第4章 光の討魔団と破壊の巨人

1.故郷へ

 魔王歴18年。アリシアらが魔王討伐を誓ってから丁度3年目。

 世界の中心ククリスの陸軍基地では、新たな討魔兵団『ホーリーレギオンズ』を編成した世界王クリスが兵団を目の前に腕を組んでいた。

 この兵たちは皆、最新鋭のクリスタル兵器で武装し、魔障壁フィールド展開装置やステルス機能などが備わっていた。その数はなんと5千。

 更に、ククリス国内には20万以上の兵士たちがおり、それらをククリス精鋭の騎士団長たちが束ねていた。そして、最大戦力である賢者たちが控えていた。

「皆、これから我々の魔王討伐が始まる。ククリスの誇りにかけ、見事討ち果たしてみせよ!!」と、クリスは大空へ手を掲げる。それに対し、武装兵たちは皆、ヘルメットの内側からはち切れんばかりの声を上げた。

 クリスはその場から下がると、待っていた様に叔父のシャルル・ポンドが現れる。

「クリス。わかっているな?」と、目を鋭くさせる。

「わかっています。我々はあくまで前線には出ず、同盟国の兵から少しずつ北を攻めさせる……わかっていますとも」と、口角を上げる。

「いいや、わかっていない。同盟国は全て、お前の号令では動かない。お前はまだ、ラスティーを飼いならしてはいないからな。同盟国は表ではククリスに従うが、裏では全てラスティーと繋がっている。しかも、賢者たちとも繋がりを持ち、更にはナイアらとも通じている。同盟軍の殆どは、ヤツの手の内だ。もう一度問う……わかっているのか?」と、シャルルは彼の前に立ち、凄んで見せる。

「全ては貴方の思惑通りと言う事か、叔父上……だが、言った筈だぞ」

「なんだ?」


「私を、オヤジと同じ飾り物だと思わない事だ」


 クリスはシャルルの目を睨み付け、不適な笑みだけを残してその場を去った。

「いつまで経っても子供で困る」と、シャルルは鼻でため息を吐き、隣で控えていた黒衣の兵を呼びつける。「あいつを見張っていろ。いいか? ククリスから出すな。あいつは何かを企んでいる。ブリザルド逃亡事件に関与し、更にはアレとは別の私兵部隊を国外に組織している。いいか? 決して目を離すな」

「御意」と、だけ残してその場を去った。

「……クリスめ。ブリザルドと繋がり、私を出し抜こうと企んでいるのはわかっている……絶対に好きにはさせん」と、シャルルは重く口にしながら踵を返し、公務へと戻った。



 ところ変わって東大陸、ニーロウ国内の小さな村。

 この村の入り口に隣国に位置するエルーゾ国からの使いと馬車が門を潜る。

村人らは少しばかり警戒したが、使いの者や御者、随伴する兵たちが皆、殺気も敵意も帯びていなかったため、そしてこの村には強力な用心棒がいる為、容易に彼らの村訪問を許した。

