3. 炎の魔人

 馬車はエルーゾ国首都にあるエルーゾ城へと入る。城下町は賑わいこそ無かったが、まだ襲撃を受けていないのか国民は穏やかな表情で日常を過ごしていた。

 これを見てヴレイズは安堵の表情を浮かべたが、正面に座るミシェルは未だに冷や汗を拭えずにいた。

「大丈夫か?」見るだけで彼女の温度を計り、健康状態を診る。彼女の発汗は精神状態の不安定からくるモノだと察知し、かける言葉を探す。

「……貴方のお兄さんは、私の兄を……殺したんです……すいません、関係ないでしょうけど、でも……」肩と膝を震わせ、涙を流す。

 そんな彼女の額に軽く触れ、熱を送り込む。その暖かさは彼女の心に安心感を与えた。

「これは……?」流れる涙の温度が変わり、心に落ち着きを取り戻す。

「自己流の精神安定魔法ってトコロかな? 気休め程度だが……」と、手を引っ込める。

「いえ……ありがとうございます」と、ヴレイズの横顔を見る。彼の顔はグレイに似ていたが、雰囲気や顔つきは似ても似つかず、ミシェルはホッと胸を撫で下ろした。

 その後、馬車は城門を潜り、ヴレイズは初めて母国の城へと入る。

 城内を見回し、複雑そうに唸るヴレイズ。

「どうか……されました?」

「いいや、何でもない」と、ヴレイズは言葉を飲み込み、案内されるままに玉座の間へと進んだ。



 時同じくして、城から遥か北に位置するインファール砦。

そこには数千からなる炎使いが拠点としていた。更に、隣接する各砦にも兵が押さえていた。

 そこへ、蒼い炎を纏ってグレイが戻ってくる。

 そんな彼をその場にいた数百の炎使い達が声を揃えて出迎える。

 グレイは涼し気な顔のまま皆の声に応え、指令室まで歩む。

「連れて来られなかった様だな」フルフェイスマスクを被った男が卓に置かれたエルーゾ国の地図を眺めながら口にする。

「オヤジを思い出したよ。あの甘っちょろい感じ……だから村は滅んだんだ」と、彼の眼前に立つ。「で、首尾は? ジャルゴ」

「黒い大地……サンサ族集落跡は抑えた。掘り起こし始め、早速それらしい物が出てきている」と、地図にペンを入れ始める。

「順調か。そこへ俺とヴレイズが戻れば、伝説通りに事が運ぶわけだな」

「その通り。お前は炎の魔人となり、この国……あわよくば世界を握る事が出来る」

「力は使ってこそだ……なぁ、ヴレイズ」グレイは意味ありげにクスクスと笑った。

 そんな彼を見て、ジャルゴは卓に置いたエレメンタルフレイムガンを手に取り、腰のホルスターに仕舞いながらドアへと脚を向ける。

「相変わらずそんな武器に頼るのか?」指摘する様にグレイが指を向ける。

「俺はお前ほど強くないからな。それはそうと、レッズを消したそうだな?」

「あぁ。使えんヤツは消す。あいつはあれで3度目だったからな」

「戦闘力は随一だったのに、勿体ない」と、残念そうにため息を吐く。

「そんなあいつは、ヴレイズに手も足も出なかったそうだ」

「では、早めに作戦を動かさなきゃな。レッズで歯が立たないなら、お前にしか止められないだろう?」と、マスクの向こう側の瞳をギラつかせる。

「あいつはオヤジの様に甘い。お前も気を抜くな」

「あぁ、任せておけ」と、ジャルゴは凄むような声を出し、扉を閉じた。

 


 玉座の間へ案内されたヴレイズは、王の前で跪き、首を垂れて挨拶をしていた。

「お前がヴレイズ・ドゥ・サンサか。よく来た。表を上げよ」

「はっ……」

「早速だが、連中の策を潰して欲しい。炎使いの団が3つに別れ、砦を奇襲するとの企みが入ったのだ」と、合図をする様に手を動かす。それを見て、大臣が地図を広げ、ヴレイズの前で広げる。

「囲んで一網打尽にするつもりか……」

「我が軍に使い手は数人しかおらず、頼みの綱は賢者殿の分身のみだった……あの方の分身は強いが、グレイの様な実力者に出て来られるとあっという間に蒸発させられてしまう……グレイを頼めるか?」

