8.橙の炎
灼熱の塔の地下最深部に到着したグレイたちは、中央で揺らめく炎を目の前にして目を輝かせる。それは塔の力を司る動力源であり、炎の魔人の持つ力の正体でもあった。
「おぉ……コレが」と、ジャルゴが手を伸ばそうとするも、我慢する様に踏み止まる。彼の調べた文献では、その炎は一般の炎使いでは扱えない代物であった。触れるが最期、消し炭になると記されていた。
「お前では無理だ」グレイは鼻で笑いながら揺らめく炎に手を翳す。
が、まるで炎が拒絶する様に彼の指先に噛みつく。
「ぬっ?! くっ……」火傷を負った指先を摩り、表情を歪ませる。今度は手に蒼炎を纏い、もう一度触れようと試みるも、また同じように指先を焦がす。
「どうした?」
「サンサ族である俺でも、この力を使う事は出来ないのか……いや、まだ他に手はある」と、近くの壁画に触れ、中央の炎に付いて情報を探る。
「まぁ、塔の力だけでもこの国を制圧するには十分だとは思うが……」
「いや、それではダメだ……この力を全て己のモノとしなければ!」と、グレイは血眼になって周囲の壁画を調べ、中央の炎の扱い方を必死で探った。
その頃、ヴレイズは蒼炎を纏った獅子像の3体目を破壊し、残りの2体へ目を向ける。1体はミシェルと互角に戦い、もう1体はリヴァイアの分身が軽くいなしていた。
「ほらヴレイズ、早くこいつも倒してくれ」と、リヴァイアは冷静に身体を流動させながら獅子の噛みつきを避ける。
それに応えようと駆けだした瞬間、ミシェルが突如悲鳴を上げる。力負けして剣を弾かれ、そのまま二の腕に噛みつかれていた。
ヴレイズは直ぐに反応し、彼女の腕が噛み砕かれる前に割って入り、獅子像の頭を殴り砕く。その瞬間、蒼炎が身体から抜け出して消滅する。
「大丈夫か?」と、声をかけながらも彼女の二の腕に纏わりついた蒼炎を払う。傷口は炭化し、皮膚はパリパリに焼焦げていた。
「くぅぅぅぅぅぅぅぅっ……」激痛に耐える様に右腕を押さえ、唸り散らす。その火傷は普通ではなかった。
「早く処置しないとヤバいか」と、呟きながら最後の一体の腹部を殴り潰し、そのまま火炎衝撃波で爆散させる。
リヴァイアの分身はヒールウォーターを作り出し、彼女の腕の傷の具合を探る。
「……手遅れね……傷口から骨まで炎が達している。炎や魔力で身を守れない者が喰らうと、一瞬でこうなる……」と、諦めた様にため息を吐く。
「そんなぁ……くぅ……っ」と、悔やむ様に涙を流す。
「いや、諦める事は無いかもしれない」ヴレイズは彼女の腕を炎で探り、具合を確かめる。蒼炎は指先まで伝わり、水分が消し飛んでいた。
「……これなら……」と、少し色味の違うオレンジ色の炎を指先から絞り出し、ミシェルの右腕に纏わせる。
すると、焼け焦げて丸まった指先が少しずつ開いていき、皮膚に艶が戻っていく。
「これは……?」見た事が無いようにリヴァイアの分身は目を丸くする。
「ここ最近、編み出した新しい回復魔法だ。それと、城の書物庫で発見したヒントを元に応用したんだ。炎を焼き尽くす蒼炎に対抗できるのは、同じ性質を持ったサンサの炎だけだ。焼き尽くされたモノを癒す事が出来るのも、サンサの炎だけ。それに回復魔法を練り込めば……上手くいったかな?」と、ミシェルの腕の具合を診る。
「まだ痛みはありますけど……」
「痛みがあるなら成功だな。神経まで焼き尽くされていたからな」と、噛み痕の具合も診る。
「この炎……まさか、伝説の蘇生魔法……」リヴァイアはポツリと呟く。
「伝説の?」ミシェルは彼の炎を見ながら首を傾げる。
「数百年前に編み出した者がひとりいたらしいな……だが、術者は苦悩の末に自決したと記されていたな」と、彼女の腕の噛み痕も癒す。
「蘇生魔法は、一国はおろかククリスが欲しがる貴重な技術だからな。今の所、使いこなせるのは1人……しかもバルバロンが握っているのが事実だ。ヴレイズ、その技を大切に伸ばすといい」と、珍しく彼女は微笑を浮かべた。
「あの、ヴレイズさん……ありがとうございます」鈍く痛みは残るも、完治した右腕を摩りながら頭を下げるミシェル。
「俺みたいにならなくてよかったな」と、冗談交じりに自分の右腕フレイムフィストを見せる。
「私にそんな技はありませんからね……」
すると、リヴァイアの分身は彼女の目を見ながら厳しい顔を見せる。
「で、自分の無力さがわかったかしら? 足手まといにならない内に帰った方がいいわよ?」
