んでいった。

「あいつ、いい顔する様になったな……私のドッペルウォーターを向かわせておくか」と、彼女はすぐさま水から自分の分身を作り出し、彼の後を追わせた。

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