2.グレイ、あらわる

 馬車に揺られて3日目の朝、ヴレイズ達はエルーゾへと入国する。入国の際、検問所を通り、そこの兵士らが彼を見た途端、目を丸くして驚く。

「このお方が! おぉ! どうか我が国をお救い下さい!」と、まじまじと観察する。

「……少し綺麗にすればよかったか」と、後悔気味に無精ひげを撫でる。

「城へ着いたら、王と謁見する前に浴場へ寄ってもらいます」ミシェルも少し気になっていたのか、彼の服装と顔を見ながら口にする。

「大丈夫だ」と、急にヴレイズは己の身体に炎を巡らせる。その炎は周囲を燃やさず、彼の無精ひげを焼き落とし、服や体に付いていた汚れを焼き尽くす。あっという間に身体を洗ったかの様に綺麗になり、少し荒ぶった髪を整える。

「さ、流石、英雄殿!」と、感嘆のため息を吐く番兵たち。

「お、脅かさないで下さいよ!!」炎を目の当たりにしたミシェルはまだ慣れていないのか、顔を撫でる炎を振り払う。

「わ、悪い……」

「でも、服が少しボロいので、我々が用意した御召し物を着て貰いますよ!」

「ボロいって……」



 検問所を抜け、城まで真っ直ぐ馬車を走らせる。その間、ミシェルはヴレイズに最近の国内情勢を説明した。

 グレイ率いる炎使い集団は国の3分の2を支配し、王都に攻め入る2歩手前まで近づいていた。支配地域の村々も手中に収め、更には税率や法律まで勝手に書き換え、まさにやりたい放題であった。

「彼は、炎使いの国を作る事を目的とし、逆らう者は皆殺しです……我が軍の精鋭は半数やられ……私の兄も生きたまま焼き殺されました」と、表情を暗くさせながら拳を握る。

「……俺は兄の事はあまり覚えていないんだ。10歳も離れているからな。それに、俺が物心つく頃には村にはいなかった。覚えているのは……父さんらとよく喧嘩していて、怖いイメージばかりだったな」と、窓の外の丘上を見る。

 そこには数人ばかり影が生え、その中央のモノが凄まじい魔力を放っていた。

 それを察知したヴレイズは急ぎ馬車を止める様に口にし、フレイムフィストを生やす。

 皆が反応するよりも先に、丘上の影は練り上がった炎を収束させた熱線を馬車へ向けて放っていた。

「早速か」と、ヴレイズはフレイムフィストを掲げる。その瞬間、馬車の半径10メートル以内を覆う魔障壁を展開させ、熱線を弾いた。

 それを合図に、火炎弾が無数に放たれ、それら全てが魔障壁にぶつかって弾け飛ぶ。

「な、何が遭ったんですか!?」聞いたことの無い音に狼狽しながら窓から顔を出すミシェル。

「いきなり熱線をぶっぱなして来るとは穏やかじゃないな……」

「まさかグレイ?」

「いや、この感じ……サンサの炎じゃないな」魔障壁に衝突した熱線の熱量と衝撃、そして香から読み取り、丘を降る人影に目を凝らす。

 その者達は皆、脚に炎を纏い、一足飛びで馬車へと飛んで来る。着地と同時に衝撃波が飛んで来るが、ヴレイズはそれも魔障壁で軽々と防ぎ、馬車の前に出る。

「何者だ?」正面に立つ5人の炎使いへ向けて口にする。

「お前がグレイさんの弟か? 対した事なさそうなヤツだな。片腕一本とか舐めてんのかよ」と、中央の若者が口を曲げる。熱線を放ったのは彼だった。

「おい、グレイさんの命令は『連れてこい』だったぞ? 無用な喧嘩は売るな」隣の者がいさめる様に口にする。

「うるせぇ。コイツがうちらの戦力になるか試してやるんだよ。使えねぇお荷物はいらねぇだろ?」

「しかし、弟なんだろ?」

「なぁに、殺しはしねぇよ。使えるか使えねぇかだ」と、拳に炎を纏い、体重を腰に乗せる。

 そんな彼らを目の前にしたミシェルは震えあがって馬車の影に隠れる。

「あいつは幹部のひとり、レッヅです! 攻撃的で、そいつに何十人とやられました!」と、奥歯を鳴らす。

「……クラス3の中ってところか」ヴレイズはポツリと呟きながら5人を眺める。周りの4人よりも真ん中の若者は頭ひとつ魔力が高かった。

「ちゅうだぁ? 生意気な事を言ってくれるじゃねぇかよ!!」と、爆発した様に飛び上がり、火炎弾をばら撒いた。

「同じ属性使いにその技は目晦ましにもならないぞ?」と、魔力を軽く込めた気合砲のひと吹きでそれら全てを消し飛ばす。

「そ・れ・が!」と、ヴレイズの眼前に着地し、両手で溜めた魔力を放つ。至近距離で放たれたその熱線はヴレイズの眼前で発光した。「どうしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 が、ヴレイズはフレイムフィストを翳すだけで受け流し、熱線の炎を自分の身体に纏わせる。レッヅが熱線を出し終えると、炎を全て自分のフレイムフィストへと集中させ、そのまま手の中へと飲み込む。

