9. もう1人のサンサの血
ジャルゴはフルフェイスマスク越しにニタニタと笑いながら、眼前で行われる炎の嵐を眺めた。紅と蒼の熱風が入り乱れて吹き荒れ、轟音と共に地鳴りが起こる。
中央のヴレイズとグレイは拳と脚を振るい、ぶつけ合い、その度に周囲が激しく揺れ、火炎が飛び散った。
「完全に蒼炎を見切ったようだな。流石だ!」グレイは鋭い眼光を飛ばしながら蒼炎の刃を纏った蹴りを放つ。
ヴレイズはそれを紙一重で避け、赤熱拳を相手の腹へ向かって振り抜く。
それをグレイは肘と膝で挟んで止め、蒼炎の波動で彼を吹き飛ばす。
彼は壁に叩き付けられる前に受け身を取って軽々と着地し、同時に熱線を放った。
グレイはそれを片手で防ぎ、押し返す様に蒼熱線を放つ。鍔ぜり合う様に互いの熱線がぶつかり合い、周囲に衝撃波をばら撒く。凄まじい衝撃で激震し、この戦いを見守るジャルゴとミシェルは突風に呷られ、必死でその場に踏み止まっていた。
「いい……お前の熱の豊潤さが一層に高まっている……」利き手をほんのりと焦がしながらニンマリと笑うグレイ。
「俺も、あんたの熱から色々と読み取らせて貰ったよ……ただの暴君じゃないと分かってホッとしたよ」と、ヴレイズも余裕の微笑を覗かせながら口にする。
「ほぅ?」
「あんたも俺同様、故郷を想って怒り、悲しみ……結果がこれなんだなって……」
「理解してくれるなら俺と、」
「だからこそ、俺はあんたを止める!!」
ヴレイズは間合いを詰めて急接近し、グレイの顔面へ向かって拳を振り抜く。
グレイはそれを火花と共に受け、溜息を吐いた。
「わかり合えないなら……このまま策は続行だな」と、グレイは目の中の炎を蒼から紅色へと徐々に変えた。
そんな火炎地獄を目の前にして、ミシェルは自分も動こうと剣を握り、身構える。が、それをジャルゴがフレイムガンの銃口を向けて制する。
「くっ……」忌々しそうな目を向けるミシェル。
「そう言えば、お前は自分の出自を知っているか?」突然、ジャルゴが口にする。
「……いきなり何を?」
「お前は剣に生き、魔法の類は使ってこなかったのだろう? 佇まいを見ればわかる。そんなお前の兄、だったか? アレは本当に血の繋がった兄なのか?」ジャルゴは目を怪しく光らせながら問いかける。
「何を言っている! 兄は紛れもなく……いや……」と、自分の身体の中の異変に気が付く。
この塔に入ってからか、蒼炎で二の腕を焼かれてからか、はたまた黒い大地に足を踏み入れてからか、彼女の体内では何か今迄に感じたことの無い『熱』が沸々とこみ上げていた。
「もう一度聞く、お前は自分の出自を知っているか?」
「……私は……」構えを解き、彼の言葉に呑まれる様に表情を濁らせた。
ジャルゴは当然、彼女の出自を調べ上げて知っており、それ故にあえて彼女の兄を殺したのであった。
ミシェルの生まれはなんと、サンサ族集落であった。フルネームはミシェル・ロゥ・サンサであり、ロゥ家の一人娘であった。
村が焼けたのは2歳の頃であった。彼女は両親の機転により自宅であるテントの下に即席シェルターを掘り、その中へ避難し、一命を取り止めていた。
その後、彼女は4日ほどその穴倉の中でじっとしていたが、事態を確かめに来たエルーゾ国の兵士団の兵士長に拾われ、それから彼女は実の娘の様に育てられた。
その際、彼女は魔法には一切触れず、士官学校を優秀な成績で卒業し、父親の後押しもあり、若くして軍団長を務めるに至った。
だが、彼女が兄と慕っていた男はグレイの手により焼き殺され、彼女は心中に復讐心を燃やし、現在に至った。
「つまり、お前にはサンサの血が流れている、と言う事だ。そして重要なのは、お前が女である事……」と、ジャルゴはフレイムガンを構えたまま一歩ずつ近づく。
「どういう意味……?」話がイマイチ理解できず、首を傾げるミシェル。が、全身を駆け巡る血に熱さを感じ取り、自分には炎使いの血が流れていると少しずつ理解し始める。
「人口のエレメンタルクリスタルを作り出せるのは女だけである、というのは知っているか? この性質を利用し、お前には炎の魔人の母となってもらう……兄を殺したのは、ここへ是が非でも来てもらう為だ」ジャルゴは勝ち誇るように口にしながら、フレイムガンを指揮棒の様に振る。