「わかりました……」と、浮かない顔を隠しながら玉座の間を後にする。



 城内にある自分に用意された部屋を訪れ、そこで久々のベッドの上に横になる。彼はこの半年近く、ベッドや布団で寝ていなかった。眠る代わりに瞑想し、魔力循環を高めていた。

「……国を救うかぁ……」と、残った左腕を掲げて眺める。自分の手で国を救えるのか、少し自信が無かった。

 更に、幼少期の自分を切って捨てたこの国を救うと言うのは気が進まなかった。

 しかし、これをやり遂げてこそ自分は『更に向こう側』へ成長できると悟り、ここまで来たのであった。

 すると、ドアをノックする音が聞こえ、それに応える。

 勢いよく開くと、そこにはジェル状の人間が立っていた。表情は透明だったが、よく見ると鬼の様な形相をしていた。

「あ」その者が何者かを悟り、ヴレイズは勢いよく立ち上がって姿勢を整える。

「遅いぞ貴様ぁ!! 命じてから半年以上待たせて!! お陰で分身が数人消し飛んだわ!!」と、リヴァイアの分身は一瞬で彼の背後へ回り込み、ウォーターウィップで背中を打つ。

「あ゛い゛でぇ!!!」と、余りの激痛に跳び上がるヴレイズ。

「……全く……お前の事情も察するが、半年は長いぞ」

「え? 察するって?」

「お前の水分情報を読み取ったんだ。お前の仲間だけの特技ではない。それより、お前の兄はとんでもない事をやらかす気だぞ」と、遠慮なく部屋にある椅子に座って脚を組む。

「何を?」初耳なのか、キョトンとした顔で彼女を見返す。

「……知らないのか? サンサ族集落跡地には古くから、炎の化身が眠ると伝えられていた。その力は余りに強大である為、番人として炎の使いらがそれを封じる為に集落を作った。それがサンサ族だ」

「……おとぎ話としては聞いたことがあったが、本当だったのか……」と、昔に母から寝床で聞かされた話を思い出す。

「グレイはそれを目覚めさせる、否……その力を我が物とするつもりだ」

「なぜそこまで知っているんだ?」

「分身の記憶は見えない糸で共有されている。残りの2人は砦で迎撃準備を進めている」

「じゃあ、俺はそこへ……」と、ヴレイズが部屋から出ようとした瞬間、リヴァイアのウォーターウィップが首に絡みつく。「ぐえぇ!!」

「単純に動くな。それは恐らくグレイの罠だ。砦防衛は私に任せ、お前は集落跡地へ向かえ。そこで真の目的を挫き、一気に士気を落とすのだ。そこからなら逆転を狙える」

「でも、砦には多数の炎使いが……」

「安心しろ。数は多くとも、皆クラス2から3の下程度のつまらん連中だ。グレイに出て来られなければ、どうにかできる」

「そうですか……なら俺は……」と、急に脚が鈍くなる。

「故郷へ戻るのは辛いか?」更に察したリヴァイアが優し気な声をかける。

「……急に思い出してしまって……でも、大丈夫です」と、力強くドアノブを握った。



 城を出ようとすると、数十からなる兵たちがヴレイズを出迎えた。その中にはミシェルもいた。

「さぁ、共に砦へ向かいましょう!」と、兵らが声を揃える。

「いや、サンサ族集落跡地へ向かう。グレイの真の目的はそこだ」

「黒い大地へ?! あそこへは近づけません!! 行くにはいくつもの連中の砦を突破しなければ……」と、ミシェルが止める様に口にする。

「だが、行かなきゃ……この城を取られるよりも恐ろしい事が起こるかもしれない」

 すると、彼の背後からリヴァイアの分身が現れる。

「その通り。砦の守りには私が行こう。合わせて3人の私が相手なら、連中も簡単にはいくまい」

「それなら……で、ヴレイズさんには別の馬車を……」と、ミシェルが兵に指示をしようと呼びつける。

「それには及ばない」と、ヴレイズは脚に炎を纏い、勢いよく空へと舞い上がった。

 兵たちは驚愕しながら天を仰ぎ、感心する様に声を上げた。

「グレイは任せろ! ついでに敵の押さえた砦も潰す」と、鋭い眼光を北の空へと向け、勢いよく飛翔した。

「……おぉ……お? 我々も急がねば!!」と、ミシェルらは急ぎ馬の用意をし、砦へと駆けて行った。

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