12.真なる塔の主

 翌日、エルーゾ国の軍隊は遠巻きに灼熱の塔を包囲し、次の動きを観察していた。

 彼らの心配をよそに、塔は沈黙しており暗雲も晴れ、紅紫色の光も放っていなかった。

「どうしましょう? 突撃しますか?」兵士長は恐る恐る騎士団長に伺う。

「ヴレイズ殿やミシェル軍団長が返り討ちに遭い、リヴァイア殿からの砦内で待機すべし、という助言もあったが……我々もただ黙ってみている訳にはいかん、が……」と、塔がいつ光り出すかとヒヤヒヤするように表情を強張らせる。

「もう少し、様子を……ん?」兵士長が提案しようとしたその時、塔の頂上から紅紫色の炎に包まれた魔人が降りてくる。

「あれは……?!」と、騎士団長はすぐさま封魔の剣を抜剣して掲げる。それを合図に全軍、槍を掲げて弓を構え、戦闘陣形を作り出す。

 ジャルゴは勝ち誇る様にほくそ笑み、全身に魔力を込めて炎を吹き上がらせる。


「さて、折角得た力だ……存分に楽しませて貰おう!」


 次の瞬間、彼の立っていた大地が突如噴火し、煙と火炎弾が舞い上がる。ジャルゴは遥か上空まで腕を組んだまま移動し、その場からエルーゾ軍へ向かって火炎弾を雨あられの様に降らせる。熱風と同時に着弾し、紅紫の炎が大地を埋め尽くす。その炎は簡単に盾や鎧を焼き尽くした。

 火炎の熱さに慣れる様に調教された馬たちは怯えて嘶き、逃げ出す。取り残された者たちはそのまま真っ黒に焦がされ、凡そ数千の兵は消し炭に成り果てた。

「つまらんなぁ……このままエルーゾ城まで向かい、制圧してしまうか……」と、城の方角へと飛ぶ。

 しかし、突如として全身から吹き上がる炎の勢いが弱まり、飛び方がフラフラになる。

「ぐっ……なに? 力が……」と、顔を覆った炎が鎮火し、全身から煙を噴き上げた。

「くっ……塔から離れたら力が……まさか……この魔人の力は……塔依存なのか?!」と、ヨロヨロとした飛び方で灼熱の塔へと戻った。



「成る程……魔人の力に見合わない者が塔の主となると、塔に縛られるのか……」書庫で夜通し本を読み漁っていたヴレイズは、最奥で眠っていたボロボロの巻物を読み終わり、納得した様にため息を吐く。

「勉強は終わったか? ヴレイズ」そこへ、リヴァイアの分身が現れる。

「リヴァイアさん! ミシェルの容態はどうですか?!」と、巻物から目を引きはがす。

「あれから変わらない。このまま手を拱くと、間違いなく死ぬだろうな……で、悪い知らせだが……塔より南側にある砦から詰めていた兵らが出撃し、あっという間に全滅した。私の助言を聞かず、勝機も無く、騎士のメンツだけで……まったく」呆れた様にため息を吐く。

「くそ……」

「で、何か手掛かりはあったのか?」と、リヴァイアの分身はヴレイズの持つ巻物を受け取って広げる。「……? これは?」と、首を傾げる。彼女の目にその内容は読み解く事はおろか、文章を理解する事が出来なかった。

「それはサンサ族の使い手が炎の呪術で書いた特殊な巻物です。それを解くのに半日もかかりました」と、ヴレイズは目に炎を蓄えながら口にする。

「なるほど、同じサンサ族にしか解読できないのか。で? そこには何と記されていた?」

「読み解くと、脳裏に大量の情報が焼き付く様になっていました。口頭で説明するには難しいですが、率直に言うと……」と、ヴレイズは巻物の内容を説明した。

 まず、灼熱の塔はエルーゾ国を古の魔王から守る為の防衛拠点である事。

 その塔の主となれば、炎使いなら誰でも強大な力を操る事が出来るが、その力に見合わない弱者が掴むと、塔の範囲から離れた途端に力が弱まる事。

 ただし、塔の主に相応しい者が力を握ると、炎の魔人に相応しい力が手に入り、魔を打ち払う事が出来ると記されていた。

 その他にも、塔の弱点や魔人の力の封印の仕方などが事細かに記されていた。

「成る程……で、蘇生魔法の情報はあったのか?」

「はい……しかし、俺にはまだ早かったのかもしれません……」と、重たく答える。

 もう一本の巻物には、蘇生魔法の触りの部分だけ記されていたが、それは意味深な文章だけが書かれているだけだった。『炎魔法は炎に非ず。与えるは生と死』とだけあり、ヴレイズは頭を捻った。

