11.魔王の見解

 ところ変わって北大陸のバルバロン、首都ファーストシティ。この町の中央の城は魔王の居城となっており、彼はそこで公務をこなし、現在はティータイムを楽しんでいた。

 彼は淹れたてのストレートティーの香りを楽しんでいると、丁寧なノックの音が響く。彼の返事と共に秘書長が現れる。

「失礼します。東大陸のエルーゾ国に封印されていた灼熱の塔が目覚めました」と、急ごしらえで作られた灼熱の塔に付いての資料をデスクに置く。

「ふぅ~ん」魔王は興味なさそうに返事をし、紅茶を一口啜る。

「ふーん、じゃないですよ! 暗雲からは熱線を雨の様に降らせ、炎の兵団を操り、魔人の力を……」と、書類をバンバン叩く。

「所詮は防衛装置だ。それに、あの塔の真の目的がどんなものか、この書類に書かれているのかね?」魔王は全てを知っているのか、書類を突っ返す。

「っ?! と言う事は、魔王様は知っておられるのですね?」

「あれは、古に現れた魔王から当時のマルファ王国(現エルーゾ国)を守る為に建てられた炎魔法増幅装置だ。が、いざ魔王がいなくなると塔は使用者と共に国内へ牙を剥き、結局当時の炎使いの一団に封印され、その団はサンサ族となって塔の封印を守り続ける事となった」と、滑らかに口にしながらおやつのチーズケーキにフォークを入れる。

「それにしては、興味が無い様子ですが?」

「所詮はエルーゾ国の防衛装置だし、魔人の力は使用者によっては、ただの炎使いで終わる。君はそんなモノに黒勇隊を派遣しろというのかな?」と、一口食べながら片眉を上げる。

「魔王様がそうおっしゃるのなら……」

「それよりも、デストロイヤーゴーレムの完成度は? あんな塔よりも、こちらの方が重要だ」と、目を光らせる。

「組み立て状況は丁度60パーセントです。メインのアンチエレメンタルフュージョンカノンの動作確認は正常、エレメンタルクリスタルの調整も正常。あとは両腕と頭部、外部装甲の取り付けです。まだ時間はかかりますが、最低でも書類上の数値以上は期待できるかと」と、眼鏡を上げながらサラサラと口にする。

「流石、ウィルガルムだ。ついにここまで来た、と言う所か」と、魔王は最後の一口を食べ終わり、紅茶を飲み干す。

「では、灼熱の塔に付いては?」

「捨て置いて構わん、と言う事だ」

「承知しました」と、秘書長は会釈をし、おやつの済んだ食器をトレイに乗せて下げて退室する。

 それを確認すると、魔王は頬杖を突きながら何かを悩む様に小さく唸る。

「古の超兵器……灼熱の塔、か……」と、独り言を口にした瞬間、足元から影が伸び、彼は闇溜まりの中へと吸い込まれていった。



 灼熱の塔に一番近い砦内では、次なる策を練るべく兵士長たちが円卓を囲んで案を出し合っていた。

 だが、ヴレイズらの情報の纏められた資料を見て青ざめ、互いを鼓舞する者はいれど、賢き打開策を提案する者はいなかった。

 結局、作戦会議は唸り声と共に虚しい刻が流れるばかりであった。

 ヴレイズは医務室のベッドにミシェルを寝かせ、彼女の容態を詳しく探っていた。

 彼女は3種類の炎で体内を炙られた挙句、強制的に高純度のクリスタルを生成させられていた。

 一般的に知られていないが、ハイレベルの属性使いはクリスタル生成が可能であり、生命を削れば削る程、純度の高いクリスタルを生み出す事が可能であった。

 因みにこれが出来るのは女性に限った。

 ミシェルは属性使いでない為、クリスタルを生成する事は出来ない筈であったが、炎使いへの覚醒の爆発力と生命の強制搾取、3種類の炎操作。これによって彼女は無理やりサンサ族のクリスタルを作り出し、代わりに魔力と生命力を殆ど吐き出してしまったのであった。

「あの時と似ているな……」ヴレイズはミシェルの容態を探り終え、深刻な表情を覗かせる。

「あの時?」リヴァイアの分身が不思議そうに問う。

「俺の仲間が生命を削るヒールウォーターでギリギリまで寿命を削られた時もこんな風だった……体重は軽くなり、傷の治りも遅くなる」

「ホワイティ・バールマンのあの薬か。まだ出回っているのか?」その薬を知っているのか、彼女は憤るような言い方を見せ、鼻息を鳴らす。

「その薬には寿命を戻すヒールウォーターもあるとか……リヴァイアさん、作れませんか?」

「水魔法に疎いお前に行っておくが、寿命を戻すなんてことはほぼ不可能だ。その寿命を戻すと言う薬も、実際は呪術による物だ。ヒールウォーターで寿命を削る呪いをかけ、もう一方で呪術を解く、という代物だろう」