「突然の訪問をお許しいただきたい。やっとこの村にいると情報を掴んだもので……」使いの者は上品に下馬し、兜を脱ぐ。その者は若い女性であった。

 村長が挨拶に顔を見せると、使いは丁寧にお辞儀し、古くなった手配書を見せる。そこには5000ゼルという少額の懸賞金と若者の似顔絵が描かれていた。


「ヴレイズ・ドゥ・サンサがこの村にいると聞いたのだが、会せていただけないでしょうか?」


「懸賞金がお目当てですか?」片眉を上げながら首を傾げる村長。

「いいえ。この者を探し協力を頼めと、賢者様からの助言を受けたので……どうか」と、丁寧に頭を下げる。

「わかりました。奥の小さな小屋におられます」と、遠くを指差す。

 使いの者は兵たちに待つように言い、足早に案内された小屋へと向かう。ドアの前に立ち、服装の乱れや髪型を整え、ノックしようと構える。

「どうぞ」ノックする前に声が迎え、そよ風の様な炎と共に扉が開く。

「うわ! うぇ?」炎で顔を撫でられ、反射的に身構えたが、熱さも痛みもなく驚きながら目を剥く。

 そんな彼女の眼前には、無精ひげで隻腕の若者が椅子に座っていた。

「驚かせて済まなかった。こんな狭い小屋だが、どうぞ」と、ヴレイズは椅子に座る様に促しながら手早く茶を入れる。

「私はエルーゾ国の王からの使いとして来ました。ミシェル・キャットンと申します」と、丁寧にお辞儀をし、椅子に座る。

「エルーゾ国の王様から?」と、カップを差し出す。

「あ、ありがとうございます」と、出されるままに茶を一口飲む。「美味しい……」

「それはよかった。で、その王様が俺に何の用だ?」と、フレイムフィストを生やし、器用に果物の皮を剥いて切り分ける。

「水の賢者、リヴァイア様から助言を頂きました。貴方の力を借りよ、と。内容はもうご存知で?」

「グレイ……か」苦しそうにため息を飲み込み、綺麗に切り分けたソルティーアップルを差し出す。

「そう。貴方のお兄さんですよね。彼の暴走を止めて頂きたいのです。グレイの組織は我が国を潰す勢いで拡大しています。賢者様のドッペルウォーターが幾度となく反乱を押さえましたが、グレイが出てくると……村や町は占領され、残りは王都と砦のみ……ヴレイズ様。どうかお力添えを!」と、深々と頭を下げる。

「俺が役に立てるかな……?」

「ご謙遜を。氷帝ウルスラを倒しサバティッシュを救い、爆炎術士パトリックと渡り合い、更にはグレイスタンを救った英雄のひとりだとか。炎の賢者にも認められ……」

「もういい、くすぐったいからやめてくれ」と、フレイムフィストを前に突き出す。

「救えるのは貴方しかいないのです。リヴァイア様は西大陸から収集がかかり、ドッペルウォーターが3体しかおらず、いつ倒されるか……」

「……事態は急を要するのか……」



 ヴレイズはヴェリディクトとの戦いに敗れてから、東大陸を放浪し5カ月前にこの村に流れ着いた。丁度、強盗団に襲われ危機に瀕していたこの村を助け、身を寄せる事となった。

 その間、彼は村の用心棒として滞在し、暇なときは薬草や狩り、魔法の知識を村人たちに教え、更に魔法医として働いた。

 彼は村人たちから大層感謝され、ずっととどまって欲しいと願われる程であった。

 ヴレイズはフレインを奪われた心の傷を癒す為、この村に留まり療養のつもりで留まっていたが、彼らに必要とされるならば、ずっとこのままいてもいいと思い始めていた。

 


「わかった。行こう」ヴレイズは考える素振りも見せずに即答し、立ち上がった。早速、荷物を纏め始める。

「……え、よろしいのですか?」余りに速い答えに驚くミシェル。

「あぁ。俺はたぶん貴女の様な人を待っていたんだと思う。村長たちに別れの挨拶をさせてくれ」と、ヴレイズは小屋を出て、村長に村を離れると告げる。

 すると、村長は鐘を鳴らして村人全員を呼ぶ。ヴレイズはひとりひとりと固い握手と別れの挨拶を、特に親しかったものと抱き合う。

「もう行くのかい?」

「最後の夕飯ぐらいいいじゃないか!」

「いや、酒を呑み明かしたい!!」と、思い思いの声が飛び交う。

「すまない。国の一大事で、急を要するんだ。だよな?」と、ミシェルに訪ねる。

「え、あ、はい!」と、村人たちの鋭い視線を浴び、冷や汗を掻く。

「そういう訳だ。無事終わったら、また顔を出しにくるよ。約束する」と、ヴレイズは皆に大手を振って別れの挨拶を済ませ、馬車に乗った。



 馬車の中でのヴレイズは少し浮かない表情で、口をへの字に曲げていた。そんな彼を伺ってか、ミシェルは顔色を伺いながら訊ねる。

「急に申し訳ありません……」

「いいや。ただ、エルーゾ国……母国ではあるが、いい思い出がなくてな」

「故郷を燃やされたんですよね……」ヴレイズの事は独自で調べ上げていたため、サンサ族に起きた事件もある程度熟知していた。

「あぁ……だが、他にもな……」と、彼女から顔を背けて外の景色を眺める。

 サンサ族の集落を消し炭にされた後、彼は小さいながらひとりで王都へと向かい助けを求めた。

 しかし、ヴェリディクトに関わる者に一切関わりたくなかった当時のエルーゾ兵たちは小さいヴレイズを煙たがり、厄介者扱いして誰も相手にしなかった。

 結局、彼は強盗団に拾われて火付け係として働き、生きる知恵をある程度学ぶと逃亡し、ニーロウ国へと流れ、ジャンキーウルフの賞金稼ぎになったのであった。

 彼の脳裏にはあの頃の仕打ちを鮮明に覚えており、今、丁度思い出していた。

「では、何故助けてくれるのですか?」ある程度の彼の事情を聞き、疑問を覚えたミシェルはつい訊ねる。

「……俺の仲間なら放っておかないだろうな、って……それに、手遅れはもう御免なんだ」ヴレイズは強く拳を握り、目を瞑る。

「……ありがとうございます……」ミシェルは再び深々と首を垂れ、しばらくそのまま感謝の意を示し続けた。

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