「……いいえ。私はグレイを倒して兄の仇を取るまで、帰りません!」と、ミシェルは打ち飛ばされた剣を拾って腰へ納める。
「……油断しない事ね。噛まれたのが腕ではなく、腹や首だったら、こうはいかないでしょうね」と、脅す様に口にし、プイと顔を背ける。
その後、ヴレイズらはグレイが乗った昇降機を見つけ出して乗り、地下深くへと向かった。
「成る程……」グレイは納得した様に壁から手を離し、深くため息を吐いた。
「何か掴んだのか?」手帳を眺めながらジャルゴが問う。
「どうやら、この炎を掴むには……不死なる炎が必要の様だ」
「不死? 不死身の肉体が必要と言う事か?」
「いいや。色にして橙の炎……回復魔法に優れたサンサ特有の炎の事だろう。遥か昔にその炎で蘇生魔法を編み出したとか……その炎を扱う者のみが身に纏える」
「では、お前では無理だな」ジャルゴもため息交じりに口にする。
「なぁに……まだまだ俺には策がある」と、グレイは手の中に赤々とした炎を出し、手の中で転がす。
数分後、昇降機が塔の地下最深部へ到着する。ヴレイズ達は他の防衛装置に気を配りながら先を進む。ヴレイズはその為、壁画に手を触れながら周囲を探る。
「どう? 何かわかる?」
「……3種類の炎。紅、蒼、橙……この3つを使いこなす炎の使い手。その使い手は不死身の肉体を持ち、全てを焼き払う蒼炎で薙ぎ払い、そして紅き炎で人を欺く、とある」
「紅き炎で欺く?」聞いたことが無いのか、耳を疑うミシェル。
「通常の炎使いのそれは、幻術魔法に応用する事が出来たそうよ。最近ではそう言う使い方をする者は少ないらしいけどね」と、リヴァイアの分身は周囲を警戒しながらも口にする。
そんな彼らの眼前に人を象った炎が現れる。外の防衛網の炎とは様子の違う代物であった。外の者は目的意識を持った昆虫の様な動きをしたが、眼前のそれは人の意識を持ったような自然な動きを見せた。
「私がドッペルウォーターなら、こいつはドッペルフレイムか。ヴレイズ、やれる?」と、リヴァイアが一歩下がる。
彼は手を正面へ掲げ、炎の波動を放つ。これは炎を身に纏った者のオーラを一発で剥がす事の出来る技であった。
しかし、正面の炎の化身はそれをまるで突風でも受けた様に少し後退るするだけだった。
「外の防衛網の炎はコイツで消し飛ばせたが、こいつは簡単にはいかないようだ……」と、腕を唸らせながら構える。
すると、ミシェルが一瞬で彼の前に出て剣を一閃させる。炎の化身の頭を斬り飛ばすと、すぐさま炎は力なく揺らめきながら消えた。
「おや」ヴレイズは目を丸くして驚く。
「この剣は封魔の剣です。こう言った敵にはめっぽう強いですよ」と、リヴァイアの分身をチラリと見る。この剣は彼女も一撃で仕留める事が出来た。
「何故私をみる」
「とにかく助かった。さ、早く進もう」と、ヴレイズはグレイのいる最深部の大広間への扉を強く開いた。
「意外と早かったな、ヴレイズ」
彼を待っていたのか、グレイは出迎える様に口にした。
「この塔は、そして炎の魔人の力は放つ訳にはいかない。直ぐに再び封印するんだ!」
「また相変わらずそんな事を……もっと攻めようとは思わないかの? お前みたいな考え方の持ち主は、悪人にやられ放題になるぞ?」
「だが、この塔はやり過ぎだ! お前を倒してでも、俺は封印するぞ!」
「相変わらずつまらんヤツだな!!」と、グレイは目を尖らせて駆け出し、拳を振るった。
ヴレイズもそれに応える様に赤熱拳をぶつけ、そこから紅と蒼を撒き散らす様な凄まじい戦いが始まった。
それを見ながらミシェルは剣を抜いて構え、グレイの隙を伺う。
「邪魔はするな。あの戦いはお前が割り込めるものではない」忠告をする様にリヴァイアの分身が彼女の手を掴む。
「余計なお世話です……」
すると、リヴァイアの分身の胸に突如穴が開き、同時に水の身体が霧散する。
「な?!」急に起きた異変に狼狽し、周囲を見回すミシェル。
「封魔弾なら一撃だな。まずはひとり」煙の立ち上るフレイムガンの銃口を拭きながらジャルゴが愉快そうに笑う。
「貴方は!?」
「さぁ、2人で見物しようじゃないか。2人の炎使いの殴り合いを……」ジャルゴは何かを企む様にマスクの向こう側の目を怪しく光らせた。
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