「しかし、ほぼと言う事は、戻す方法も無くは無いのでは?」ヴレイズは諦める様子を見せずに彼女の目を見る。

「……術者の寿命を分け与える、という方法でなら……もしくは、」と、リヴァイアの分身はヴレイズの目を覗き込んだ。

「もしくは?」

「サンサの炎による蘇生魔法……」

「蘇生魔法……」ヴレイズは手の中に橙色の炎を滲ませる。

「どうだ? 正直、お前の技量なら何かヒントくらいは掴めていそうなものだが?」

「片鱗、程度なら……」と、口にしながらも苦しそうに頭を掻いた。

「行き詰っているのか」



 灼熱の塔からは蒼炎は一気に抜け失せ、代わりに紅紫色の炎が浸透し、大地と天空に向かって吹き荒れていた。暗雲は立ち込め、霧の様な炎が周囲を包み、ジャルゴによる防衛網が出来上がりつつあった。

 塔の頂上では、グレイの部下たちは消し炭残さず消え失せ、代わりに紅紫炎の化身が数十体直立し、中央には魔人の力を全身に漲らせたジャルゴが座していた。骨格が3倍ほど伸び、それに比例して筋肉が搭載され、見た目はまさに魔人に相応しく、見た目は既に人間の影も形も残っていなかった。禍々しい顔からは常に炎が吹き上がり、目だけが特別に光っていた。

「素晴らしい……これなら、魔王にも比肩しうるだろう!」と、空へ向かって軽く熱線を打ち出す。その威力はヴレイズやグレイの出すそれとは格段にレベルの違う代物であった。

「国だけではない……この大陸、そして世界を我が物に!!」と、灼熱の眼光をギラギラとさせ、口をバックリと開いて高らかに笑った。



 暗雲立ち込める塔が見える位置である丘の上。そこには何故かティーテーブルと椅子が2脚用意されていた。そこにはスーツを着た紳士が座り、紅茶を楽しんでいた。

「ついに塔が目覚めたか……だが、主は器ではないな」と、茶菓子を上品に口へ運ぶ。その者は世界最悪の炎使い、ヴェリディクトであった。

 その共を務めるフレインは、彼に紅茶のお替りを注ぎ、隣に立っていた。

「どうだね、フレイン嬢。あの塔の主と戦いたいか?」と、興味ありげに眼差しを向ける。

「弱者に興味はありません」無表情で応えた彼女は、もう一杯の紅茶の用意を始めた。


「やはり俺様が出向くまでも無かったか」


 いつのまにやら、ヴェリディクトの隣には魔王が座り、フレインからカップを受け取っていた。

「久々だな、エクリス君」ヴェリディクトは驚かず、カップを掲げる。

「ヴェリディクト殿。あの塔の復活を促したのは貴方だが……何が目的で?」と、先程飲んだ紅茶とは違った香りを感じ取り、その匂いを楽しんだ。「良い茶葉だ」

「今どき、あんな塔に価値などない。魔人の力も、弱者が自衛の力を手に入れるだけの代物。炎の本質を知る者にとっては、無価値だ」

「では、何故塔を? その為にサンサ族集落を消し炭にしたのでは?」

「いや……私はただ、己の興味を満たす為だけに……そして、今は」と、ヴレイズのいる取で方面へと首を向ける。「彼の成長の為、かな」

「彼? まったく……貴方の趣味にまた振り回される者がいるのか」

「これを乗り越えたら、彼はまた一歩、私のステージへ近づくだろう。どうかね、フレイン嬢? 嬉しいかな?」と、彼女へ顔を向ける。

 フレインはただ黙ったまま拳を震わせるだけであった。

「さ、問題は……彼の方か。彼も炎の本質に気が付けば、また成長できるのだが……」

「炎の本質か……」と、紅茶を一気に飲み干す。「ま、俺様には関係ない話だな」



 その頃、ヴレイズは再び砦を出て、エルーゾ城の書物庫へと向かった。衛兵たちは首を傾げながら彼の背を眺め、大臣が慌てた顔で現れる。

「ヴレイズ殿! 一体どうなっている! あの暗雲は? 塔は制圧完了したのか?! グレイはどうなった?!」

 そんな彼を尻目にヴレイズは落ち着いた物腰で書物を捲った。

「ヴレイズ殿!!」

「喧しい!! 塔もグレイも何とかするから、少し黙っていてくれ!」と、彼は書物庫の壁が震える程の声量で叫び、再び本へ目を戻した。

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