「何?!」ミシェルが剣を再び構えようとすると、ジャルゴはそれを一瞬で遠くまで蹴り飛ばし、眼前に炎銃を構える。
「さて、そろそろだろ……グレイよ、準備は出来たか?」
「あぁ、やっとな! と、言う事だヴレイズ。お前はもう用済みだ」と、グレイは彼の腹に掌底を入れて吹き飛ばす。
「ぐぁ!!」不意を打たれた一撃により、壁に激突し、そのまま蒼炎の拘束を受けて動けなくなる。それを解こうと体内の炎を爆発させようとした瞬間、ジャルゴのフレイムガンから封魔の弾丸が放たれ、腹部に命中する。これにより、体内の魔力循環は強制停止し、力なくその場で膝を折る。
「抵抗するな、その場で見ていろ……炎の魔人復活を、な」と、グレイは一瞬でミシェルの眼前まで飛ぶ。
「お前が、お前が兄を!!」ミシェルは憎しみを込めた拳で彼の顔に向かって振る。が、それを軽く躱され、蒼炎の拘束を受ける。
「お前をここへ呼ぶために殺した。なぁに、苦しまない様に一瞬で消し炭にしてやった……だが、お前はどうなるかな?」グレイは彼女の悔しさで潤んだ瞳に己の微少を写す。
すると、ジャルゴが彼女の頭を掴み、紅色の炎を彼女の体内へと送り込む。
「う゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」急な熱にパニックを起こして絶叫する。
「まずは紅色の炎……なぁに、お前はサンサ族だ。ちょっとやそっとの熱では死なない。多分な」
「やめろぉ!!」ヴレイズは自由の効かない身体を無理やり動かしながら怒鳴る。
そんな彼を横目で見ながらグレイは満足げな笑みを覗かせる。
「次は蒼き炎……」と、グレイは彼女の胸に手を置き、己の炎を注ぎ込む。
「っぁあ!!」白目を剥いて泡を吐き、ガクガクと頭を激しく揺らすミシェル。彼女の中では紅と蒼の炎が渦巻き、荒れ狂っていた。
「そして……ヴレイズ、炎から技を学ぶことが出来るのはお前だけではない」と、今度は橙色の炎を腕から滲み出し、またミシェルの中へと送り込む。
「なに!?」目を疑うヴレイズ。
「燃やす物を選ぶ、回復魔法向きの炎か……お前らしい優しく、甘い炎だ。俺には不要だが、今は必要だ」
「っうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
目から赤紫色の光を悲鳴と共に吹き上がらせ、絶叫するミシェル。
「ここから安定させるのだな。お前も手伝え」と、グレイはジャルゴと共に手を掲げ、彼女の中で暴れ狂う3種類の炎を操作する。
声が枯れるまで叫んだ彼女はそのまま気絶し、全身から黒煙を吹き上げながらその場に倒れる。
「よし、ここまでは順調だ」と、グレイは彼女の中の炎を操って身体を浮かせ、部屋の中央へと運ぶ。
「彼女をどうするつもりだ!!」ヴレイズは身体を捩りながら叫ぶ。
「彼女に作ってもらうのだ……炎の魔人の力を操る為の、魔石をな」グレイは目を光らせながら、この部屋にある塔の動力源であり力の源へと目を向ける。
「何?!」
「この魔人の力は、例え俺でもお前でも使いこなす事は出来ない……だが、彼女の身体を通して作られたフレイムエレメンタルクリスタルを用いれば、魔人の力を使いこなす事が出来るのだ! これで、俺は」と、言いかけるとともにグレイは突如、吐血する。それと同時にミシェルの剣が背中から胸にかけて貫かれていた。
「彼女の望みだけは尊重しておこうと思ってね。ご苦労だった、グレイぃ」ジャルゴはマスクの向こう側でにんまりと笑いながら抉る。
「な゛なにぃ!!」グレイは目を剥きながら強引に剣を抜き、彼に向き直る。が、それと同時に彼の肩に封魔の弾丸が命中する。「ぐぁあ!!」
「幾らお前でも、この瞬間は油断するよな? くふふふふ」ジャルゴは煙立ち上るフレイムガンを投げ捨てた。
「き、きさまぁ……」
「さて、彼女の作り出す魔石を使えば、例え俺の様な一般の炎使いでも、魔人の力を使いこなす事が出来るのだ! 3人とも、礼を言うぞ!!」と、ジャルゴは声を張り上げる様に大声で笑った。
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