「俺の兄に伝えておいてくれ。これ以上この国に手を出すなってな。いいや、あとで会いに行く」ヴレイズは汗ひとつ掻かずに拳に息を噴きかけ、汗だくのレッズの目を睨んだ。

「馬鹿な……嘘だ! 俺より強いのはグレイさんだけだ!!」レッズは顔を歪めながらヴレイズに殴りかかる。

「仕方ないか」何か懐かしいモノを感じた様に呟き、彼の乱打連撃を左腕一本で全て受け流す。

 レッズの格闘技術は中々のモノであったが、フレインと武者修行を続けたヴレイズの敵ではなかった。

 大きな隙をいくつも見つけてはそこを軽く小突き、仕舞には肩で体当たりして突き飛ばす。レッズは受け身を取るのを忘れ、尻餅をつく。

「こ、こんなにも実力差が……」

「あり得ない! 噂は本当だったのか」と、他の者達が目を丸くさせる。

「く、くそぉ!! あり得ない!! あり得るわけが無い!!」自分の強さに絶対の自信があったのか、レッズは噴火する様に勢いよく立ち上がり、またヴレイズに飛びかかる。

 しかし、急に何かを感じ取ったのか脚を止め、構えた拳を降ろす。怒りに満ちた表情が一気に曇り、脚を震わせる。

 そんな彼の遠く背後には1人の男が立っていた。その者は真っ黒なロングコートを羽織り、長髪を熱風に靡かせていた。

「ぐ、グレイさん……」レッズは回れ右をして直立する。

 その言葉と同時に、グレイは一瞬で彼の眼前まで飛び、後ろ手を組みながら胸を聳やかす。

「レッズ……レッズレッズレッズぅ……」と、グレイは彼の首に手を回して抱き寄せる。

「は、はい……」

「俺は言ったよな……俺の弟を連れてこいと……だがお前はいきなり馬車へ向かって、熱線を……俺が教えてやった熱線を、いきなりぶっぱなした。間違ってないな?」

「はい……」

「俺が言ったのは連れてこいだ。ぶっぱなせ、じゃない。連れてこいだ。なぁ?」と、言いながら指先から蒼い炎を灯し、レッズの首筋を撫でる。

 すると、真っ黒な煙が吹き上がり、彼は悲鳴だけを残し、一瞬で灰と化した。

「全く、幹部にした途端調子に乗りやがって……頼む相手を間違えたか」と、両手で白い灰を払い落としながら、今度はヴレイズに歩み寄る。その間、他の4人は何も言葉を発せずにただ見ている事しか出来なかった。

「久しぶりだな、ヴレイズ。お前の名声はこの俺の所まで轟いているぞ。流石は俺の弟だ」と、馴れなれしく近づく。

「グレイ……」と、彼の体内の魔力循環を探る。この男もヴレイズ同様にクラス4の境地に達していた。

「さぁ、一緒に我が砦まで来てくれ。再会を祝して、パーティーを開くぞ! それから、2人で暴れ回る! この国にトドメを刺し、2人で築こうじゃないか! 炎の国をな!」


「いやだね」


 ヴレイズは即答しながらグレイを睨み返し、一歩引く。

「ほぅ……久々の兄弟の再開だぞ? 少しは……」

「ふざけるな! 自分の仲間をいとも簡単に殺しやがって! 更に国を潰してその上で炎の国だと?」

「そうやって国は生まれるんだぞ? 知らないのか?」

「だが、今のお前みたいな奴が築く国なんてロクな物じゃない! 俺が潰してやる!」と、フレイムフィストを握り込む。

「それが今のお前の答えか。ま、それはそれで満足だ。オヤジたちに似て頑固で正義感が強く、バカっぽい……」と、勝ち誇るような笑みを覗かせる。

「何が言いたい!」

「お前は俺の敵じゃないって事だ。取りあえず、あのこうるさい賢者の分身を片付け、本物を焼き潰し、炎の国を築く! それから……ゆっくりお前を説き伏せるさ。なにせ、貴重なサンサ族の生き残りだからな」

「もう勝ち誇っているのか?」

「まぁな。だが、まだお前と喧嘩する気はない。今日は様子見だ。さ、戻るぞ、お前ら」と、指を鳴らす。同時に4人は炎を足に纏ってその場から跳躍し、姿を消す。

「この野郎……」

「ヴレイズ……蒼い炎を使わないお前では、俺には勝てない」と、グレイは蒼い炎を纏ってその場から姿を消した。

「グレイ……」と、ヴレイズは両拳を握り、煙を燻らせた。

 そんな彼らのやり取りを、ミシェルは震えながら見ていた。グレイが去った後、彼女は膝を追ってその場にへたり込み、涙を垂らした。

「あいつが……私の兄を……」

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