「炎に非ずか……では、炎魔法に蘇生魔法と類は無く、ただの伝説ということか?」

「そうかもしれません……過去に蘇生魔法を使ったのは1人だけと言いますし、その人は何も残さずに亡くなったそうで……」

「なるほど。だが、あと半日待てば、私の本体が到着する。それまで彼女が持てば、少なくとも命は繋がるだろう」

「そうですか! よかった……」安堵した様にヴレイズは腰を下ろし、一気に汗を掻く。

「だが、あくまでサポートだ。灼熱の塔やジャルゴ、そしてお前の兄はヴレイズ、任せるぞ」

「ほぼ全部俺じゃないっすか……」

「不服なのか?」リヴァイアの分身は透明感のある顔で凄んだ。

「いいえ……」と、俯きながら唸る。



 その頃、グレイは単身で灼熱の塔へと向かい、出入り口の真正面で仁王立ちをした。少しずつ体内の魔力循環を高速化させ、蒼炎を吹き上がらせる。

 それに気が付いたのか、魔力を塔で回復させたジャルゴが頂上からゆっくりと降りてくる。相変わらず凄まじい炎を燃え上がらせ、灼眼をギラギラに光らせる。

「おやおや、誰かと思えばかつての同志じゃあないか。何しに来た? 我が部下となりにきたのか?」と、ジャルゴは突風の様に魔力を吹き荒れさせ、グレイを殴りつける。

 しかし、グレイは全く怯む様子もなく、全てを悟ったように不敵に笑う。

「やはりな……器でない者が塔の主になると、この程度か……お前の取り柄はやはり、だまし討ちだけの様だな!」と、蒼炎を奔らせると同時に高速移動し、あっという間にジャルゴの間合いへと入る。

「な?! がぁ!!」急に眼前に現れたグレイに驚き、紅紫炎の拳を振るう。それはグレイの頬を掠めるだけで、当たる事は無かった。

「魔力が高いだけで、技術もクソも無いな……お前では宝の持ち腐れだな」と、微笑を浮かべると同時にジャルゴの身体がベコベコに凹む。

「馬鹿な!!」彼の肉体は魔人の力を得ただけあって、芸術的な彫刻の様な肉体美を誇ったが、見かけ倒しだったのかいとも簡単に皹が入り始める。

「その紅紫炎は見かけ倒しか? それは紅、蒼、橙の炎の全てを兼ね備えた炎の筈。どうした? 回復は出来ないのか? 陽炎で分身をだせないのか? それとも反撃が出来ないか!」と、追い打ちをかける様に鳩尾へ膝蹴りを入れる。

「ぐぉあ!! 貴様……舐めるなぁ!!」と、腕に魔力を込め、塔の防衛装置を起動させる。たちまち上空に暗雲がかかり、周囲に炎の化身が現れる。

「ふぅむ」

「さぁ! これならどうする!? いくらお前でもこれを前にしたらどうする事も出来まい!!」マグマの様な血を吐き散らしながらも勝ち誇る様に笑うジャルゴ。

「……お前は何も気付いていない様子だな?」と、いつのまにやら手に握られた珠を見せつける。

 それは塔の動力源であり、魔人の力の源であった。現在はジャルゴの体内へ収まっている筈であった。

「そ、それは! 何故?!」

「この力がお前から俺へと移った様子だな。やはりこの力は器を選ぶ様子だな……さて、使えん器は……」と、今度はグレイが腕を掲げる。同時に塔は再び蒼炎が巡る。

「き、貴様は……そうやって孤独に覇道を突き進むのか……俺同様、長続きはしないぞ?」ジャルゴは奥歯を噛みしめながら、歯の間から絞り出す。

「……わかっている。が、俺はこの歩き方しか知らんのでな」と、指を鳴らした瞬間、魔力の抜けたジャルゴの肉体を蒼炎で焼き尽くす。骨も残らず彼は消し炭となり、最後はグレイの蹴りによってバラバラに吹き飛んだ。

「さて、塔は取り戻したぞ……あとは……この国だ!」と、相変わらず彼は目をギラギラと輝かせながら塔の頂上へと向かった。



 リヴァイアは予告通り、半日経たずにエルーゾ城へと到着し、手始めに王へと手早くあいさつし、すぐさまヴレイズのいる砦へと向かう。

「ヴレイズ、久しぶりだな。で、状況は?」と、彼の返答を待たずに己の分身を吸収する。

「え、えぇっと、お久しぶりです! で、」

「もう大体把握した。早速、ミシェルの現在の容態は?」と、始めてきたはずの砦内を滑らかに歩き、ミシェルの元へと向かう。

 現在の彼女は目を半開きにし、浅く呼吸を繰り返していた。意識はあるのか無いのか、リヴァイアが指を鳴らしても反応はしなかった。

「……体温は平熱以下……呼吸、鼓動ともに弱く……身体が死につつあるな。こんな状態の患者には……」と、煌めくヒールウォーターの粒を作り出し、口へ垂らす。

「それで治るのですか?」ヴレイズは期待の眼差しでミシェルの様子を診る。

「いえ、とりあえずこの状態が続くだけね。病や怪我ならどんな物でも治せるけど、老衰の様な状態を癒す事は、流石の私にも出来ない……」と、リヴァイアは難しそうに唸った。

「そんな……」

「で、半日経ったのだから、貴方も何かしらの答えは出たんじゃなくって?」

「相変わらず無茶ぶるなぁ……だが、それに応えられなきゃ彼女は助けられないな……」と、ヴレイズは橙色の炎を腕に纏わせた。

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